2014年12月8日付のサンケイスポーツによると、
「歌手の沢田知可子さん(51)が8日、「週刊現代」が報じた代表曲「会いたい」(1990年)の作詞家、沢ちひろさんに著作者人格権侵害で訴えられたことについて「報道を観て大変ショックを受けております」と、心境を公式ブログで綴った」
という。
記事によると、
◇沢田さんは、ブログで「お騒がせ、ご心配をおかけして大変申し訳ありません」と謝罪
◇「今回の事を真摯に受け止め、日々精進して参ります。これからも歌手として一心不乱に心を込めて歌ってゆく所存です」とブログに綴った
◇作詞家の沢さんによると、歌詞は自身が幼いころに死別した母との思い出をもとに書いたもの
◇沢田さんは、自分の体験談のように語っていたため、不快感を持っていた
◇2013年9月に、沢田さんがバラエティー番組で歌った替え歌「安定したい」を聴いて、「沢田さんは歌詞に敬意を抱いていないんだ」と思い、提訴を決意した
◇2014年7月には、沢田が沢さんに無断で同曲のタイトルと歌詞の一部を変更して収録したアルバムを発売した
◇沢さんは2014年11月末に沢田さんの所属事務所とCDの販売元を提訴している
という。
記事を見てびっくりしたのは、
『「会いたい」の作詞って、沢田さんじゃなかったの??』
である。
早速、ネットで「会いたい」について調べると、確かに。作詞は沢ちひろさんで、この方、例えば、近藤真彦氏のヒット曲である「ミッドナイトシャッフル」の作詞もされている多くのビッグアーティストに作詞を提供している。
「会いたい」が作詞されたのは、1990年で、ミリオンヒットしたのは、1991年。
わたしは、この頃、まだ学生でしたが、テレビやラジオで「会いたい」が流れまくっていました。
そして、沢田さんは、「自分の思い出」のようにメディアで語っていたので、すっかり「沢田さんの作詞」と思いこんでいました。
ウィキペディアによると、
「没した恋人を想い、在りし日を回想し会いたい気持ちを募らせる歌。音楽番組に沢田が出演する際に、度々本人から語られるが、この曲の歌詞をもらった時に沢田は運命的なものを感じたのだという。学生時代、歌手になろうと決意したことをバスケット部の先輩に告白したところ「俺が最初のファンになってやるよ」と彼は言ってくれた。数日後、彼は交通事故で亡くなってしまう。この出来事がこの曲の内容に重なるところがあったのである」
とある。
つまり、作詞家の沢さんが亡き母の思い出を作詞したのに対し、沢田さんは、「自らの体験談と重なる」ので、メディアでそれを語り、「沢田さんの体験談」が独り歩きしたのだろう。
作詞家からすれば、自分が書いた作詞に「運命的な出会い」を感じてもらうのは勝手だが、「作詞に綴られた想いが間違って世間に喧伝されるのは、耐え難いものがあったのだろう。
ビジネス的に捉えれば、「沢田さんの思い出」を作詞の背景として勘違いさせてでも広める方が世間の興味を引き、それで、楽曲はヒットし、印税収入もたくさん入ったんだからいいじゃないか」、という気もするが、「作詞に込めた作詞家の想い」としては許せなかったのだろう。
そして、沢さんの中で、くすぶった思いが20数年間続き、「バラエティ番組での替え歌」がとどめを刺した、ということだろう。
今回の「会いたい」騒動と似たような話として、2007年に勃発した森進一さんが歌う「おふくろさん」がある。
これも、森さんがステージで、原作にはない「語り」を入れたりしたため、作詞家の川内康範氏の逆鱗にふれて「もう、歌わせない!」と騒動になったのだ。
それにしても、「楽曲をヒットさせるため」に、作品の背景を脚色することはあるだろう。
しかし、あくまでも、「作詞家の許諾が必要」ということを、歌手やスタッフ、バラエティ制作責任者やステージ演出家といった関係者が、強く認識していないと、このような「騒動」に発展してしまう可能性があるといえるのである。
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