明日が新月らしい。暑い。念の為と思ってダウン持ってきたけど、まったくいらんわ(;´Д`)
白タートル一枚でもなんかすげぇ暑い。汗かいてる。

旦那ちゃん、もうワクチン云々も全然言わない。一度あたしがキレたからか?
そうなると、不思議なもんで、やってもいいかな・・・と思う。
強いられんのが、とにかくイヤなのであって・・・。

ブログUPできてませんね~って書いて、アレ?そいや、こないだ
ドヴォルザークネタでUPしたじゃん、と思い直した。いかにも酔っぱらいの文章だけど。
まぁ、いいのだ。これもあたし。
そんでもって、こういうテンションのあたしは、キライじゃないの。あたしはね☆

週末は、土曜日に初めてプロバスケ見に行ったのよね。
「サッカーより面白いかも」と、元サッカー部の旦那ちゃん。
サッカーはやるのは楽しいけど、見るのは・・・とのことらしい。
アイスホッケー初めて見に行った時も思ったけど、
ゲーム展開がめっちゃ早くて、すんげぇおもしろい。
まじで速くてさ。一瞬たりとも目をはなせないかんじ。だから、けっこう集中力つかう。
ある意味、見てて疲れる。けど、すげぇ「楽しめた!」感があるのよね。

バスケってさ、結構時間短いのよ。45分とかでしょ←よく知らんけど(爆)
サッカーなら90分以上、野球なら2時間超すのもざらじゃない? 

ま、野球のあのまったりした感じが捨てがたい、という人はいるだろうけど。
私を東京ドームのパリーグの試合(どこの試合だっけ??西武VS近鉄かな
・・・あれ、近鉄ってもうないっけ??)に連れていってくれた先輩は、
ドームの広い空間で、下を見おろしながら飲むビールのために行く、とか言ってたし。

野球観戦は、たしかにビールは爽快なんだけども、
たらったらしてて、待ち時間長いのが苦手なんだよなぁあたしは…
「毎回交代とかしなくていーよ、一気に9回まで投げりゃいーじゃん」と言ったら、
ある先輩に「ピッチャー殺す気か」と笑われた☆ 
あ、でも、雨の中、神宮球場で、傘ふってヤクルトの応援したことはある。
あぁいうの楽しいよね~♪

こーゆー、私みたいな“のろまのせっかち”には、
たとえまったりビール飲んでスナック食って、というお楽しみはないにしろ、
アイスホッケーやバスケ観戦は楽しいんす☆

あ、アイスホッケーの試合に私を誘ってくれた、研究室の同期(♂)は、
「寒(さび)いホッケー場で飲むホットウィスキーがまたイイんだよ~~」と・・・
若干そこにひかれて見に行った私だ、わざわざ東伏見まで☆
アイスバックスと王子製紙の試合だったと思う・・・多分。

結局、酒ネタか☆そーだよ、どーせそーゆーキャラなんだよー(泣)
私、見た目はちっこいし真面目そうだし、あんまお酒なんて飲まなさそうなのに、
実際は、わりとどんな酒でも「どんとこい」で…テンションも上がりまくる人なので…
面白いのかもしれないのです、傍から見ると…(-_-;)

旦那ちゃんなんかはさ、大学のサークルの飲み会でさ、入部しょっぱなから、
私と同期の男子と、1こ上の女の先輩と3人とで、
コップお箸でちんちん叩きながら「酒もってこ~い♪♪」と騒いでたのを見て、
「この人には近寄らないようにしよう…」と思ったらしいさ。
…それがキミの、自分の妻の第一印象なんか…?それでいいのか???(泣)
あたし的には、単純にごきげんさんなだけなんだがなー・・・
ご無沙汰しておりまする☆

帰宅しまして、お布団も取り込み、夕飯のお買い物も済まし、ビールあけて、
昨日図書館で借りてきたドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」を聴き比べてる。
フェレンツ・フリッチャイ指揮、RIAS交響楽団(1953)と、
広上淳一指揮、ノースショピング交響楽団(1994)。

フリッチャイのと比べると、広上さんのはおとなしめ。響きはすんごい綺麗。丁寧な演奏。
好みはわかれるかもねぇ。あたしなんかは、けっこう爆演系好きだからなー・・・
でも、ほかの演奏だとあまりクリアに聞こえてこない部分も、ちゃんと聴かせてる。
なんつーんだろ、重層的な?奥行きのある曲作りになっていて、さすが、という感じがする。

ノースショピングって知らなかったんだけど、スウェーデンのオケらしい。
だからこういう穏やかな音になるのかな。
ロシアさんだと、多分こうはならんよなぁ、きっと(笑)
でも、昔の(18世紀くらいの?)スウェーデンって、けっこう好戦的な北の大国って
イメージもあるよなぁ。いつからこんな、おとなしめの国になったんだ???

これさ、和声の中間(第2とか第3とか)を、すごーく聴かせてきてるのね。
じっさいやるの、けっこう難しいんだよな~~。地味な部分だからさ。
でも、これによって、響きにすんごい厚みが出んのよね。その上で、
3楽章のティンパニとか第4楽章の金管とか、ところどころガツンときかせてくるかんじ。
うまいわ~と思う。

でも正直に言えば、あたしフリッチャイの方が好き。
血がたぎるかんじがする(爆)。情熱的でさ。メリハリききまくり。
彼はハンガリー人だとか。チェコの音楽って、ハンガリー人にとってどんなもん
なんだろ??・・・少なくとも、日本人やスウェーデン人よりかは近いんだろうけど☆

うふふふふ。指揮者のように、腕ぶんまわしながら、ヘッドホンで聴いてんのが超楽しい♪♪
実際にやってみるとわかる。あれ、腕だけじゃない、全身でやるんだよ。
背骨からはじけるように、身体バネみたいにしならせて、曲に、全身を翻弄されんの。
それが気持ち良い。

指揮の勉強とかしたらよかったかもな。今のあたしは、えせ・コンダクター。
打点とか拍子とか全くわからぬまま。踊るようにやっている。踊り狂ってる。
はー、汗かくわぁ。家ん中で、ヘッドホンつけて、はねまわって、
傍から見たら、間違いなくオカシイ人だわね(;´Д`) まぁ、いいのよ☆

新世界、好きだわぁ。一時期さ、ラフマニノフとブラームスしか
聴かない、みたいな時期があったのよ(・・・二人とも暗ぇなぁー(-_-;))

今は、なんか、ドボ8&9が好き♪♪(←念の為☆ドヴォルザークの交響曲第8番と
第9番のことですよ~) 特に9番の第4楽章は、いちばん有名なやつだけども、
私も中1の時に、吹奏楽部の定演のメインでやったの。

勿論1年生だったから、けっきょく本番の舞台には乗れなかったんだけど、
練習はしてたのね。1st clarinet。3年の先輩がやったソロが素敵だったなぁ~とか、
ここすごい練習したよな~とか、思い起こされます。
でも、今となっては、一番好きなのは、第1楽章だったりするんだけれども(笑)

ちなみに広上淳一さんはね~、前にブログで書いた、高校時代の友人Kが、
一時期どハマりしてた指揮者さんなのよ☆広上さんが桜田淳子を追っかけしたように(笑)
ほんとに広上さんを“追っかけ”してたからね、ヤツは。・・・まじで。

あたしんとこに送ってきた年賀状にもさ、送り主、本名じゃなくて
「広上○○(←本名のファーストネーム)」ってなってたし。・・・いいけどね、別に。
わかるし。奴だって。けど、変なヤツだな~~とは思ったわよねーーー(爆)

とゆことで。広上氏は、私の中でも、それなりに特別な指揮者さんなのでした。
(←音楽、カンケイねぇなーー・・・(;´Д`))

あぁぁぁぁ、、第3楽章はいったっ ←フリッチャイ
やべぇぇぇーーーーーッ ティンパニとか、かっこよすぎ!!!!
まじかっこいい・・・(号泣)
ホルンの咆哮とか、ほんと、「どうしてくれよう」ってかんじよ。

あと、自分の思うように生きていいんだよ、って
あたしはあの子らに言いたかったし、言ってきた。

でもね、そういう言葉って、なかなか彼ら彼女らの内側にまで届かなくってさ。

いわゆる『アドバイス(←玉石混交だけどね。クソバイスとか(-_-;))』は
もう、くさるほど耳にはしてんだよ。はっきり言って。言葉だけなら、わかってる。

でも届かない。内側までは響かない。

言葉だけじゃ足りないんだなー、って、ね。
そういう言葉を体現してる大人が、その姿をナマで見せないと、
説得力もたない、響かない、届かない。
そう思ったときにさ、じゃあ、あたしは?と思ったのよ。

あたしは、自分の思うように本当に生きているの?と。
答えはNOなのよ。明らかだった。本当は、あたし自身が苦しくてたまらなかった。
望んで飛びこんだ仕事だったけれど、楽しいことも充実感もあったけれど、
朝、行きたくなくて行きたくなくて仕方なかったり、
休みの日には、死んだように一日寝ていたり、
何かにとりつかれたように、黙々と編み物していたり。

このころの日記に、あたしこんなこと書いてるの。
「書くこととロシアとスピリチュアルが好きなのに、なんでこの仕事をしているんだろう」
って。わかってたのね、きっと、なにかしら。その頃にすでに・・・。

それでも、いろいろなものを得た場所で、いま思うと素晴らしく濃密な3年弱だったから、
ほんとに有難い場所だったんだけどね。辞めよう、と思った後に、
まぁある事件が起こって(以前ブログに書いたけども)あっさり辞められた。
ある女の子のお別れ会の後に思ったっけ。ここでやるべきことは、終わったなーーって。


あぁ、そう、だから、
まずはあたしが、あたしの思うように生きられるようになりたいの。
そう思っていろいろ試行錯誤して、深みにもハマって・・・
セラピー受けてみて初めて、自分がけっこうヤバい状態らしいと知らされたりですね(;´Д`)

カウンセリングも学んでみたけど、そのスクールでカウンセリング受けてみる気には
なれなかった。それではおっつかないな~と思って。自分の状態が、ね、
カウンセリング単体で癒されるほどの軽傷ではないらしい、と、うすうす?気づいていて。

実際に愛と桃舎さんのセラピー受けて、だいぶトラウマのレベルが厳しいと知り。
さん☆おとぴさんのとこでも、なんか他の参加者さんとの中で、際だって緊張感強くて
ガチガチだったみたいで、お話し会に行ったら開口一番、大丈夫ですか?(だっけ?)
とか言われちゃって。

しんどくないですか?って。そーねー・・・しんどいのかもしんないけど。
多分、前よりはこれでも多少楽になってるハズなんだけど。
あまりに慢性化して、なんかもう、わかんなくなってるっぽいのよね、私。
助けなくてもいい。救わなきゃなんてことはない。
もう、これは、いちいち確認しとかないとイヤなのね、あたし(-_-;) 

大阪での反省なんだ。不登校の子たちのスクーリング。苦しそうな子多かったから、
なんとか楽になってほしかった。助けたかった。
けど、なかなか助かってくんない子に腹立ててた。
こっちがいくら、道を示したり手を取ってそっちに向かわせようとしてんのに、
ちっともそっちに向かわなくって、
むしろ闇の方にばっかり逃げ込んでしまう子にイライラした。

その子は、素質はすごい良いものを持ってるわけ。
やればできんのに何でやんないの?!といらいらしてた。腹立ててた。
できない子なら、イラつかないんだよ。でも、彼女はちゃんと力のある子だった。
なのに何故?!ってね。

・・・で、ね。思ったの。あたしが助けたがってるからだ、って。

だから、彼女は“助かって”“学校に行けて”いっちょあがり、みたいにならないで、
いつまでも助けを求め続ける、弱々しい姿をさらし続けるんだ・・・って。

よく言われるでしょう?「助けたい」思いが自分の中にあるから、
「助けなきゃならない(困った)人」が目の前に現れるのだと。
それをね、まざまざと思い知ったよ。でね、だからね。あたし、あきらめたの。
あたし何もできないや。

環境整備はするよ。方策を示しもする。
けど、それ以外はね、ほんと、一緒にいることしかできないんだな―――って。

あぁ、あたししなにもできないんだなーー、って。
彼女のこと、好きなまま、かわいいなって思いながら、
ただ「いる」ことしか、あたしできねぇな、って。

だからかなあ、あたし、そこで、不登校問題のプロになることはあきらめたの。
プロというには、あまりにも、できることが少ないな、って。
そんなん、プロというに値しないな、って。

…ふう。さすがに、10頁も書くとちょっとすっきりしますわね。
やっぱりサイゼ来てよかったな。家やドリンクバーのない店だと、ここまで没頭して
書き続けられないのよ私。今、17時10分。17時過ぎてもまだこの程度明るい。
春が近づいてるんだなーと思うわね。

今日も旦那ちゃんは9時頃にはなるんだろう。
あまり、最近、彼と2人でいることが楽しめてない。身体の調子が今ひとつだからかなぁ。
不妊治療始めるにあたって、風疹の予防接種受けに行かなきゃ!というのが
プレッシャーになっているのかなあ…。あたしが今の状態で、どこか
幸せいっぱいではなくて、苦しんでいるから、それを感じ取ってしまっているのかなぁ?

まず、私自身が自分を幸せにするんだ!と決めて、それに向けて
少しずつ動いていかないことには、どうにもならないと思うのだわ。
そう、「自分で自分を幸せにするんだ!」が今年の、新年の計なのよ。何となく。

えっらい前向きじゃね??(笑)
去年はね、「あきらめてきたものを自分に許す。望んでもいいのだ、ということを許す」
だったの。実は。だからさ、
こんだけ日々寝たくっているけど、何かは、奥底の方で動き始めてるのかもしんないな、
とは思うのよ。なんとなくだけども。

天中殺ぬけるしねー。2014~15年は、だから、じっとしてようと思っていたのね。
数秘術的にも、2016年は私「1」の年だし。去年が「9」。
何がテーマだったんだろ、この9年間。思えばあちこち行ったもんだ。
9年前はまだ大阪にいたんだもの。いろんなこと、うまくいかなくて、
苦しんだしもがいたけど、でも結果オーライかな。いろんなものは仕込めた気がする。

新しい年、新しい9年サイクル(12年でもいーけども・・・天中殺明けね)何をしようか。
何を目指していくのか。もうそろそろ、苦しむのやめたい。卒業したいの。
楽しいとか幸せとか、生まれてよかったとか、生きてるって素晴らしいとか。
そういうこと感じたい。もういいかげん・・・

ううん、そんなこと書いてたら、少し涙がにじむわ。
あたしがどうやって幸せになってったか明らかにできたら、
ほかの人が幸せになる助けもできる。助けなくてもいいけれど。
救わなきゃなんてことはないけれど。

もう、これは、いちいち確認しとかないとイヤなのね、あたし(-_-;)
これは、大阪時代の反省点なの。

つづく~かな?
なんとなく、あたしみたいな人間ですら、虚礼と思いつつ年賀状を出したこと
(某恩師には出してないが)、そこをめぐる葛藤なんかをブログに書いたこと。
そこらへん、もやもやしてて気持ち悪かったんdだ。

なんかね、結婚して以来、もう独り身じゃないんだって気持ちが強くあって。
もう、これまでのような常識はずれorやりたい放題?をやってはいけない、
私のことで彼が迷惑したり恥をかいたらかわいそう、
もうあたしだけが責任とりゃいーんだから、というわけにはいかない。自重しなきゃ、って。
もっとちゃんと、世間的にまっとうな人間としてふるまわきゃ、少なくとも家の外では・・・。

そんな縛りを、自分にかけてた。
彼は、いわゆる一流企業で正社員やる人なだけあって、ひっじょーに常識的だし、
「常識的である」ことにプラスのイメージをもっている人。
あたしとは逆。「常識的である」ことは、ほぼほぼ、「つまらない」と同義。
もしくは「くそったれ」とか。ピー☆が入るかんじ(^^ゞ
そーゆ―、マイナスのものを私はどうしてもくっつけてしまう。

まぁ、彼自身はね、B型かつゴリゴリの理系男子なので、要はけっこうヘンなので(笑)
おもしろくていいんだけど。
ちなみに・・・大学んときつきあって、一度別れて、2度目につきあいだした
2012年の夏ごろ?なんだけど、つくばに行ってさ。一緒にケーキ屋さんで、
いろんなケーキ(2人で6コくらい食った♪♪)並べて味見しあってたんだけど、
プリン食べたヤツの感想が、「ビスコシティが高い!」でしてね・・・

は?・・・なんぞソレ???

要は「粘度」、どんだけドロッとしてるか、ということらしいんだが。知らねーよッッッ!
彼曰く、「理系には常識」とのことなんだが。文系のあたしにはびっくりよ。
聞いた事ねーわ(◎_◎;)てかなんで、プリン食いながらそんな話になるんだよ――――💦

『理系あるある』という本があるんだけど(←笑えた)あたしもネタ集めておこうかな…
花火見ながら、ほんとに炎色反応の話すんだよねー

話、戻すと、
世間の目を気にして、それなりに「まっとうな人間」を演じようという気持ちは、
私の中の、ダンナに対する愛ではあるのだけれども。
彼が、変な嫁もらってかわいそうにと言われないように、って。
・・・でもそれって、私自身のプライドでしかないのかも。
あたし自身が、「ヘンな嫁」だと思われたくない!!っていうね。
でもさ、それって結局はさ、「自分かわいさから出たニセモノの思いやり」だよな、とね。
(これ ↑ は、今日読んでた岩月謙司さんの本の中のフレーズ☆)

なんか、もうね、やめちゃおうかな、ってかんじ。
ごめんね、だってほんとは、こんなんだもん、あたし。

でもさーー・・・、君が選んだ嫁だぜ?だからしょーがねぇよね(爆)
年始に帰省して、母親が自分の話ばっかりで、
私のする話を聞いてくれてない態度だったのを見て、うおっ、と思ったのよね。

うちの親って、2人してものすごいスピードと勢いで話すから、
そこに私も話したいことがあると突っ込んでいくんだけど、
あいづちだけは打ってくれるんだけど、全然話にのってきてくれてないのがわかってね。
ときには、「興味ない」というのがありありとわかる態度で流されて。

あぁ、これじゃ、小さかった私が「自分の話はつまんないんだ」と
思ったとしても無理はないよなーー・・・って思ったの。

私、今でもそうなのよ。旦那ちゃんと話してても、相手の反応が今ひとつ、と思うと、すぐ
話すのをやめてしまう。あぁ、あたしの話、おもしろくないのね、って卑屈な気分に陥って。

実際は、旦那ちゃんが興味ない話のこともあるけど
(フィギュアスケートのこまごまとした話とかね)、
彼のその時の状況が、話を聞く余裕がないって時も多いことに気づいてね。

たとえば、車運転してて、目的地に行くのにどこで曲がるのか考えてたりとか、
他の車気にしながら右折しようとしてる時だとか。
あたし、無事故無違反無運転のゴールドちゃんなので、運転手の状況とか気持ちとか、
そんなにはわかんないんだわ。まぁね、でも、そう考えると、
私だって、食事つくりながらとかだと、ちゃんとは話聞けてないもんな。

でも、そうとわかっていても、今日だか昨日だかの夢でも、私、話し始めてて、
相手がつまんなそーだな、と思って、内心ちょっとしくしくしながら
話しするのやめちゃったりしたのよね。
「自分の話はおもしろくない」・・・そういう固定観念がやっぱりまだあるんだわ。

それがブログに対する抵抗感として現れることもある。
こんなぐだ話UPしてどうするんだ、と。
ときには、誰にも見せることもないJournalの文面にあらわれることもある。
書きながら、くだんねぇこと書いてんなーーとか、ペンのインクと紙の無駄だとか、
書くには書いたがだから何、とか・・・
そんなジャッジをしまくりながら、私、自分の文章を読み返していたりする。
最近、11~14時頃にとろとろと寝るせいで?いろんな夢を見る。
私の場合、たいていは何人もの人と一緒の夢なのよね。1人で、ってことが少ない。
日常1人でいるせいかしら。
けっこうね、夢の中で、その人たちに対してあれこれ気ぃ使って、
気疲れしたまま目が覚めることが多いんだな、これが・・・つかれるーーー。

人の目がものすごく気になるのよね。人に受け入れられたいの。
それはおそらくは、人がものすごく怖いから。

つらつらと思いだすに、小2まではまだよかったように思う。だけど、小3で
親友の女の子とクラス別れちゃってね。担任の先生ともうまくいかなかった。
どっちかってと、目の敵にされて。
小3の3学期、その先生が産休に入って、ちょっと珍しい形態だと思うんだけど、
1学年60人弱が一クラスにまとめられて授業を受けることになった。

調理実習やる大きな部屋に、3年生全員が集められて、調理台の上に
ノートとか広げて授業受けるの。それ自体はちょっと楽しい感じもあったんだけど、
隣のクラスの担任だった女の先生が怖くてね・・・(;´Д`)。
体育の先生で、白髪頭のショートカットで、体格も良くて声もでかくて。
慣れない環境と、その隣のクラスの先生と、これまで以上に関わることになったことが、
けっこうなストレスだった。
その次に、若い男の代用教諭が来たけど、この人ともなんかうまくいかなかった。
なんか、男のくせにね~ヒステリックに怒鳴られることが多くって。

親友と離れてしまったことで、友達との関係にも問題を抱えてた。
クラスで人気のあったほかの女の子を真似て、キツい言動をしてみたり。
芸風を変えたくて。模索していたの。友達と、どう接していいかわかんなくて。

普通にしゃべってるとね、けっこう「ゆかちゃんのいうこと、むずかしくてわかんなーい」
と言われちゃうことあるの。一人っ子で、大人としか接してないから
もとから大人言葉でしょ?だから、なんかどっか、ほかの子と違うみたいなんだけど、
自分ではよくわかんないんだよね。
で、自分の言うことってわかってもらえないんだ感を、ムダに育てたりしちゃうわけ。

あと、あたし自身が、相手が何考えてんのかわかんなかったりもすんだよね。
相手の思わぬ反応にとまどってみたり。気の利いたこととか、言えないし。
何を言ったら相手に気に入ってもらえるのかわかんないし。
他愛ないおしゃべり、という奴が一番苦手だった。

伝えるべき情報があるなら、そのことを話せばいいのだから、できる。問題ない。
でも、おしゃべりってそうじゃないでしょ?特に、伝えるべき何かがあるわけじゃなくて。
むしろ、話題なんて何でもよくて。どんな話でもいいんだけど、
そこにいる人たちとそれを楽しめることが大切で。

その人に対する興味がないと、話続かないじゃん。
どうでもいい世間話とかじゃ、する意味感じない。
ただの時間つぶしでしょ、って思うときあって。そういう、どうでもいい時間つぶし話に
あたしを巻き込まないで、って思っちゃうの。
だって、あたし一人だったら、別に暇しないもの。

私だけなのかしら?他の人はあんまりしてないみたいよね~よく知らないけど。
私、頭の中でお話つくったり、誰かとおしゃべりして遊ぶから、
見た目ぼーっとしていても、全然ヒマしてたりしないのよ。

ちなみに、誰とおしゃべりしてんのかしらね??具体的に、「見えないお友だち」とか、
アンネ・フランクのキティみたいな存在がいるわけじゃないのよ☆
でも、独り言、というのとも少し違う感覚で。
誰かに対しては、話してる感覚なんだ。わりと、議論吹っかけてるに近い感じかなぁ。
・・・これって、あたしだけ??
今日はよく晴れてるけど、まだ雪が残ってて寒い。
今日はモス。初めて試したタコの入ったトマトスープがしみる。暖房入ってるんだけど、
店内は必ずしも暖かくない。窓から冷気が流れてくる感じで。
寒ですね。明日は大寒だとか。大学院時代にお世話になった教授から年賀状が来てしまってて
どうしよぉぉぉ、って感じ。寒中見舞、出すべきか否か。

あぁぁぁ、来ちゃったよ年賀状、、ってかんじだったのよね。
恩知らず、まっさかり!!!みたいな。何の祭だよ?ってくらいな勢いで。

そんな感じで、一応続いている人、というのもまだ何人かいる。4人くらいね。
嫌い、って程じゃない。けど、好きでもない。虚礼と思いながらもまだ切れないでいる。
ただ、あたし自身は、基本的に、年賀状自体は好きでね、
毎年わくわくしながら、どういうのにしようか考える方なんだけどさ。

私自身が、大阪での、不登校の子らと過ごしたことを、そこから得た学びを
(教育学的な観点での、ね)誰かに話したい、シェアしたい、という気持ちもまだ、
少なからずあるんじゃないのかな、という気もしたの。寒中見舞いにかこつけて、
ほんとはそういうのを、先生にお伝えした気持ちもあるんじゃないのかな、、、って。
ただねぇ、おもくそ、やる気になんなんだけども。なかなかね。

・・・今思い返しても、正直さ、「もう教育はいい」と思ったんだよなー。。。
枠にあてはめ押し込めて行く、その強制力を自分が行使しなければならないことや、
ある意味でお手本として自分がふるまわなければならないことが苦しくなってた。
疲れたな―――って。。。

だって、あたしは、彼らが社会に出てくためのお手本になれるような人間じゃないもの。
けっこう常識はずれなとこあるし、衝動的に破天荒なこと、やりたがったり
やってしまったりするし。外で見せてる顔よりも、もっと毒々しくて、独善的で、
「社会で良しとされていること」に反吐が出るってタイプだったりするんだもん。
向いてないー・・・ってずっと思いながらやってた。

望んであそこに飛び込んだはずなのに、入ってすぐはもうほんとに、
ものすごーく苦しくって、何やってんだろあたし、と何度も自問自答した。
何がそこまで、苦しかったんだろな???

まぁ、でも、結局、何をやってもしんどい、という感覚はずっと付きまとったわけで。
だから、やる行為そのものの問題ではないんだろう、というくらいはわかるようになった。
Vancouverだって、帰国するとなった時には涙出るほどあの街での生活が好きだったけれど、
それでも向こうに行ってしばらくはすごいキツかった。
そう、今思うと「総じて楽しかった」という記憶なんだけれど、
実際は相当に、苦しんだし、いろいろと葛藤していた気がする。
それもまた、日本では得難い「糧(かて)」に、違いないのだけれども。

ずっと何かを求めていて。これだ!と思って飛びついてみるけど、
それでもやっぱり辛くってしんどくて虚しくて…。

何を探してるのかわからないのに、「違う、これじゃない・・・」感はがっつりあってさ。
しんどいんだって、それ・・・。
今更ですが、新年あけましておめでとうございます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

ということで。だいぶまた間が空きました。いや、書いているんですけどねノートには。
ノートに書きなぐることは、私にとっての喜びであり、ほとんど業のようにも思うのですが。
いかんせん、キーボートで打ち込むことは、そこまで好きなことではないのね。

その間、というか、ここ数カ月くらいは、私の中ではいろいろ変化していたり
感情的に揺れていたりするのですが、そのへんをなんかうまく書けてない。
ちょっと前に打ち込んだ文章を読み返すと、なんかね、今の自分と違うの。波動?
だから、せっかく打ち込んだのに、お蔵入りになってしまっている文章ちゃんがいっぱいある。
ある意味、勿体ない。せっかくパチポチ打ったのに~~

年末年始もばたばたでした。31日に、旦那ちゃんちに帰省がてら、初コミケ体験☆
すんごいね。なんかもー・・・。高校時代にはそれなりにやおい(当時はBLと言わなかった)
好きだったり、自分であれこれ描いてもいた私なのだが。
友達から借りた同人誌を、受験間際の地学の授業で、
堂々と机に積み上げて読んでいた猛者(自分で言うな)なのだが。

・・・てかねぇ、センター後に地学の授業なんてやるなよ~自習にしろよ~~
しかも、この期に及んで、岩石プレパラートづくりの実験とか(爆)
いーらーねぇぇぇ――――!!
どこまで融通きかねぇんだよ、これだから国立はよ~~~~~

ひとしきり、毒吐いたところで☆

コミケさん、初だったので、けっこうおろおろしてたのかミリオタ?さんに銃突きつけられて、
かたまってたら笑われて「楽しんでください」とか言われちゃった。
この日は最終日で、ゲームと男性向け(要はエロ)がメインだったので、
わたし的には超アウェイだったけど、人が多すぎてかなり疲れたけど、
なんかいろいろカルチャーショックで面白かった。あれは一種の祭だね。
いいよね、あぁいうの。欲望妄想大全開で(人に迷惑かけない前提で)さらけだせるのってさ。
そういう場って必要よ。おっさんだって時にはミニスカで闊歩したくなったっていんじゃん?
と思うもんな。(ガン見しちゃったけど☆)

その後は旦那ちゃんちで過ごし、翌日自分の親の家に。途中までは調子よかったんだけど
夕飯にピザ食べたりしながら飲んでいて、そのくらいからまた喘息っぽくなってしまった。
またかよ、ってかんじ。ここんとこ、ほんと、帰省するたんびに喘息になる。
その前は必ず下痢してた。そして今回は、喘息と水っ洟のダブルパンチ。
不思議なことに、帰りの高崎線の中でおさまるの。どんだけ自分の家がイヤなんや自分・・・

いいかげん、このAC被害者ポジション、イヤになってきてる部分もあるんだけど。
まぁ、いいネタかも?と思っていたりもする私だ☆とりあえずここでUPするわ