2013年のプロ野球パシフィックリーグのクライマックスシリーズファーストステージ第3戦は、10月14日に、千葉ロッテが埼玉西武を4-1で下し、通算成績は、千葉ロッテの2勝1敗で、ファイナルステージ進出を決めた。


2013年10月15日付のサンケイスポーツには、「伊東勤監督は、思い出深いかつての本拠地で古巣を制圧し“怨念”を見事に晴らした」と報道されていた。


記事を見た時、「怨念ってなんだろう?」と思いました。

千葉ロッテのファンであるわたしとしては、「伊東監督」といえば「西武ライオンズの人」の印象しかない。

だから、昨シーズン、ロッテ生え抜きの西村監督が退任(解任)され、伊東監督に決まった時は「よい指導者を招聘したけど、西武イメージが強くて、ロッテカラ―じゃないよなぁ」と個人的には違和感があった。

だから「伊東監督の想いが強い球団はあくまでも西武であって、その古巣に対する怨念って何?」と思ったのだ。


記事をよく読むと、伊東監督は、

◇今シーズンのロッテは西武球場で3勝9敗と苦杯をなめていた

2007年の西武監督解任時に屈辱を味わった

というのだ。


具体的には、2004年~2006年シーズンは伊東監督は西武をAクラスに導いた。

2004年はリーグ優勝でかつ日本一)

しかし、2007年は25年ぶりのBクラス(5位)に沈み、解任された。

その解任された年のラストゲームでは、西武から、ねぎらいのことばも、慰労の花束もなく、あまりの悔しさに自ら花を買い、当時のソフトバンク・王監督に頼み込んで渡してもらうセレモニーを“自演”したというのだ。


伊東監督は22年間、選手として西武で中心選手としてすごし、監督としてもよいスタートを切ったから、このような扱いは「プライドをズタズタ」にされたのだろう。

外部のわたしのような人間から見れば、「プロの世界は厳しい」「結果が出なければクビを切られて当然」という気がする。

もちろん、伊東監督も、それは十分承知していただろう。


しかし、実績がある選手、監督時代を送ってきただけに、このような「最後」は「屈辱的」なのだろう。

ファイナルステージが決まった後に、西武ファンから「いつか戻ってきてください」と声をかけられ「悪いけどそれは絶対にない」と答えたという伊東監督。

監督解任時の「遺恨」は相当に根が深いものなのだろう。


わたしも、顧問契約の継続が切られる時など、「結果が出ていなければ仕方がない」と思う反面、「ねぎらいの言葉」ぐらい欲しいと思うが、意外と、経営陣からきちんといわれたたケースの方が稀である。

ドライに考えれば、「契約満了」ではあるが、「チームや組織を良くしよう」と思ってやってきたことなのだから、円満な幕引きをお互いしたいものだ。

こういうときほど、経営者の度量が試されるものはない。



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