2014年9月2日の午前に、高校野球の監督として2度のセンバツ優勝を果たした済美の上甲正典監督が、胆道がんのため死去した。
正直、このニュースを目にしたときは、びっくりしました。
確か、夏の甲子園の県予選では、指揮を執っていたので、まさか、病気だとはまったく想像もしていませんでした。
ニュースの見出しを見たときは、「いじめ問題」などによる責任を感じた「自殺??」と思ったぐらいでした。
ニュースでは、関係者から、死を惜しむ声が上がっているというが、その通りである。
マニアックな話であるが、高校野球界では、上甲氏は、すごいことをやってのけている。
それは、「甲子園初出場初優勝」を2度も達成しているのだ。
一度目は、1993年の宇和島東、そして、もう一度は2004年の済美である。
常総学院を指揮した木内幸男元監督は、スポニチアネックスの記事では、上甲氏について、
「攻めの監督だった。野球に全身全霊を注いでいた。惜しい人をなくした。後に残った人が弔い合戦をやらなくてはならない」
と、名将の死を惜しんだという。
また、2004年の選抜で優勝した教え子の日本ハム・鵜久森淳志外野手は、
「プロに入れたのは監督のおかげ。人一倍厳しくしてもらったから今こうしていられる。“人より1・5倍やれ”と言われ、その言葉は大事にした」
思い出を語っている。
昨年のセンバツでは、準優勝投手の安楽投手の「投げ過ぎ問題」で、投手の起用法について、「時代遅れの根性論の監督」と非難する声も多かったが、基本的には、選手をやる気にさせる常に、戦況がどんな状況になっても、「よく頑張った」とニコニコしている監督さんのイメージがある。
それだけ、生徒にも信頼されていたのだと思う。
ご冥福をお祈りしたい。
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