東日本大震災から11年が経過した。
当時は山形で働いていて、今でもはっきりと覚えているけど、11年前の今日も金曜日だったな。
あの日の夜、オール電化のアパートに住んでて暖房もつけられず、外は雪が降ってる寒い部屋で、
毛布にくるまりながら過ごしたことは、一生忘れないだろう。
翌日は土曜日だったけど、当時の上司に呼び出されて出勤し、停電で動かない信号機に注意しながら、
営業車で1日かけて県内を廻って、避難所を訪れては、同僚の無事を確認していった。
あれからもう11年も経過したなんて、やっぱり時の流れは早く感じるね。
今週は月曜と今日の2日間もテレワークが出来た。今日はWEB会議があらかじめ4つも入ってて・・・・
自分の時間がほとんどなかったので、わざわざ出社する必要もないなと判断したけど、良かったと思う。
会社にいると、1日に数回は声をかけられて自分の業務が中断してしまい、なかなか集中できないけど
自宅でやればマイペースを守ることが出来るから、今日はとても充実感が高かったかな。
かかってきても敢えて電話に出ず、この時間は電話対応をする!と決めた時間に折り返し対応をして、
実験的に新しい業務がそれでもきちんと廻るか?を試してみることも出来た。
なかなか“自分の時間を過ごす”ことが出来なかったけど、徐々にペースを掴んで出来てきたように思う。

朝、ちょっと早く起きて、FXのチャート分析をする習慣もだいぶ身についてきたように感じるね。
仕事中にチャートを見る余裕はないから、事前の分析をきっちりやって予約注文を入れるしかない中で
しっかりと結果を残すことが出来たと思う。
一昨日、断腸の想いで損切り決済をし、小さくない損失を出してしまったけど、僕は全く諦めていない。
もう一度デモトレードに戻って、僕なりの戦い方、FXとの向き合い方を整え直そうと思っている。
遠回りだけど、足元を見つめておく姿勢を忘れてしまうと、どんなに頑張っても結果が出ないからね。
昨日、今日で約100万円の利益を出すことが出来た。やっぱりGOLDと日経でこれからも勝負をする。
プロトレーダーの方が好意でWEBコンサルを実施してくれて、これからも定期的にお願い出来るのは、
僕にとってはかなり心強い。
前々から要請されている「専業」でやるには実力不足だし、プロトレーダーになるつもりは毛頭ないけど、
トレード技術を磨き続けておくことに全く損はないから。
25年~30年先、僕がサラリーマンを卒業して時間が出来た時に、FXを本格的に取組めれば良い。
この先どんな人生を歩むのか?、どの「夢」を本格的に追うのか?、はっきり定めていない今だからこそ、
余力があるうちに、可能な限り、たくさん失敗をして
経験値を積んでおきたい。
株トレードで負けなくなってしっかり稼ぎながら、2つ目の武器となるFXをしっかりと自分の技術にする。
努力を努力と思わず、楽しみながら取組めている今の状況は、見方によっては、理想的と言えるから。
ちょっと苦手だった「相関」も、各通貨のリアルタイムの動きを見るのとは別に「相関閲覧専用ページ」を
プロトレーダーの方に作ってもらって、1分で世界の強弱が分かるようにしてもらった。
やっぱり勝てるトレードをする人は本質的考え方がブレないから根拠がしっかりとしているし、
何よりも教え方が上手過ぎる。
日本で一番すごいFXトレーダーに教えてもらえる環境にいる自分は、とても幸せ者だと、改めて思うね。
コロナが明けたら、都内にあるトレードルームに招待してもらえることになったので、
そのチャンスが来る時まで、自分のトレード技術を高められるだけ高めておきたい。
「●●●さんは充分専業でやっていける。もっと稼げるのにもったいない」と言ってもらえて自信になる。
いずれは自宅の余っている部屋の1つをトレードルームにしようかな・・・と思っているので、
招待してもらえたら、部屋の作り、何を用意すればトレードルームに出来るのか?も確認してきたいね。
僕の課題は「メンタルの不安定さ」だと言うことが証明されたように思う。
テクニック的な部分、ファンダメンタル要素の捉え方、基本的なトレードルールは身についていると思う。
ちゃんと分析して、普通にやれば、たった2日間でも、これだけの利益を出せるのだから。
自分で言うのは変だけど、実にもったいないな・・・・と思う。これも実力だからな。。
思えば、小さい頃からずっとそうだったかもしれない。肝心な時に失敗して期待を裏切って来たから・・・。
運がないのかな・・・とも思うし、臨機応変にやればうまくいくと思っても敢えてポリシーを曲げないとか、
今までは無駄に頑固な僕がいたと思うし、哲学を追求し過ぎる傾向があったことには気づいている。
例え負けてもポリシーを貫くことがカッコいいと本気で思っていた。
サッカーでもそう。
相手が出てくるのが分かっているのだから、自陣深くに引いて、相手をおびき出し裏のスペースを狙う、
そんな戦い方をすれば比較的“楽”に勝てる場面でも、継続してきたパスワークで崩す姿勢を変えず、
ポリシーを貫いてしまい、その結果、たった数回のミスが致命的になり、失点して負ける・・・とか、かな。
自分のやり方を貫くと言えるけど、結果が出なかったら意味がないんだよね。
そう考えると、今までの僕は勝ちたいと願いながらも「勝負師」ではなかったように思う。
これからの人生は、今までと違って勝負師に徹したいなと思う。
頑固さをなくして、臨機応変に状況に合わせられるようになりたい。叶えたいことは何なのか?・・・・
これを常に考えて、常に「目的」を果たせるようになりたいと思う。
これまで自分が信じてきたことであっても、状況を鑑みて違うと思ったら、潔く信じてきた考えを捨てる。
時代は移り変わるのだから、戦い方、勝ち方も移り変わるはず。
いつまでも同じ「勝利の方程式」が通用するはずがない。毎日、何かしら進化させていかないとね。
僕は自分の人生を生きる。
やり直せない人生なんて、この世にはないからね。
「自分の時間」を大切にして、自分ととことん向き合っていく。無意識に冷めてることが多すぎるから。
ある意味、当然だ。
一度人生を捨てようとしたんだから。生き残ってしまって「こんな俺が・・・」と思う気持ちがずっとあった。
もう二度と自分に期待してはいけない。
そう思っていた。自分でそう思い込むことで、気持ちを楽にさせようとしていたんだと思う。
いや、、違うな。。弱い人間だから・・・“楽”な方に逃げてたんだ。。
だけど、やっぱりどこか寂しく感じてしまって、心が落ち着ける環境を求め、人に執着してしまっていた。
こんな考えをしている自分が受け入れてもらえるはずがない。
とことん馬鹿だなと思うけど、やっと気づけたと思う。かなり気を遣わせていたんだな・・と、気づけた。
こんなに甘えさせてくれたのは、やっぱり優しいからだったんだろうな。
もう心の中だけで想うことさえ烏滸がましいけど、改めて、2人には心の底から最上級の尊敬をしたいし、
エールを送り続けたいと思った。
水や空気が無くてはならないもののように、僕にとっては、どうしても必要と思ったのは間違いない事実。
悲しいことに、世の中は必要と思っても掴めないものがたくさんある。
これも実力・・・・。
突き詰めて考えれば、他人がどうとか、全く関係なくて、僕に実力があったらたぶん既に隣にいたと思う。
昔から僕を知っている友人、お世話になった人、ココを読んでくれている人からたくさん連絡をもらった。
「お前・・・ほんとに大丈夫か?」って。
両親よりも年齢が高い、ドイツで知り合ったご夫婦からは「数日うちに泊まりにおいで」と誘ってもらった。
「16年前、偶然ドイツで会って帰国した時から、もう●●●くんは私たちの息子だと思ってるから」と。
コロナ禍でとても注意して生活されているのが分かるのに、それ以上に僕を心配してくれる。
僕の心が心配だ、と。
こんな年齢になっても心配をかけている自分がちょっと情けなく、だけど、嬉し過ぎて涙が出たよね。
ちょっとずつになっちゃうけど、僕の想い、素直な気持ち、辛いこと、嫌だと思ったことも全部含めて、
ココに書いていくよ。
僕は大丈夫(^^) みんなありがとう。