2015年4月4日に、信州大の山沢清人学長が入学式で、新入生約2000人に
「スマホやめるか、大学やめるか」
と題した「スマホ否定論」を祝辞といて述べたことが話題になっている。
この話題は、ご存知の方も多いと思うが、ネットの反応をチェックしていると、概ね、「もっともな意見」として肯定的に捉えられているようだ。
山沢学長が伝えたかったことは、つまりは、
◇自分で考えることの重要性
◇全力で行動し、じっくり考えるためにはゆったりした時間が必要
◇しかし、現実には、スマホやネットなどに依存すると、無駄に時間を潰し、脳の取り込み情報が低下する
◇本を読んだり、友人と語ったりしながら考えるための手段として、『スマホのスイッチオフ』を奨めた
ということである。
わたしも、大学に入った時に、教養課程の授業で、ドイツ語や哲学を教えていた先生方に、「どんどん友達と議論してほしい」と口を酸っぱく言われたのを今でも覚えている。
大人になって振り返れば、社会人になると、職場の人間関係を心配し、また、関係する人は利害関係が絡む人が多いから、当たり障りのない「大人の対応」を取ってしまうことが多い。
しかし、当時は、私たちの時代は、学生運動は当の昔に「ブームを終えていた」ので、社会の仕組みに対するイデオロギー論争の議論はなかったが、学生会活動や部活動では、「組織とはどうあるべきか」「次世代にどうやって自分たちがしてきたことを引き継いでいくのか」といったことは、真剣に議論した。
学外活動では、マイナーな競技スポーツをしていたので、各大学の幹部候補生を集めて、リーダー研修会を企画して、「幹部とはどうあるべきか」「よい指導とは何か」などについて、ディスカッションを夜中までやったりした。
こうした経験が、いまの自分に大きく影響を与えたことは、いうまでもない。
山沢学長がおっしゃるように、スマホやネットは便利であり、情報量は多く、知識は増えるが、あくまでもツールとして「使いこなす」という姿勢でいなければ、「確かに考える時間」や「他人と議論して違う見方や発想に気づく」という時間が減ってしまう。
確かに、その先には、「創造性や想像性の欠如」という若者を世の中にどんどん生み出していく、という結果が待っている気がする。
それにしても、この話題は、「議論好きな人が多い」といわれる長野県の国立大学学長らしい入学式の挨拶である。
脳科学的には、
「人間の脳は同じことを繰り返すと、飽きるような仕組みがあるのですが、飽きずに続けられる人は依存症になりやすい」
といわれている。
ネット社会が訪れた頃にもよくいわれた話であるが、「スマホオフの時間」を自主的に作って、自分の頭でものごとを考えることは、子供だけでなく、大人も必要なのだろう。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ432号より)
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