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企業の経営改善や経営マネジメントシステムについて、コンサル仲間やクライアントとディスカッションすることがよくある。
その際に、そもそものマネジメントに対する思想が違うから、やり方に違いが出るんだな、と気づいたことが、少し前にあった。
それは、
「情報をどこまで(どの階層まで)知らせるか」
「やるべきことの目的をどこまで理解させるか」
についての考え方である。
例えば、会社がある経営戦略を立てて、プロジェクトを進めていたとする。
すると、「兵隊レベルの職員には、多くを理解させる必要なく、知らせる必要もない」と考える経営思想の人は、
◇経営者やプロジェクト責任者が中身を知り、理解していればよい
◇中間管理職は「兵隊」だから、上の指示を忠実にこなせばいい
◇下手に情報を正しく伝えようとしても、どうせ伝わらない
◇正しく情報が伝わらないぐらいなら、余計な知識を入れない方がいい
という発想だ。
これに対して、「原則的に、すべての職員に目的を理解させ、情報を与えるべき」と考える経営思想の人は、
◇プロジェクトを進める目的は、すべての職員に理解させる必要がある
◇末端レベルの職員に目的を理解させることが組織全体の価値創造力を高めることになる
◇「正しく伝わるかどうか」は伝え方の問題
◇意図も分からずに指示通り業務をこなすだけでは、現場からの改善意識も育たない
という発想だ。
これらの「経営思想の違い」があると、プロジェクトを進める際に、当然、実行レベルで温度差が出てくる。
ただ、この問題は、話しあっても「平行線のまま」であることが多い。
したがって、プロジェクトを進める場合は、「どちらかの経営思想を採用して、反対の経営思想の人達にも従ってもらう」しかない。
こんなことを考えていたら、これは、国のシステムを考える場合も同じよううになっているらしいのだ。
つまり、
【キャリア役人の発想】は、
◇国のあるべき姿を決めるのは我々官僚
◇政治家は、将来象を描くことができない国民代表
◇政治主導では、国はダメになってしまう
◇国民は、我々が作ったシステムにしたがっていれば豊かな社会が実現できる
◇余計な情報は国民に与えてはいけない
と考え、
【政治主導を主張する政治家の発想】は、
◇国のあるべき姿を決めるのは民意である
◇民主主義とは多数派の民意を政策にして実現していくことだ
◇官僚主導では、官僚に都合のよいシステムになり、各自治体の創意工夫が生まれない
◇旧体制を変えられるのは政治家であり、国民の代弁者である政治家が賢い官僚を動かすことによって豊かな社会が実現できる
◇知りたい国民には、知る権利があり公表されるべきものである
と考えている。
確かに、国民は、後先考えずに「思ったことを言っているだけだから、未来志向に欠けている」と言われれば、そのような側面もあると思う。
国民の希望ばかりを単に優先するだけの政治であれば、確かに、国益を損ない、本来多くの国民が望んでいる社会を実現することは、いわゆる「衆愚政治」ではできないかもしれない。
ただ、日本の成長の源泉は「貧富の差が激しくない総中流意識を持つ社会」ではないだろうか。
要は、国民ひとりひとりの価値創造力など能力を高めることである。
つまり「口を大きくあんぐりと開けていれば、誰もが幸福になれる社会」ではなく「国民全体で、問題意識を持ち、考えて、国民の代表である政治家が、民意が実現できる政策を打ち出し、役人を使って円滑にその政策を実現していく社会」が目指すべき日本の姿ではないだろうか。
話を冒頭の話題に戻すと、
【カリスマ経営者や優秀な幹部が計画した経営戦略について、その指示を愚直にこなす組織】
を目指すのか、
【経営者や優秀な幹部が計画した経営戦略について、現場レベルから改善提案が湧きあがってよりよい仕組みに変えて実行できる組織】
を目指すべきなのかは、その組織の環境や状況によって異なる。
『うちの会社は、前者を選択すべきなのか、あるいは、後者を選択すべきなのか』を明確にして経営改革、業務改革を進めないと、その進め方に温度差が出てきてしまうのである。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ193号より)
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