中学校で教師をしている知人に聞いた話なのですが、「いまどきの多くの中学生はランニングが嫌い」なのだそうです。

このことは、今に限った話ではなく、私の中高時代を振り返ってもそうですが、体育の授業で球技種目なら器用にこなす友人でも「持久走は嫌い」という人が多かった気がします。


しかし、今の世の中は「空前のランニングブーム」です。

私を含めて、「社会人になってランニングを始めた人」は、「ランニングが好きになる人」が多いです。


この「子供」と「大人」の「ランニングに対する意識の違い」を考えてみると、『ランニングの達成感』にその秘密がある気がします。

学校現場における「ランニング教育」は「持久走教育」が基本だと思います。

男子の場合であれば「1500m走」です。

文科省の統計データでは、確か、中学生男子の平均タイムは、5分半~6分なので、それがひとつの指標となって、速さを競うものになります。

速さを競うことのみが価値観となると、そりゃ~、ランニングは、しんどいスポーツです。


体育以外の科目でも「受験教育」となると「試験時間を気にすること」になりますが、「理解力」のみを「学習の到達度」として問うのであれば、数学でも社会科「できるようになる」「知らなかったことを覚える」ことが「達成感」になります。


しかし「走る(ランニング)こと」に関しては、からだに障害が無い限り「1500mを走りきること」はあたり前であり、到達度の指標はどうしても「平均タイム」になります。

すると、約半数の生徒は「敗北感」を感じることになります。

だから、子供の場合「ランニングはキツイ→平均より遅かった生徒は達成感が少ない→嫌い」となる気がします。


これが大人の場合だと、『ランニングの達成感』が「ラン後のそう快感」や「ダイエット結果」、「長距離(10キロやハーフ、フル、ウルトラ)を走り切った充実感」なので、「ランニングは楽しい」と感じる人が多くなるような気がします。


つまり、大人になってからのランニングは、必ずしも「速く走ること」が到達点ではありません。

最終的には「身体的にも精神的にも快適な生活を過ごすために走る」わけです。

したがって、ランニングの価値観が、

◇速く走ること(競技者志向)

◇ゆっくり長い距離を走り続けること

◇ラン仲間とランイベント自体を楽しむこと

◇美味しいものを食べるために走る

◇からだや精神力を鍛えるために走る

などと多様化します。

だから、トータル的に多くの人々に「ランニングは楽しい」と支持されるのでしょう。


大人になってからのランニングに、さまざまな価値観があるように、学校での体育教育の長距離指導も、色々な価値観で教育することが「ランニング嫌いを減らすポイント」なのではないかと思います。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ330号より)


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