昔話ですが。。。


学生だった1988年~1990年にかけて、「バスの車掌」というアルバイトを長野県でしていました。

アルバイトしていたバス会社は「松本電気鉄道」という鉄道会社が運営するバス部門。

最初の年の夏は、「新島々営業所」(主に上高地線)、2年目以降の夏と冬は「白馬営業所」(主に八方、栂池線)に勤務していました。


自分を変える”気づき”の話

社会人になってから、上高地線は、何度かドライブしましたが、なぜか、「白馬」には、その後、訪れる機会がなく、「行きたいなぁ」と思いつつ、20年以上が経過してしまいました。


そこで、長野出張に併せて、数日早めに現地入りして、「白馬」に行ってみることにしました。

「白馬に行く目的」は、

◇当時を振り返ってノスタルジーに浸る

◇自分探し

◇今でも鮮明に覚えている「美味しいデカおにぎりを食べる」

などです。


この「美味しいデカおにぎり」ですが、JR大糸線の白馬大池駅の駅前食堂に当時あったのです。

当時、バスの車掌のアルバイトは、住み込みで、確か、3食分の食券が会社から支給されていました。


「支給された食券」は、会社が契約している、例えば、「白馬駅前食堂」「栂池高原食堂」「白馬大池駅前食堂」など何箇所かありました。

ただ、乗務するバスのダイヤの関係で食事が取りにくい時は、これらの食堂が「テイクアウトのおにぎり」を作ってくれるのです。


「テイクアウト」の中で、アルバイト仲間に人気があったのが「白馬大池駅前食堂(シェルパ)」の「デカおにぎり」。

中味は、変哲のない「オカカ」や「シャケ」「梅」だったと思うのですが、とにかく美味い!!!

おそらく、適度な圧力がコメに掛けられて握られているので、美味しいのです。

白馬大池以外の食堂でご飯を食べたことの方が圧倒的に多かったはずなのですが、なぜか、このおにぎりの印象が一番強く、今でも鮮明に覚えています。


そんな「おにぎり」を求めて、白馬に向かいました。



札幌から、白馬に向かうオーソドックスな方法は、札幌→新千歳空港→信州まつもと空港→JR松本→白馬です。

こちらは、信州松本空港。
自分を変える”気づき”の話

JALが事実上撤退し、一時は「廃港か」というウワサもありましたが、静岡のFDA(フジドリームイエアライン)が、路線を引き継いでくれました。


FDAの飛行機は、こんな感じの飛行機です。
自分を変える”気づき”の話


バスで、松本駅へ。
自分を変える”気づき”の話


JR大糸線は、列車本数が少ないため、レールと車輪が「空転」することが多く、信濃大町での乗り換え列車は、予定時刻を約20分遅れで、出発でした。


ようやく、白馬大池駅に到着。

たしか、以前は、「JRの委託」で駅員さんがいたはずですが、無人駅になっていました。
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ちなみに、白馬大池駅が、大スキー場の栂池高原スキー場の玄関口になります。

ただ、バスの便を考えると、手前の白馬駅で下車するのが一般的です。
自分を変える”気づき”の話


雨が降っていました。

宿をとった白馬駅に向かう電車まで、約25分ある。

その間に、「懐かしのおにぎりを注文してテイクアウトする」、そして、「懐かしのおばちゃんに、お久しぶりです!」と挨拶をする・・・これが、イメージしていたミッションでした。


しかし・・・

その野望は、一瞬にして、消え去りました。

写真でお分かりのように、もう、営業はしていないようでした。
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確かに、確か、ご夫婦でお店を切り盛りしていた気がしますが、当時、すでに50半ば過ぎだったはず。。。

普通に考えれば「楽隠居」している年齢です。

きっと、スキーブームの終焉とともに、お店を閉めたのでしょう。

残念で、残念で・・・ちょっと胸が苦しくなりました。

「どうして、もっと、早く来なかったんだろう・・・」と。



寂し過ぎるので、無人駅となった「白馬大池駅」で記念撮影をしました。
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白馬駅に到着したら、もう1か所寄りたい場所があります。

それは、アルバイトしていた「松本電気鉄道の白馬営業所」です。

画像の建物の、2階が「寮」みたいな感じになっていました。
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しかーし、時すでに遅し。。。

平成22年12月から、グループ会社の「川中島バス」に業務移管されてしまっていました。



こちらは、バスの駐車場と整備場、洗車場。

自分を変える”気づき”の話
この辺は、当時と変わらずです。

やー、時間が経過し過ぎました。

「大事な場所」や「懐かしの人」には、もっと早く「再会」を果たさないとダメなんだな、と実感した次第です。



旧松本電鉄白馬営業所の裏手にある「白馬ロイヤルホテル」に宿は取りました。

ちなみに、当然ですが、このホテルは当時は眺めるだけで、(名古屋や新宿までの高速バスに乗務する際のバス乗り場にもなっていた)泊ったことはありません。
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ただ、「当時」は、スキー客があふれていた気がしますが、閑散としていました。

お部屋は清潔ですが、設備投資する元気はないようで、ソファなどの穴がガムテープで補修されているし、ハンガーが折れて、その部分も強力なセロハンテープで補修されていました。


白馬に限らず、スキー系の観光地は「栄枯盛衰」という感じです。

地震の影響も、今年は、さらに追い打ちをかけているようでした。