2015810日付のスポニチによると、

「春夏計3回の全国制覇を果たし、甲子園監督通算最多の63勝を誇る智弁和歌山・高嶋仁監督(69)が今夏限りでユニホームを脱ぐ決意を固めたことが9日、分かった。(大会4日目の9日)、津商に4―9で完敗し初戦敗退。試合後、スポニチ本紙の取材に「自分の腹は決まっています。あとは上(学校)が決めること」と語った。既に報告を受けている学園の理事会は慰留しているという。」

と報じていました。


高嶋監督が智弁和歌山に転任したのは1980年。

それまでの8年間は、奈良の智弁学園で監督をされていた。

当時の奈良県代表は、天理が常連校で、智弁学園は、2番手という位置づけだった。

しかし、後に近鉄に入った山口哲治投手を擁して、1977年の春(センバツ)でベスト4に入ったあたりから、智弁学園と高嶋監督の知名度は急上昇した気がする。

だから、私の中では「高嶋監督=智弁学園」のイメージの方が強い。


高嶋監督が智弁和歌山で残したすごい記録は、監督としての通算勝ち星は有名だが、その他にも、例えば、2005年~2012年までの8年連続甲子園出場(夏の選手権大会)や県大会決勝20連勝などがある。


また、智弁和歌山が、他の強豪校と少し違うのは、学校に寮がないところである。

だから、県内を含め、通える範囲の部員が多い。

それと、「部員は1学年10人」と決めていて、少数精鋭というのも特徴である。


高嶋監督の練習は、基礎練習の反復が主体だという。

高嶋監督が選んだ優秀な中学生を入学させて少数精鋭主義とはいえ、全国から超優秀な選手を集めるチームではないから、基礎をしっかりと繰り返し、ミスのない堅実な野球を志向してきたのだろう。

しかし、甲子園最後の試合となるかもしれない津商業戦では、失策がなんと7つというのは、なんとも皮肉なラストゲームである。


才能は超がつかない優秀な選手を堅実なプレーに鍛えるのが高嶋野球だからか、プロ野球選手はたくさん輩出している方であるが、あれだけ甲子園常連校の割には、少ない方だし、プロで誰もが知っている選手として大成した選手は、意外と少ない。

要は、プロレベルで見ると、コツブなプレーヤーが多いのだ。


次期監督は、1997年の夏の優勝メンバーで、元ロッテの喜多隆志副部長(35)が濃厚だという。

喜多副部長には、高嶋野球をぜひとも継承して、基本に忠実で堅実な野球を継承していって欲しいと思う。



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