私は高校に通っていた。
初めて出来た科に進学することとなり、新しい挑戦という名の実験台にされた我々は、鬼のように授業を詰め込まれた。
朝は福岡の負の遺産であるゼロ限、昼休みは英語の単語テスト暗記で潰れ、放課後は楽しそうに帰る他クラスの生徒を眺めながら一時間の居残り学習。控えめに言って奴隷だ。。。
そんな生活が続いていたので、効率よく学習するために、机の目につくところに数式や単語などをベタベタに貼り付けていた。
話は戻って数週間前のこと。啓発本を読むのにハマっており、社会の秩序や、溶け込むための処方などを読んでいると、本当にその通りだな、と思うことが多い。私は人の影響を多分に受けやすいのでなおのこと浸透する。
大切な部分はメモしたり、pcでまとめたりしていたのだが、それだけでは不十分な気がして、いつでも見られるところに貼っておけば忘れないのではないか、と思った。
そして学生時代のごとく、ベタベタと机に張り付けていって、その日は満足して寝た。それから数日はなんかいい感じで意識高く生きていた。
問題はしばらくたってからだ。ふと思った。
「あれ、なんでこんなもの貼ってるんだ?」
もちろん少し前に啓発本にハマり、それを貼り付けていたことはしっかりと覚えている。事実は把握しているのだけど、その時の自分の心境を思い出せないのである。
そこには確かに熱い思いが文字から伝わってくる。
だが、なんで当時の私はこんなに熱い思いで
「感謝を口にする」
だの「あいさつ大事!」
だのつまらんことを書いているのだろう?と。
全然心躍らんのだけど、どうして自分はこんな言葉を、さも天からのお告げのようにペンを震わせて書いているのだろう。
「怖い」
そう思った。
自分の中の思想家が当時の自分を洗脳させ、小学生がホームルーム目標を発表するかのごとく
「あいさつを、まいにち、したいとおもいます」
に感銘を受けたのだろう。
私の中にはきっと強い思想を持った独裁者が住んでいる。
幸いにもその独裁者はかなりのアホなので、私は宣戦布告を世界に告げずに済んでいる。