言の葉シリーズ。
「小さんは天才である。あんな芸術家は滅多に出るものじゃない。(略)
彼と時を同じうして生きている我々は大変な仕合せである。
今から少し前に生まれても小さんは聞けない。少し後れても同様だ。」
夏目漱石の小説「三四郎」の中での、三四郎の大学の友人与次郎のセリフ。
小説の中の人物のセリフですが、漱石自体、落語、特に小さんが大好きで実際に
こう思っていたそうです。
ちなみにこの小さんというのは、三代目の柳家小さん。
私たちが良く知っている小さん師匠は五代目です。
この「彼と時を同じうして生きている我々は大変な仕合せである」という言葉は
本当によくわかります
(漱石の時代は録音も録画もなかったので、同時代を生きて実際に観にいかなければ
聴けなかったわけです)。
噺家だけでなく、すべてのエンターテインメントに言えるとは思いますが、
噺家に限っても、私自身、亡くなった柳家小三治師匠の高座を生で見られたことは
本当に幸せで、本当に財産だと思います。
小三治師匠の高座を見るたびに、師匠と同じ時代を生きられてよかったと本当に思っていました
(漱石と同じ思いを私も書いてました)。
https://ameblo.jp/locosawai-blog/entry-12703157472.html
【2017年11月29日 新宿文化センターでの「死神」。これはすごかった。橘蓮二さん撮影】
談志師匠もそうです。生で高座を聴けてよかった。
逆に、圓生師匠、小さん師匠、志ん生師匠、志ん朝師匠を生で聴けなかったことは
本当に残念です。
役者さんもそうですが、芸人にとっても「同じ時代を生きられてよかった」と言われるのは
最高の誉め言葉ではないでしょうか。
永さん(永六輔)もそんなこと言っていたような。
DVDやCDで聴くことも出来ますが、やっぱり「生」。
同時代に生まれ、直接自分の目で見、自分の耳で聴くこと。
それが何物にも代えがたい「宝物」、「財産」になりますよね。
「小三治の高座を生で見た、聴いた」
「談志の高座を生で見た、聴いた」
私の自慢です。