ローマで開催されたG7での「もうろう会見」がきっかけで2月17日に引責辞任した中川昭一財務・金融担当大臣は、最後まで「もうろう会見の原因はカゼや腰痛など薬の併用だった」ことを強調したという。
しかし、その後の報道では、
・中川大臣は、昼食会を1時ごろに途中退席し、宿泊先の高級ホテルに戻った
・ホテルの1階のイタリアレストランで官僚、記者、通訳と会食した
・ビッフェ形式のサラダとパスタとともに赤のグラスワインを注文した
などが明らかになった。
つまり、国会での答弁では「口はつけたがごっくんはしていない」と中川大臣は述べているが、それは昼食会の話で、途中退席後のホテルでの会食では、グラスワインを注文して「高校・大学の同級生の財務官僚(玉木局長)」と「同行女性記者(全国紙)」との会食に興じていたわけだ。
こんな状況であれば、「その後に行われた会談や記者会見への欠席の流れの場を作る」のが官僚の役目であろうし、事実をもっと迅速に伝えるのが同行記者の役割だと思われる。
しかし、「G7という世界が注目する会合であり、すでに会見の時間も設定されていた。欠席させればよかったというのは後知恵で、とうていできる状態ではなかった」と官僚は言い訳しているていたらくだ。
学歴・経歴で見れば、中川大臣は東大卒で自殺した自民党の大物代議士であった故中川一郎氏の長男で、興銀出身のエリートであるし、日本の高級官僚や大新聞の記者は、一般的には俗に言う「一流有名大学出身者」だ。
G7での状況は、もちろん一例ではあるが、
「成熟した社会である日本において、政治、行政、大企業、メディアなど既存システムはフロンティア精神を失い、従来までの常識や慣習に囚われ、一見奇抜で大胆な決断や行動が取れなくなっている」
のではないだろうか、と思う。
つまり、
「成熟した既存システムは閉塞感に包まれているのに、エリートはそれに気がつかないし、変えるだけのパワーもない」
のだ。
要は、エリートは「失うことを恐れるから現状を大胆に変えることができない」のだろう。
私の著作もある「光文社ペーパーバックスシリーズ」から2008年12月に出版された「下流大学に入ろう!(山内太地著)」の一節を引用すると、
(引用ここから)
『(略)・・・日本の大学は昔から偏差値による「格付け」がなされていて、そのピラミッドは非常に強固なものだった。・・・しかし、偏差値というのは、単に入試の難易度が高いだけに過ぎないのは、みなさんご存じの通りだ。考えてほしいのだが、かつて既存のシステムがもうダメだという危機の際、立ち上がったのは、既得権益のないエリート以外の人々だった。それは織田信長や坂本龍馬を見れば一目瞭然だ。同じように、この混迷の時代、次世代のリーダーがエリート校から出るわけがない。・・・下流大学の卒業生にこそ、勝てるチャンスはあるのだ。その可能性こそ、現代の日本の希望ではないかと思っている。(以下略)』
(引用ここまで)
本を読めばわかるが「下流大学に入ろう!」というタイトルは、「読者の食いつきを良くするための手法であり、著者の趣旨ではない」だろう。
著者は「絶対に、“下流大学に卒業者でなければ”閉塞した既存システムは変えられないし、日本社会も変わらない」ということを言っていないし、筆者(私)もそうは思わない。
ただ、
「組織構造がピラミッド的に確立され、そのレールから外れることは大きなリスクが伴う立場にある人」
は、「変えること」は不安や恐怖の塊なのだと思う。
だからこそ、「非エリート層」、つまり、
「世間に対して影響力があり、確固たる信念を持ち、失うものがなく、確立された既存システム以外のスーパーヒーロー(ヒロイン)」
の登場を期待したい。
ただ、織田信長も坂本龍馬も早死にしているんだよなぁ。
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しかし、その後の報道では、
・中川大臣は、昼食会を1時ごろに途中退席し、宿泊先の高級ホテルに戻った
・ホテルの1階のイタリアレストランで官僚、記者、通訳と会食した
・ビッフェ形式のサラダとパスタとともに赤のグラスワインを注文した
などが明らかになった。
つまり、国会での答弁では「口はつけたがごっくんはしていない」と中川大臣は述べているが、それは昼食会の話で、途中退席後のホテルでの会食では、グラスワインを注文して「高校・大学の同級生の財務官僚(玉木局長)」と「同行女性記者(全国紙)」との会食に興じていたわけだ。
こんな状況であれば、「その後に行われた会談や記者会見への欠席の流れの場を作る」のが官僚の役目であろうし、事実をもっと迅速に伝えるのが同行記者の役割だと思われる。
しかし、「G7という世界が注目する会合であり、すでに会見の時間も設定されていた。欠席させればよかったというのは後知恵で、とうていできる状態ではなかった」と官僚は言い訳しているていたらくだ。
学歴・経歴で見れば、中川大臣は東大卒で自殺した自民党の大物代議士であった故中川一郎氏の長男で、興銀出身のエリートであるし、日本の高級官僚や大新聞の記者は、一般的には俗に言う「一流有名大学出身者」だ。
G7での状況は、もちろん一例ではあるが、
「成熟した社会である日本において、政治、行政、大企業、メディアなど既存システムはフロンティア精神を失い、従来までの常識や慣習に囚われ、一見奇抜で大胆な決断や行動が取れなくなっている」
のではないだろうか、と思う。
つまり、
「成熟した既存システムは閉塞感に包まれているのに、エリートはそれに気がつかないし、変えるだけのパワーもない」
のだ。
要は、エリートは「失うことを恐れるから現状を大胆に変えることができない」のだろう。
私の著作もある「光文社ペーパーバックスシリーズ」から2008年12月に出版された「下流大学に入ろう!(山内太地著)」の一節を引用すると、
(引用ここから)
『(略)・・・日本の大学は昔から偏差値による「格付け」がなされていて、そのピラミッドは非常に強固なものだった。・・・しかし、偏差値というのは、単に入試の難易度が高いだけに過ぎないのは、みなさんご存じの通りだ。考えてほしいのだが、かつて既存のシステムがもうダメだという危機の際、立ち上がったのは、既得権益のないエリート以外の人々だった。それは織田信長や坂本龍馬を見れば一目瞭然だ。同じように、この混迷の時代、次世代のリーダーがエリート校から出るわけがない。・・・下流大学の卒業生にこそ、勝てるチャンスはあるのだ。その可能性こそ、現代の日本の希望ではないかと思っている。(以下略)』
(引用ここまで)
本を読めばわかるが「下流大学に入ろう!」というタイトルは、「読者の食いつきを良くするための手法であり、著者の趣旨ではない」だろう。
著者は「絶対に、“下流大学に卒業者でなければ”閉塞した既存システムは変えられないし、日本社会も変わらない」ということを言っていないし、筆者(私)もそうは思わない。
ただ、
「組織構造がピラミッド的に確立され、そのレールから外れることは大きなリスクが伴う立場にある人」
は、「変えること」は不安や恐怖の塊なのだと思う。
だからこそ、「非エリート層」、つまり、
「世間に対して影響力があり、確固たる信念を持ち、失うものがなく、確立された既存システム以外のスーパーヒーロー(ヒロイン)」
の登場を期待したい。
ただ、織田信長も坂本龍馬も早死にしているんだよなぁ。
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