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開星高校野球部監督の野々村直通監督(58)が2010年3月25日に辞任した。
ことの発端は「第82回選抜高校野球大会1回戦敗退後のインタビューで“21世紀枠(向陽高校)に負けて末代の恥」と発言したことだ。
この発言はマスメディアで大々的に取り上げられ、すると、野々村監督のこの発言以外の「服装」などでも非難されることとなった。
「服装」に関しては、野々村元監督は、関係者の間では「試合相手を決める抽選会場には紋付き袴姿や白いスーツ姿」で登場したり、「恥」発言の謝罪の記者会見では「黒のワイシャツに絵柄のネクタイ、シルバーのスーツにエナメルの白い靴」と一般的には「無難ではない」個性的な格好で現れたのだ。
個人的には「紋付き袴」も「個性的なスーツ姿」も特段「ふまじめ」「ふざけている」という印象は全く持たなかった。
しかし、叩かれだすと「無難でない服装」というのはそれだけで「叩き」の対象になるんですね。
話は変わるが、かつて堀江貴文元ライブドア社長がほとんどの公の場に「Tシャツ」姿で現れ、世間から非難された。
「不潔な服装で公の場」に現れれば、非難されても仕方がないと思うが、野々村元監督も堀江元社長も「ちゃんと洗濯された、しかも高価な和装、洋装、Tシャツ」であり特段「非常識」では決してないのに非難されてしまうのは理不尽な話だ。
話を元に戻すが、野々村元監督の発言や行動を振り返ってみたい。
◇「21世紀枠に負けたことは、末代までの恥。もう野球をやめたい、死にたい、腹を切りたい」
◇「羽織袴は日本男児の正装。白は死に装束。死ぬ気で相手に立ち向かうと言う覚悟の表われ」
◇日の丸入りの名刺入れを持ち歩いている
◇「頭のいい野球と頭の悪い野球の違い」
(2,009年の明治神宮大会で進学校の今治西高校に敗戦した試合後のインタビュー)
◇毎年卒業式の当日に、野球部の3年生には似顔絵を描いた色紙を贈っている
◇監督室には日本刀が飾ってある
◇地元警察署の似顔絵捜査官の指導をしたことがある
(野々村元監督は広島大学卒の美術教師)
◇冬はふんどし一丁で選手と頭から水をかぶって鍛えている
これらの発言やエピソードから野々村監督を想像すると「どうみても熱血漢の強い先生」にしか映らない。
負けた試合で「恥だ」「死にたい」「腹を切りたい」「野球をやめたい」との発言は「それだけ真剣に野球と向き合って指導してきた証拠」であるし「島根県の野球のレベルを高めたい」という非常に強い想いがあるからだろう。
私が指導しているコンサルティング先で「大口の顧客を失った」のに「さほど悔しがらず理由もなく“仕方がないですよ”達観したよう口調で話す営業マン」がいてびっくりした。
逆に小口のお客様でも失注し「悔しくて仕方がありません」と私に話す営業マンもいる。
「この違いは何か?」と言えば「真剣にお客様のことを考えて仕事に取り組んできたかどうかの違い」であると私は捉えている。
「仕事に真剣に取り組んできた」からこそ「なんでお客様に契約を打ち切られたのだろう」「なんでお客様の満足が得られなかったのだろう」と真剣に考え、次には同じ失敗を起こさないように反省して、トータル的にはどんどんよい仕事ができるようになる。
したがって、野々村元監督の場合も、単に「野球に対する思いが強かった」だけである。敢えて、野々村元監督の非を挙げるならば「相手チームに対する配慮が欠けた発言になってしまった」ことぐらいである。
もし、島根県民で野々村元監督を全く擁護することなく猛烈に非難する人がいたのならば、それは「島根県のために頑張って来た、ひとりの偉大な野球教育者を葬り去らせた原動力」となってしまったことを恥ずべきと認識すべきであろう。
野々村元監督の早期の「監督復帰」を願いたいと思う。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ169号より)
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ことの発端は「第82回選抜高校野球大会1回戦敗退後のインタビューで“21世紀枠(向陽高校)に負けて末代の恥」と発言したことだ。
この発言はマスメディアで大々的に取り上げられ、すると、野々村監督のこの発言以外の「服装」などでも非難されることとなった。
「服装」に関しては、野々村元監督は、関係者の間では「試合相手を決める抽選会場には紋付き袴姿や白いスーツ姿」で登場したり、「恥」発言の謝罪の記者会見では「黒のワイシャツに絵柄のネクタイ、シルバーのスーツにエナメルの白い靴」と一般的には「無難ではない」個性的な格好で現れたのだ。
個人的には「紋付き袴」も「個性的なスーツ姿」も特段「ふまじめ」「ふざけている」という印象は全く持たなかった。
しかし、叩かれだすと「無難でない服装」というのはそれだけで「叩き」の対象になるんですね。
話は変わるが、かつて堀江貴文元ライブドア社長がほとんどの公の場に「Tシャツ」姿で現れ、世間から非難された。
「不潔な服装で公の場」に現れれば、非難されても仕方がないと思うが、野々村元監督も堀江元社長も「ちゃんと洗濯された、しかも高価な和装、洋装、Tシャツ」であり特段「非常識」では決してないのに非難されてしまうのは理不尽な話だ。
話を元に戻すが、野々村元監督の発言や行動を振り返ってみたい。
◇「21世紀枠に負けたことは、末代までの恥。もう野球をやめたい、死にたい、腹を切りたい」
◇「羽織袴は日本男児の正装。白は死に装束。死ぬ気で相手に立ち向かうと言う覚悟の表われ」
◇日の丸入りの名刺入れを持ち歩いている
◇「頭のいい野球と頭の悪い野球の違い」
(2,009年の明治神宮大会で進学校の今治西高校に敗戦した試合後のインタビュー)
◇毎年卒業式の当日に、野球部の3年生には似顔絵を描いた色紙を贈っている
◇監督室には日本刀が飾ってある
◇地元警察署の似顔絵捜査官の指導をしたことがある
(野々村元監督は広島大学卒の美術教師)
◇冬はふんどし一丁で選手と頭から水をかぶって鍛えている
これらの発言やエピソードから野々村監督を想像すると「どうみても熱血漢の強い先生」にしか映らない。
負けた試合で「恥だ」「死にたい」「腹を切りたい」「野球をやめたい」との発言は「それだけ真剣に野球と向き合って指導してきた証拠」であるし「島根県の野球のレベルを高めたい」という非常に強い想いがあるからだろう。
私が指導しているコンサルティング先で「大口の顧客を失った」のに「さほど悔しがらず理由もなく“仕方がないですよ”達観したよう口調で話す営業マン」がいてびっくりした。
逆に小口のお客様でも失注し「悔しくて仕方がありません」と私に話す営業マンもいる。
「この違いは何か?」と言えば「真剣にお客様のことを考えて仕事に取り組んできたかどうかの違い」であると私は捉えている。
「仕事に真剣に取り組んできた」からこそ「なんでお客様に契約を打ち切られたのだろう」「なんでお客様の満足が得られなかったのだろう」と真剣に考え、次には同じ失敗を起こさないように反省して、トータル的にはどんどんよい仕事ができるようになる。
したがって、野々村元監督の場合も、単に「野球に対する思いが強かった」だけである。敢えて、野々村元監督の非を挙げるならば「相手チームに対する配慮が欠けた発言になってしまった」ことぐらいである。
もし、島根県民で野々村元監督を全く擁護することなく猛烈に非難する人がいたのならば、それは「島根県のために頑張って来た、ひとりの偉大な野球教育者を葬り去らせた原動力」となってしまったことを恥ずべきと認識すべきであろう。
野々村元監督の早期の「監督復帰」を願いたいと思う。
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