「ISOに対する幻想」というものが、まだまだあるんだなぁ、と思ったエピソードがある。
ある零細企業をISOの認証審査で訪問した時のこと。
この企業は、いわゆる「町工場」。
従業員は10数名で、社長が40年ほど前に勤めていた会社を脱サラして、金属加工設備を備えて、最終製品の2次下請けや3次下請けの金属加工部品を製造する業態だ。

社長とお昼休みに雑談をしている時に「年商は数億円程度。しかも、ペンを握るのも、人と話すことも苦手という従業員さんが多い貴社がISOを導入することになった目的や導入により期待していることは何ですか?」と聞いてみたのだ。

すると、
「自動車や電機メーカーなど品質の高い製品要求をしてくる会社に対する説明責任を向上したい」
「うちのような零細企業でもやればできるんだ、という意識を従業員に持たせたい」
「人間、幾つになっても勉強。禁止物質や法律の知識も求められる今の世の中だから、常に勉強していく姿勢を身につけたい」
というようなことを言われた。
加えて、「ISOで規定されたことをしっかり守ることで仕事のミスをなくし、良い製品を作りたい」とおっしゃられていた。

雑談なので「金属材料が高騰する中、“明日のご飯”を食べることが精いっぱいの会社さんが多い中で社長は偉いですね。社員さんからの反発はなかったですか?」と、この会社がISOに取り組むことのすごさに関する話ばかりをして、その場を和ませてしまった。
ただ「こういう真面目な町工場の存在が日本の製造業を支えてきたんだよな」「社長の考えについて行く従業員は偉いし、こういうカリスマ性は自分にはないなぁ」と感心したのも正直な思いである。

しかし、「もしかしたらISO導入に関して大きなボタンの掛け違いをしているのではないか」とも瞬時に感じた。
それは「ISOで規定されたことをしっかり守る」と言われた点である。

確かに「ISOマネジメントシステム規格」は「仕事に対する規範的規格」である。
例えば、いくつか概要を列記すると、
「顧客の注文を受ける時は要求事項を確認して、自社の能力の有無を確認しなさい」
「品質方針の達成に向けて目標を立てなさい。また一人ひとりの要員が目標に対してどのような活動をするべきか自覚させなさい」
「組織内で必要な情報が確実に行き交うように場を設定して管理しなさい」
「製品やサービスには引き渡し基準を決めて、権限を与えられた者がチェックして記録しなさい」
「仕事ぶりをチェックしなさい。チェックする際はチェック基準を定めて、満たしていなかったら修正や是正処置を考えなさい」
「仕入れするときは、仕入先や仕入れする製品やサービスの内容に応じた管理方法やチェック方法を根拠を持って定め、評価記録を残しなさい」
「クレームや不良をはじめとした必要なデータを収集して分析し、業務を改善しなさい」
・・・・・・
・・・・・・
など挙げればキリがないが、
「仕事をする上で、どんな企業であっても最低限の実施すべき“規範”」が秩序だった要求事項としてISO規格を構成している。
つまり、ISOで規定されているような「規範」が「仕組み」として備わっており、有効に機能している会社は「顧客に信頼され得る企業」とも言えるのだ。

しかし「規格が規範的」であるがゆえに「町工場だったらこうするのがベスト」「小売業だったらこうするのがベスト」「工務店だったらこうするのがベスト」という業種による「ISO規格が決めた黄金ルール」といえる「マニュアルが存在する」と思って経営者がまだまだたくさんいるのだ。

「ISO規格を経営ツールとして活かす難しさのひとつ」はここにある。
つまり「ISOで要求されている各規範について真の意味を理解すること」と「その各規範について自社で管理するべきウエート(程度)と具体的な実施事項を設定すること」が難しいのだ。
たとえば、前述した「規範」で考えると、
「“収集して分析し業務改善に活かせるデータ”ってところでうちでは何?」
「“仕事ぶりをチェックする項目や基準”ってなんのこと?」
という具合だ。

そこで「“ISOで規定されている各要求事項(規範)を読んで理解すること”より、“同業種で同規模の会社の黄金ルール(マニュアル)を教わって真面目に、かつ、確実に実施すること”でバラ色の未来が見えてくる」と思い込んでしまうことなのだ。
しかし、同じ日本人であっても服のサイズが違うように、会社ごとに管理するべき仕事の内容は違うのが当然である。
だから、結果として「当社にとっては管理しなくて(管理のウエートが低くても)いいことが重要な管理項目になっていたり、管理するべきことが管理項目になっていなかったりして“あれ、なんだか変だぞ”」と気が付く。

審査をして行くと案の定、教えられたことを極めて着実に(意味を分かっているかどうかは別にして)文書や記録を作成していた。
逆の言い方をすれば、「肝心要な業務に重要で、かつ、経験則的に管理してきている品質に影響を与える事項」が明確なルールとなっておらず、属人的な管理のままとなっていた。
「徐々にISO規格で要求している“各規範”の意味と“この会社で重視して管理すること”を気づかせていくのが監査員の役目なんだ。きっと長い戦いになるけど監査員だけが空回りしないように頑張ろう!」と心に誓った。
(※ 自分を変える“気づき”ロジカルシンキングのススメ メルマガ91号より)

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