昨日のブログで「納豆がけご飯」の話題を取り上げたが、ブログ読者はもちろん、知人や昔からの友人にその話をすると同じように考えている人が案外いることがわかった。
そこに共通する思想は、
○洗い物の処理を容易にしたい(汚れ具合の低減、洗い物の削減)
○お茶碗やお皿の見た目を醜くしたくない(食べ終わった食器の美的センス)
ということのようだ。

この「食器洗い物思想」(と勝手に命名)から類似の行動としては、例えば、
①「たまご掛けごはん」の食べ方
②油が付着した食器のまとめ方
③おしぼりや割り箸の箸袋の処理
などがある。

「たまご掛けごはん」について私は「たまごを溶く容器」にごはんを入れるケースが多い。理由は「たまごを溶いた容器」と「たまごを掛けた容器」の両方を「たまご色で汚したくない」という感覚からだ。
ただ、「たまごを溶く容器」は比較的小さめであるケースが多いのでごはんを入れるスペースがあまりなく、「たまごを溶く容器」は大きめのものにしておく必要がある。

「油が付着した食器」であるが、重ね合わせるのはちょっと躊躇する。
ファミレスなど大型レストランは業務用食器洗い機があるのであまり気にしなくていいが、「食器を手洗い」する場合は、油ものの食器を重ね合わせてしまうと、本来料理で汚れていなかった食器の裏面も念入りに油を落とす必要が出てくる。

おしぼりや箸袋などであるが、食器を片付けるプロセス、洗い場に持って行った後のプロセスを想像すると「食器をまとめる」、「ゴミを捨てる」プロセスがあるはずなので、そのプロセスの担当者が仕事をしやすいようにしておく方が便利だ。
つまり、おしぼりや箸袋、割り箸は出来るだけまとめておいた方が運びやすいし、捨てるときも仕分けの必要が減る。
残飯を堆肥化処理や飼料として引き取ってもらうレストランや家庭であれば、魚の骨や皮(残飯)と練り和辛子の入っていた容器(ビニール製)を一緒にしておくと、分けるのが面倒なはずだ。

もちろん、上記ケースは、時と場合によっては、食事マナー違反であったり、やり過ぎると同席した人に対するマナーの問題やお店や食事を提供してくれた人に対する嫌味に取られたりするケースが出てくるので程度問題ではある。
要は「後は片付ける人の仕事だから関係ない」が嫌なだけだ。

ちなみに、「納豆」に関して知人が実施している方法を以下に紹介させていただく。
《引用 ここから》
①生卵+納豆のとき
卵を溶いてお醤油をたらし→納豆をそのお椀にいれる。
そのことで納豆の粘りを和らげます。
ご飯をそのお椀に入れて食することで、もともときれいだったご飯茶碗のネバネバ化は防ぐことができ、1つの茶碗だけが汚れる、滑らかなので(生卵入りご飯と一緒に食べているうちに、自然にお茶碗がきれいになる。
ようは最初から用意された器に逆にご飯を入れてしまう方法です。
 
自宅で食するときは納豆の発泡スチロールようきに卵と醤油をいれかき混ぜ、それをご飯の中に(真ん中に穴を作ったご飯に流し込む)
こうすることで、お椀と納豆卵が設置するチャンスをできるだけ減らす努力をしています。→汚れなくてすむ→汚れるお茶碗の数の減少となります。

②納豆かけごはんのみのとき
最近よく、ジョナサンの焼き鮭朝食の、目玉焼き抜き、納豆つき、ドリンクつきで925円(税込み)の朝食をとります。(家の目の前がジョナサンなんです)(むかしは目玉焼きも食べましたが、最近は卵を食事制限?しています)
ご飯をいただきながら、まず、焼き鮭で半分ご飯をいただきます。
次に、残ったご飯をご飯茶碗の形に合わせ、すり鉢状に整えます。(真ん中が深く、縁に沿ってご飯を広げる。→納豆を入れる。→まぜないで、納豆とご飯を、海苔でまいてご飯と全体をすくうようにいただく。
こうすることでも、やはり①と同様に、汚れなくてすみます。
《引用 ここまで》

上記を実践している知人は一人暮らしが長かったので、今では意識することなく自然と行っているようです。
これらの行動には、マネジメントの世界で言えば「後工程はお客様」的思考があるから自然とそうなるんだろうなぁ、と思った。

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