大橋巨泉さんが、2016年7月12日に亡くなっていたという。
ネットニュースで訃報を知り、急いで、テレビをつけたら、大橋巨泉さんのプロダクション(オーケープロダクション)所属で司会の小倉智昭氏が、巨泉さんの思い出話を語っていた。
どうやら、通夜や告別式、お別れの会などすべてが終了してからの公表となったようである。
それにしても、今月7日には、巨泉さんの盟友、永六輔氏が亡くなったばかりである。
永さんは昭和8年4月生まれ、巨泉さんは昭和9年3月生まれだから、同学年のふたりが、1週間と空かずに逝ってしまった。
おふたりがテレビから遠ざかって、時間が経っているので、若い世代には馴染みが無いと思うがアラフィフ世代には、寂しい限りである。
ここからは、単なる思い出話になるが、私の世代だと、「巨泉・前武のゲバゲバ90分!!」は、リアルタイムでわずかに目にしてはいたが、記憶は限りなく薄い。
パイロット万年筆のCMで有名な「ハッパフミフミ」も、年代的には、リアルタイムで見ているはずでるが、その後の「懐かし映像」での記憶の印象が強い。
うちらの世代で印象が強いのは、やはり、「11PM」や「クイズダービー」、「世界まるごとHOWマッチ」、「巨泉のこんなモノいらない」などの司会である。
巨泉さんのすごいところは、単なる司会業ではなく、放送作家出身ということもあり、番組自体の企画、キャスティングなどプロデュース業もやっていたことである。
私の記憶では、世間のニーズを大きく外した番組はなかったと思う。
1990年に一部の番組を除いて、セミリタイヤした時は、びっくりした。
びっくりするのは、当時の巨泉さんは56歳であったこと。
「げっ、56歳なんて、すぐそこじゃん」、と自分に例えてしまうと余計にそう思う。
永さんの訃報の時にも思いましたが、2016年2月4日に、徹子の部屋の40周年スペシャルウィークでたまたま、永さん、巨泉さんの出演回を見た。
おふたりとも、最後のテレビ出演が、この「徹子の部屋」となった。
巨泉さんのご冥福を祈りたい。
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