2013年9月24日付の毎日新聞が、9月24日に文化庁が発表した「国語に関する世論調査」について、報道していました。
記事によると、
◇「ざっくりとした説明」「きんきんに冷えたビール」など、いくつかの新しい表現が定着しつつある
◇「役不足」は6割、「噴飯(ふんぱん)もの」や「流れに棹(さお)さす」の慣用句を半数が間違って理解している
◇慣用句の間違った理解と誤用は、2006年の調査でも同じ割合であった
◇文化庁は、誤用の原因を「誤って覚えやすい上、正しい用法を身につける機会が日常的に少ないからではないか」とコメントしている
という。
文化庁は、この調査結果をどのように利用するのだろう?
本来の意味に戻す国民の意識改革や教育指導するデータとするのだろうか。
ちなみに、国語学者の杏林大学金田一教授は、このようなことばの変化に関して、以前から、寛容なイメージがある。
つまり、「時代とともにことばの意味は変わるもの」という立場をとっている。
(わたしは、どちらかというと、この考え方に同意している)
したがって、例えば「役不足」は、本来、「力量に比べて、役目が不相応に軽いこと」であるが、半数が「力量が不足しているのに、役目が不相応に重いこと」の意味で使用している実態があるから「状況に応じてどちらの意味で使っても正解」という考え方も「あり」と国の審議会で専門家たちが議論することもあるのかもしれない。
実際、今回の調査結果のように、日常会話で「正しい使い方と誤った使い方」を半数近くがしている場合、わたしは、「敢えてその場の状況に応じて誤った使い方をする」ことがある。
この会話の流れで、かつ、その場にいるメンバーによって、正しい慣用句を使うと、周りの人が、混乱するよな、と思われる時は、「故意に誤用した使い方」をするケースがある。
わたしの私見であるが、「役不足」に関しては、「その場にいない3者」のことを表現する際に「あいつには、この仕事は役不足だ(もったいないから、もっと力量が必要な仕事を任せよう)」というように正しく使う。
しかし、「自分のことを指す時」は、日本人は「謙遜する文化」だから「わたしには、この仕事は役不足ですよ(重い仕事でわたしのような力量不足のものには務まりません)」という使い方になると思う。
自分のことを指す時に「この仕事は役不足だ」(おれには楽勝仕事過ぎるぜ)と正しく使う日本人は、殆ど居ないと思う。
そんないい方をしたら、「あいつ、自分の実力も正しく認識していないビックマウスな奴だ」と良いコミュニケーションが図れない。
したがって、「時と場合によってどっちの意味もあり」で、わたしはいいと思う。
でも、お堅い国語学者や国語教育の現場や受験指導の世界では、否定されちゃう考え方かな(汗)
【2013年2月14日発売!】
『ちょロジ ニュースで学ぶ7つの思考法』(パブラボ刊)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4434176552/bloglogcom-22/ref=nosim/
【よかったらメルマガ読者登録お願いします♪】↓
(パソコンでアクセスしている方)
http://www.mag2.com/m/0000218071.html
(携帯でアクセスしている方)
http://mobile.mag2.com/mm/0000218071.html