「気合いと根性」で乗り切れる人や会社は、「やり方を工夫する」という観点が抜け落ちやすいなぁ、と思う。


例えば、仕事で「今後、受注が伸びていくことが予想されますが、人手不足になりませんか?」と質問したとする。

すると、「寝ないでやればなんとかなります!」「うちは、火事場の馬鹿力体質なので、たぶん乗り切れます!」と大真面目に回答する人も、経験的にはかなりの確率でいらっしゃる(笑)


わたしも、「気合いと根性」、キライじゃないです。

忙しい時は、組織のみんなで、一丸となって頑張る!・・・達成した後には、みんなでビールで乾杯~・・・そういう雰囲気は好きです。


しかし、この結果オーライ系仕事の進め方は、

◇気合と根性が続かない、あるいは、過労で誰かが抜けたらどうなるの??

◇できなかった時はどうするの??

という問題がまずあります。


これについても、「うちは体力のある人しか採用しません」「できなかったら誠心誠意謝ります」とこれまた大真面目で回答する人も多い(笑)

確かに、採用手順で「強靭な肉体かつスーパー残業が続いても仕事が続けられる根気のある人」が必ず採れると仕組みが確立しているなら、それもマネジメントシステムかなぁ、なんて思いますが(笑)


とにかく、「気合と根性」論は、発想が「体育会系」で、そこから脱却しないんですね。

これは、マネジメントシステム論でいえば、あまり(というかかなり)よくない。

マネジメントシステム論的には、一般的に「業務の標準化」や「仕事のやり方の効率化」や「業務プロセスの継続的な改善」という観点で会社を運営する方がリスク低く適切だといえるでしょう。


ただ、そういうわたしも、昔は、酷かったですね。

たとえば、親戚のおにいさんおねえさんから「お古の服をもらった」として「サイズが合わない服があった」としたら、「多少、合わなくても無理矢理着る」あるいは「服のサイズにからだを合わせればよい」という発想。

マネジメントシステム論的には「からだのサイズの合う服に仕立て直して着る」の方が、一般的には正解ですからね。


そういう意味では、「気合と根性」では乗り切れない社内体質の方が「仕事の改善」という文化は発達するのかもしれません。

あと、業務の改善提案は「言いだしっぺになってやらされる」という雰囲気があると、「言わない方がトク」という社内風土が醸成される、活気の無い会社が多いことも、多くの会社を訪問していると気づきます。

経営者は「うちは大人しい社員が多くて意見を言わないんです」と感じている経営者は、一度、「そういう雰囲気があるのではないか?」と自社を捉えて考えるべきでしょう。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ310号より)


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