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2009年7月30日付の読売新聞によると、テレビ朝日が主要政党に対して、少なくとも総選挙の開票日(2009年8月30日)までは「番組に出演する国会議員が主張の要点を記したフリップを持ち込まぬよう要請していた」という。

その理由をテレビ朝日は「公平性を期すための措置」と説明しているという。
発端となったのは、7月19日放送の「サンデープロジェクト」で自民党の細田博之幹事長が民主党の政策である「子供手当」について、自ら作成して持ち込んだフリップを使って批判したが、その内容に誤りがあり、民主党から抗議文が送られる出来事があったのだ。

つまり、テレビ朝日としては、
・報道機関として、総選挙を前に公平性に関して慎重な対応が必要
・持ち込まれるフリップの内容をすべてチェックできない
(内容に責任が持てない)
という考えのようなのだ。

この考えは「番組の著作権や放映権を持つマスメディアの責任」としては、正当な考えである。
しかし、現実問題として「生放送の討論形式の報道番組」は「出演者の突発性発言」に面白さがある。
つまり、
1)番組としての主張やシナリオがあるドキュメンタリータッチの報道番組
2)生放送ではない討論番組
であれば、事前に放送内容をチェックし、誤りのない事実を精査する責任はメデァにはある。

話は若干それるが、出版社が苦労しているのは、このあたりである。
書籍や雑誌などの出版物は「活字となって残る」ために、この内容の確認作業に時間を要する。
また、それに加えて、執筆者の執筆時間がプラスされるから、書籍や雑誌となって世の中に発表される頃には「ちょっと時代遅れ」となり内容が旬でなくなり、新鮮味が薄れるのだ。

したがって「テレビの生放送討論番組」には、出版物や録画・編集された放送では得られない価値があるのだ。
テレビ朝日が危惧するような「公平性」や「信ぴょう性」を気にするのであれば、
・主義主張をする意見とは対立する立場の人を必ず出演させる
・フリップはあくまでの出演者が作成したものであること明確に報道する
を生番組内で徹底し、視聴者にも確実に伝わるような番組作りをすればいいだけだと思う。

出演した議員が、フリップなしで、口だけで説明していたら、主張がよく伝わって来ないし、討論形式の場合「そういった、いわない」の「子供の喧嘩的議論」に拍車がかかるのは目に見えている。

テレビ朝日のこの措置は、報道内容の「公平性、信ぴょう性」には配慮した慎重な対応だと思う。
しかし、別の視点で考えれば「生放送番組に対する視聴者の期待」(例:情報がタイムリー、予定調和でない番組制作者サイドが意図しない主張を聞くことができる)については配慮していない措置であると言える。
「公平性、信ぴょう性」に対する報道上のリスクを考えた時に、私が提案したような「視聴者の期待を損なわない報道機関としての責任の担保の仕方」は別にあったのでないかと思う。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ135号より)

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