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2012年7月19日付の読売新聞(電子版)で、「いじめによる中学生自殺問題」で揺れる大津市の越直美市長が「教育委員会制度は不要」と読売新聞のインタビューに回答したということを報じていた。
素直に、この「越直美市長の表明」を受け取れば「あっぱれ!」である。
この「いじめによる自殺問題」での越市長の当初の対応からは、正直な話、
「なんだ、所詮、弁護士出身の市長は正義や真実より自己弁護に走るとんでもない人だ」
と私は評価していた。
というのも、全てではないが、弁護士という商売は、大変失礼ながら揶揄した表現を使えば「インテリヤクザ」である。
つまり、「弁護士」は、例えば、明かに被害者に全く非が無く加害者に情状酌量の必要性がほぼゼロといえるような殺人事件でも「加害者の人権」という名のもとに「白いものを黒」と弁護する商売だ。
つまり、社会的道徳に照らし合わせて「正義や真実」よりも「法廷戦術という勝った負けたのゲーム」を「クライアントの番犬」となって働く存在である。
だから、いじめ自殺問題がマスメディアで騒がれ始めた当初は、被害者の遺族から大津市が訴えられているので、越市長は「いじめと自殺の因果関係は不明」と記者会見で述べていた。
つまり、「大津市が訴えられている以上、大津市が不利になるようなことは言わないし、認めないぞ!」という姿勢だった気がする。
しかし、教育委員会が「アンケートで明らかになった事実をすべて公表していない」、「事実確認がいい加減」といったことを越市長自身が分かってくると、一転して、
◇教育委員会に裏切られた
◇市民に選ばれたわけではない教育委員が教育行政を担っているのはおかしいい
◇市長でさえ教職員人事などにかかわれないのはおかしい
◇教育委員会制度は民意を直接反映しない無責任な制度でいらない
との見解を述べ、国に制度改革を求める意向を示したのだ。
斜に構えて越市長の変貌ぶりを評価すれば「世間の批判が教育委員会に向けられているので市長として一線を画したい」となるが、わたしは、越市長が「教育委員会の実態が見えてきて自殺した生徒の遺族の心情や今後のいじめ撲滅に向けて素直に意見表明し、改善策を述べた」と考えたい。
つまり、マネジメントシステム論で捉えれば、「現状のシステムやプロセスに有効性がない」から「システムやプロセス(教育委員会制度)を見直す必要がある」と越市長は評価したのである。
私は「教育長」や「教育委員会」、「中学校の校長」、「中学の担任」自体への対応批判も必要であるが、それよりも「教育委員会制度」や「教職員の任命、人事評価制度」といったシステムにまで言及した越市長をひとまず評価したいと思う。
話しは少しずれますが、「マネジメントシステムやプロセス」について、世間の一部では「大いなる誤解」がまん延しているように思う。
たとえば、首都大学東京で特任准教授をされているコンサルタントのT.I氏は、自身のブログで、
「・・・意味ある標準化設計ができる人はほぼいません・・・。まあ、ものすごく小さなプロセスなら、なんとかなるでしょうか・・・。でも、標準化を設計して、仕組みを作って、それを評価するというのは、ほぼ無理だと思っています。・・・」
(T.I氏のブログより引用)
とおっしゃられている。
言わんとすることは、なんとなくわかるが、どのような業務をイメージして「ほぼ無理」とおっしゃられているのか私にはよくわからない。
「教育委員会制度」を例にとれば、教育委員会制度は、例えば、
◇教育委員は原則5名
◇教育委員長と教育長は兼務できない
◇首長から独立して行政委員会として設置
◇地域住民の意向を反映させる
など
そして職務権限としては、例えば、
◇教育機関の職員の任免その他の人事
◇学校の組織編制、教育課程、学習指導、生徒指導
◇教育関係職員並びに生徒、児童及び幼児の保健、安全、厚生及び福利
など
の仕組みが規定されている。
しかし、現状の制度において「いじめ自殺問題」は現に発生し、その原因には、教職員の人事制度の不備や事実関係を確認する能力不足などが指摘されている。
つまり、越市長は、「法律で標準化されている教育委員会制度自体に有効性がない」と評価して、見直しを、法律を制定している国に求めているわけだ。
このことは「標準化されたプロセスの良し悪しを評価している」ことに他ならない。
分かりにくかったかもしれないので、もっと簡単な例でいえば、ダイエット。
「半年で5キロダイエットする」と目標設定した場合、その方法論として、
◇毎日3キロジョギングする
◇カロリーを1日1500キロカロリー以下にした食事にする
と決めたとする。
しかし、半年後の結果は、2キロしか減っていなかった、というような場合、「このダイエットプロセスは有効的でない」と評価するだろう。
そして、当然、「ジョギングの距離やスピードを見直す」「食事制限はカロリーだけでなく栄養内容も見直す」といった「プロセスの見直し(再構築)」をするのは当たり前だ。
要はこのように、「業務プロセスを標準化して実施結果から有効性を評価し、継続的にプロセスやシステムの改善を行う」ということは、個人的にも、企業など組織活動でも「極めて常識的なこと」である。
続けて、この御人、
「すごく短いプロセスでも、なかなか言語化できるとも思わないんですよね・・・」
ともおっしゃられている。
これも確かに一部同意である。
しかし、言語でも映像でもいいのだが、「組織ノウハウを継続的かつ時代とともに適切に見直していくための手順」は、どのように受け継いでいくべきと考えているのだろう?と思う。
まぁ、この御人、「システム化はキライ」ということを自身の思想の原点としていて、つまり、「好き嫌い」をものごとの出発点とする極めて感情的論者である。
また、「マネジメントシステムは決められた通りに業務を実行しなくてはならない。そして、間違ったプロセスをまわし続けることは赤字や不効率な業務をし続けることに過ぎない」という結論ありきで自説を展開しているからこういう結論になっちゃうんでしょうけれどね。
だけど、この御人、学歴が「東大卒」だから、世の中の多くの人は「頭のいい人だから、凡人が理解できない何か別のことを言っているのだろう」と勝手に深読みしてしまうですよね。
実際には難しそうに論を展開しているだけで的を射ていないだけなんですが。
なんだかこれは、「マスメディアは中立な立場で正しいこと絶対に報道している」と闇雲に世間一般が信じる構造と似ていますね。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ290号より)
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