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「【主張】小沢幹事長不起訴 政治責任を改めて問う 国会は証人喚問で疑惑解明を」
(2010年2月5日配信 産経新聞の見出し記事より)
2月4日に、政治資金規正法問題で渦中の小沢幹事長に対して東京地検特捜部が出した結論は不起訴。
この報について、早速、産経新聞が上記のような【主張】を発表したのだ。
この記事では、(記事より一部引用・要約)
(小沢氏不起訴、秘書らの起訴について)
・自らの政治的・道義的責任がいかに大きいかを見据え、出処進退を決めるべき
・国民の「信」を失いつつあることを認識すれば、幹事長続投はありえない
・小沢幹事長の責任について、石川知裕容疑者らの起訴で責任は明確になった
・秘書に責任を押し付け、最低限のけじめもつけようとしないのは情けない
・小沢氏は国会で自ら進んで疑惑について説明しなければならない
・政治倫理審査会での弁明にとどまらず、証人喚問なども必要だ
・石川被告への辞職勧告決議案は早急に可決すべきだ
(検察について)
・検察当局が小沢氏の違法行為を立証できなかったのはきわめて残念
・国会が責任追及しなければ、国民の間の政治不信は極限にまで高まっていくだろう
・問題は、小沢氏の不起訴が国民や社会に与える負のイメージの大きさである
・鳩山由紀夫首相の偽装献金事件も、元秘書2人の起訴にとどまり、鳩山氏は不起訴となった
・今回も、権力中枢の人物の違法行為は見逃された格好になった
・国政のトップに立つものが社会規範を破って省みないようでは、信は成り立たない
・国民への納税意識や道徳心などにも悪影響を与えかねない
(政治不信について)
・陸山会は平成6年以降18件計10億円以上の不動産を購入していた
・不動産購入の目的が何か、購入資金の全容がどうなっていたのかなど未解明の点は数多い
・首相は、小沢氏が特捜部の事情聴取に応じ、記者会見を行ってきたとして「説明責任は果たした」と評価したが、見当違いもはなはだしい
・検察当局としても、今回の虚偽記載の事件で終わりにしてはならない
・ゼネコンからの献金、旧政党を解党した際の資金の問題など、不透明な資金の流れを引き続き追う必要がある
(引用ここまで)
できるだけニュートラルな立場で、この記事を読んだ。
感想は、「さすが、リベラルな評論への批判・反論をたびたび表明し、ニューヨーク・タイムスには“日本の右派系新聞”、ワシントンポストやAFP通信には“日本の保守系新聞”と紹介された新聞社の記事」と言う感じだ。
理由としては、基本的に、
1)検察は正義である
2)検察に「嫌疑」を掛けられた時点で社会的責任がある
という思想が根底にあるからだ。
この発想だから、
『小沢氏は不起訴であっても道義的責任がある』
『現元秘書らが起訴されたから小沢氏の責任はある』
という「前提」で「主張」が展開されてしまうのだ。
現在の司法制度では、法律的には、判決が確定されるまでは「無罪」であるはずだ。
つまり、法律的には「検察が家宅捜査し摘発した事件」であっても、最終的な判断としては「誤りでした」という事例は、例えば、収賄容疑で逮捕・起訴され、実質的な無罪判決を得た元福島県知事の佐藤栄佐久氏をはじめ、いくらでもある。
「嫌疑を掛けられた時点で問題」というのなら、検察は「自分たちに都合の悪い存在は、屁理屈をつけて、事情聴取するだけ」で、社会的影響を与え、場合によっては、社会から抹殺することも可能な組織だ。
産経新聞もそうだが、マスメディアは「小沢氏を不起訴とした検察はきちんとした説明責任がある」という論調をよく述べているが、ちょっと待て!である。
仮に、判決で、石川容疑者らが「無罪」となった場合、「寄ってたかって世間を煽り、ひとりの政治家の政治生命を奪い、せっかく国民が期待した政権交代からの日本の改革の流れに水を差した」マスメディアの説明責任が問われることになると思う。
小沢氏や検察の説明責任は、もちろん重要ではあるが、『マスメディアの説明責任』はどうなんだ!!と問いたい。
記者クラブ制度で、大した取材もせずにヌクヌクと垂れ流される情報をもらい、したがって、情報提供者への批判的な記事は掛けず、「垂れ流された」情報を基に「横並び意識」でその後の社会的影響も考えずに、「売らんかな主義」で記事を書いていること自体を反省するべきだ。
産経新聞の場合、「会社自体」の主張や思想が「右派系」だから、記者や論説委員が、仮に「本質的な個人的信条が思想的には右派系ではない」としても、新聞社の方針が「右派系」であれば、そういった主張や思想に基づいた記事でなければ、「記事として公にならない」だろう。
やはり、サラリーマン社会であるから、「組織の方針」に沿った記事を書く社員が評価されるのは当たり前だから、私たちはそんな「裏事情」を理解して「大新聞が述べる論評だから多くの国民が共感する一般論なのだろう」と情報を鵜呑みに捉えてはいけないのである。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ162号より)
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(2010年2月5日配信 産経新聞の見出し記事より)
2月4日に、政治資金規正法問題で渦中の小沢幹事長に対して東京地検特捜部が出した結論は不起訴。
この報について、早速、産経新聞が上記のような【主張】を発表したのだ。
この記事では、(記事より一部引用・要約)
(小沢氏不起訴、秘書らの起訴について)
・自らの政治的・道義的責任がいかに大きいかを見据え、出処進退を決めるべき
・国民の「信」を失いつつあることを認識すれば、幹事長続投はありえない
・小沢幹事長の責任について、石川知裕容疑者らの起訴で責任は明確になった
・秘書に責任を押し付け、最低限のけじめもつけようとしないのは情けない
・小沢氏は国会で自ら進んで疑惑について説明しなければならない
・政治倫理審査会での弁明にとどまらず、証人喚問なども必要だ
・石川被告への辞職勧告決議案は早急に可決すべきだ
(検察について)
・検察当局が小沢氏の違法行為を立証できなかったのはきわめて残念
・国会が責任追及しなければ、国民の間の政治不信は極限にまで高まっていくだろう
・問題は、小沢氏の不起訴が国民や社会に与える負のイメージの大きさである
・鳩山由紀夫首相の偽装献金事件も、元秘書2人の起訴にとどまり、鳩山氏は不起訴となった
・今回も、権力中枢の人物の違法行為は見逃された格好になった
・国政のトップに立つものが社会規範を破って省みないようでは、信は成り立たない
・国民への納税意識や道徳心などにも悪影響を与えかねない
(政治不信について)
・陸山会は平成6年以降18件計10億円以上の不動産を購入していた
・不動産購入の目的が何か、購入資金の全容がどうなっていたのかなど未解明の点は数多い
・首相は、小沢氏が特捜部の事情聴取に応じ、記者会見を行ってきたとして「説明責任は果たした」と評価したが、見当違いもはなはだしい
・検察当局としても、今回の虚偽記載の事件で終わりにしてはならない
・ゼネコンからの献金、旧政党を解党した際の資金の問題など、不透明な資金の流れを引き続き追う必要がある
(引用ここまで)
できるだけニュートラルな立場で、この記事を読んだ。
感想は、「さすが、リベラルな評論への批判・反論をたびたび表明し、ニューヨーク・タイムスには“日本の右派系新聞”、ワシントンポストやAFP通信には“日本の保守系新聞”と紹介された新聞社の記事」と言う感じだ。
理由としては、基本的に、
1)検察は正義である
2)検察に「嫌疑」を掛けられた時点で社会的責任がある
という思想が根底にあるからだ。
この発想だから、
『小沢氏は不起訴であっても道義的責任がある』
『現元秘書らが起訴されたから小沢氏の責任はある』
という「前提」で「主張」が展開されてしまうのだ。
現在の司法制度では、法律的には、判決が確定されるまでは「無罪」であるはずだ。
つまり、法律的には「検察が家宅捜査し摘発した事件」であっても、最終的な判断としては「誤りでした」という事例は、例えば、収賄容疑で逮捕・起訴され、実質的な無罪判決を得た元福島県知事の佐藤栄佐久氏をはじめ、いくらでもある。
「嫌疑を掛けられた時点で問題」というのなら、検察は「自分たちに都合の悪い存在は、屁理屈をつけて、事情聴取するだけ」で、社会的影響を与え、場合によっては、社会から抹殺することも可能な組織だ。
産経新聞もそうだが、マスメディアは「小沢氏を不起訴とした検察はきちんとした説明責任がある」という論調をよく述べているが、ちょっと待て!である。
仮に、判決で、石川容疑者らが「無罪」となった場合、「寄ってたかって世間を煽り、ひとりの政治家の政治生命を奪い、せっかく国民が期待した政権交代からの日本の改革の流れに水を差した」マスメディアの説明責任が問われることになると思う。
小沢氏や検察の説明責任は、もちろん重要ではあるが、『マスメディアの説明責任』はどうなんだ!!と問いたい。
記者クラブ制度で、大した取材もせずにヌクヌクと垂れ流される情報をもらい、したがって、情報提供者への批判的な記事は掛けず、「垂れ流された」情報を基に「横並び意識」でその後の社会的影響も考えずに、「売らんかな主義」で記事を書いていること自体を反省するべきだ。
産経新聞の場合、「会社自体」の主張や思想が「右派系」だから、記者や論説委員が、仮に「本質的な個人的信条が思想的には右派系ではない」としても、新聞社の方針が「右派系」であれば、そういった主張や思想に基づいた記事でなければ、「記事として公にならない」だろう。
やはり、サラリーマン社会であるから、「組織の方針」に沿った記事を書く社員が評価されるのは当たり前だから、私たちはそんな「裏事情」を理解して「大新聞が述べる論評だから多くの国民が共感する一般論なのだろう」と情報を鵜呑みに捉えてはいけないのである。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ162号より)
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