政府の常とう手段として「国民」を「思い込ませる」「信じさせる」というものがある。
代表的なものが「公営事業を民営化すれば無駄が省け、効率化される」である。
確かに「利益が出なければいずれ倒産してしまう民間企業」と「身分保障がされ組織が潰れる心配がない国系の機関」を比較すれば、「組織を民営化することで業務の効率化が図られる」→「効率化するということは組織運営のコストが下がる」→「コストの源泉は税金だから国民にとって利益が出る」という論法になる。
つまり、小泉内閣の決め台詞『民間でできることは民間で』は「国民にとってとっても良いこと」と国民は思いこまされるわけだ。
しかし、笹子トンネルのつり天井の崩落事故を代表するように「実質的に競争相手のいない分野における公営組織の民営化は有効だったのか?」と考えると疑問が湧いてくる。
道路公団の場合、言わずものがなであるが、「高速道路の運営」という社会特性上、競争相手がいない。
そのため、道路に関する様々な業務を、高コストで、かつ、随意契約で業務を受けるファミリー企業がぶら下がっていたので「管理費の見直し」は、確かに大命題だった。
けれども、だからといって「民営化すれば管理費の見直しが行われ健全な組織運営が図られる」という論法は、おかしいことに私たちは気づくべきである。
公営企業のままであっても、道路公団の組織運営や業務プロセスをガラス張りにして、
◇高コスト体質の仕事の発注になっていないか
◇安易なコストカットにより検査体制など品質上の問題は発生しないのか
◇現場からの改善提案が上がる組織体質となっているのか
◇安全管理などリスク低減の仕組みは機能しているのか
といった点を、第三者がチェックする仕組みを作ればよかったのである。
「民営化することで業務の効率化など自浄作用が働く」というのは大間違いで、そもそも競争相手が実質的にいない事業なのだから、「民営化することで逆に外部のチェックが入りにくくなる」のだ。
民間企業でありながら、実質的に公営事業である会社の代表例として、原子力発電の卸電気事業者である「日本原子力発電株式会社」の役員報酬がべらぼうに高いことは有名な話である。
民間企業であるがゆえに、公務員のように人事院はないし、国会における人事の承認もないから、人事も役員数も役員報酬も実質的に自組織あるいは業界ぐるみの株主が自由に決められる。
要は、既得権益を持っている立場の人たちにとっては、「おいしい公営系事業を民営化すること」は、国民や外部の人に茶々を入れられ、邪魔されない「聖域」を作ることなのだ。
歴史を振り返れば、社会保険庁の解体→日本年金機構(非公務員型の特殊法人:民間化)もなんの意味があったのだろう?と思う。
日本電信電話公社(NTT)のように、通信分野の場合は競争相手を作ったから、民営化は功を奏した。
つまり、通信網という巨大社会インフラを一民間が整備できない通信事業の黎明期においては、「電電公社」という立場で国がバックに付き事業を進め、健全な競争原理が働く態勢が整った段階で「民営化」することは国民生活にプラスだ。
しかし、社会保険庁の場合、組織特性上、競争相手はいない。
また「消えた年金」のような問題が「組織を民間化すること」で解決されるとは思わない。
社会保障制度に対する政府や政治家の愚策、あるいは、税と社会保障制度の一体化(歳入庁構想)阻止といった本質論を隠すことが「民間化の主目的」だった気がする。
つまり、「公営企業の民営化」は、「民営化(あるいは民間化)によって業務の効率化が進み、消えた年金問題のようないい加減な仕事は減ります」という国民を欺く「レトリック」で、「本質を隠そう」としているのだ。
確かに、一般的には「お役所体質は組織の民営化によって解消できる」部分は大きいと思う。
ただ、それには、
◇健全な競争原理が働く業界であること
◇組織体制がガラス張りになって外部のチェック機能が働くこと
といった条件がなければ成立しないということを、わたしたちは、ちゃんと自分の頭で考えて理解する必要がある。
そうでないと「悪だくみをしようとしている人たちのウソを思い込まされ騙される」のである。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ311号より)
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