以前、総合格闘技界のトリックスターとして活躍していた須藤元気選手が、
「(総合格闘技は)レフェリーがいなかったらスポーツではなくただのケンカになってしまいますから」
と言っていた。
この発言は、肉体と精神を限界に達するまで鍛えあげているアスリートとしてのプライドを持った発言だと思った。

格闘技の試合で、もし
「ゴリラのようなマッチョでイカツイ体格の大男が、バカ力だけで相手を倒す」
としたら観客からはあまり賞賛されないと思う。
「勝つ事が出来れば何でもあり」では決して無いのがスポーツなのだ。
「洗練された技術力を美しく駆使して戦う」から人々から賞賛されるのであり、共感や感動を生む。
大げさに言えば、「動物と人間の違い」、「文化・芸術的かそうでないかの違い」、とも言えるのではないだろうか。

大相撲第54代横綱の「輪島」は右の引きが強く、左の下手投げを得意としたことより「黄金の左」と言われていたが、実は評価は低かったそうだ。
その理由は、相撲の界では「引き技系」は美しくないと考える人がいたからだそうだ。
大相撲の決まり手としての王道は、豪快な寄り切り、寄り倒し、押し出し、押し倒し、突き出し、突き倒しなどなのだ。

日本人は、「お行儀が良い・礼儀正しい人種」と一般的には他国から思われてきた。
実際、スポーツや学校のお勉強でも「基本形」をしっかり学ぶし、いわゆる「型」を徹底的に身体に染み込ませるのが好きだ。

かつては「ルールの範囲内であってもグレーな美しくない事」は評価されないから、多くの人は目指さなかった。
しかし、グローバル化のせいかどうかは分からないけど、ビジネスの価値基準や明確なルール+αの「秩序やモラル」と言った暗黙のルールが「○」とされる基準が変化してきたと思う。

人の使命が「人間として発展し、文化的な価値基準を高めていくこと」であるのなら、「美しく勝つ」と言うことに対してもっとよく考えて、評価し、価値を認めていかないとなら無いのだろう。

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