2016年7月26日に神奈川県相模原市の知的障がい者施設「津久井やまゆり園」で、入所者19人が死亡し、26人が重軽傷を負った「きわめて凄惨な事件」が発生してしまいました。
きちんと情報を押さえていないので、誤った認識もあると思いますが、ニュース報道では、2016年2月に衆院議長の大島理森氏宛に大量殺戮を予告するような手紙を持参し、その後、措置入院した病院の尿検査で大麻使用反応が判明したが、警察に報告されることもなく、数週間で退院したという話である。
月並みな感想ですが、都知事選では、小池百合子候補への殺害予告をした男性がすんなり逮捕された。
一方、今回の事件の容疑者は、今年の2月に、自分の身勝手な主張をして、明確なターゲットを挙げていたのに、警察など関係機関の監視体制が不十分過ぎたとはいえないだろうか。
ここから先も、徒然なるままに書きますが、容疑者による殺人予告があったのに、防げなかったのは、大雑把に言えば、「日本人は、そこまで狂気に走る人は実際には滅多にいない」という思い込み的油断もあったのかもしれません。
認識に誤りがあるかもしれませんが、アメリカでは、性犯罪者など猟奇的犯罪者の罪を償った(刑期満了)後の住居などの情報が公開されると聞いています。
日本では、人権問題から、公開される制度がありませんが、「人権」「差別」という問題もありますが、導入検討をする時期に来ているのかもしれません。
私の感覚では、こうした情報が公開されない風土、文化的理由は、
「人は努力すれば誰でもなりたい自分になれる」
思想があるからだと思います。
つまり、努力すれば、勉強はできるようになるし、かけっこも速くなる、だから、努力することを美徳として、諦めずに頑張ろう、思想です。
正直、私も思想的には、このような立場でものごとを考えてきましたし、そのように世間にも発信してきました。
実際、そう考えなければ、人は「やっても無駄だ」とやる気を失い、努力することを諦めてしまうから、教育学的見地からも、「頑張れば人は変われる」と思いこませ、自分を信じなければやっていられません。
しかし、歳を重ねると、経験則的に、「頑張る姿勢は大事だけど、そもそも先天的な才能があり努力しても限界はある」という現実に気づかされます。
遺伝子レベルの知識は浅いので、これも感覚的な話ですが、おそらく、持って生まれた遺伝子による影響の方が後天的な努力による影響より大きいことを多くの人が気づいていても、「そうじゃない、誰もが頑張れば、なりたい自分に生まれ変われる」というファンタジーを日本人の多くが持っているのだと思います。
冒頭の凄惨な事件に話は戻りますが、思想犯罪は違うかもしれませんが、精神的な問題が原因の犯罪(特に性犯罪)は、遺伝子レベルで性格がある程度既定されているのではないかと思います。
仮にそう考えると、「後天的に本人が努力しても変えられない(変えにくい)」のです。
したがって、世の中に生を受けて誕生した以上、日常の社会生活に多大な影響を与えないよう、そしてまわりと共生するためにも、性格犯罪、精神犯罪系の犯罪者の情報公開は、必要だと思うのです。
(もちろん、差別問題などへの対応も必要です)
話しはガラッと変わりますが、筒井康隆原作の「時をかける少女」が、現在、何度目かの映像化されてドラマになっています。
私は原作も熟読していますし、NHKドラマ、角川映画での映像作品もばっちり見ているので、現在放映中の「時をかける少女」には違和感もありますが(笑)、現在のドラマでは、未来(22世紀)では「恋愛」という概念はほとんどなく、98%の人が「遺伝子適合」でパートナーを決めているという。
遺伝子の解明ができれば、きっと、法律で「社会悪と考えられる遺伝子は、子孫を残せない」システムになってしまうのかもしれない。
このような「SF小説」の世界が予測する社会システムも、恐ろしい限りですが、今回の事件に関して、容疑者の責任能力がないと判断されれば、いつかは社会復帰します。
社会復帰しても一般市民が安心して生活できる共生社会のシステム作りは、必要なのではないかと思う。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ500号より)
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