小学校卒業と同時に引越した先の中学校で。学年一番の成績という十字架を背負って。
その中学の子たちと同化しきれるわけもないのに。それでもやっぱり、あがいたよ。
受け入れてほしくって。そうしないと、怖くてその場にいられないでしょう??
でも。それでも。あたしは異質で、異物だった。それはもう、どうにもなんないレベルで。
だから、高校~大学に行ってさ、ほんん・・・っっとに、楽だったの。
高校よりも大学の方が楽だったかな。うちの高校(東京学芸大学付属高校)は逆に
ハイソ過ぎて(東条英機の孫とか、田園調布の社長令嬢とか、フツーにいたからね)、
思いっきり庶民でおビンボな私には、少々居心地悪かった。
大学入ってさ、東大って庶民的でいいよねーーという話を、同じ高校出身の友達と
言いあってて、となりで土浦第一出身の子が「えぇーーっ」って言ってた。
そう、東大はとても居心地がよかったの。
中学ほどレベルが低くなく、高校ほどハイソでもなく。
今も会う友達は、男女含め(旦那ちゃん含め)東大の子が多い。
東大で得た友人ってのは、本当に得がたい、真の友というにふさわしい人が多くってね。
ありがたいなぁ、とあらためて思うわね。
そっか、それだけでも、あたし東大行った意味あったかもね。
東大入ったことを活かせてねぇなーって、しょんぼりしてる部分はまだあるんだけれども。
そうでもないのかも・・・。
まわりの人と比べて、異質で、異物である自分・・・。
これはずっと感じてると思ってたけど、結構こう見てると濃淡あるのかもしれないわ。
中学時代が最悪ね。なんであぁも、同調圧力とか強いんだろうな。
ほんの些細なことで、すぐにいじめというか、暴言や見下しや仲間はずれの対象に
なってしまう。その怖さ。それは今の中学生も変わらないのかもしれないね。
それでもさ、あたしは高校から大学・大学院にかけて、何人にも会えたんだ。
ヘンな人。宇宙人みたいな人。どこかあたしと同類のにおいのする人。
心の奥底から出てくる言葉を語っても、変人扱いしないでくれる人。
大阪で働いていた時代に、スクーリングのスタッフと保護者さん、という関係だったにも
かかわらず、サシ飲みするくらいに仲良くなった方がいてね。当時42歳だったっけ?
池田駅前でサシで飲んだときにさ、あたしみたいな変な人=自分と同類な人
と初めて会った、と言ってた。40過ぎるまで会えなかった、ってのはさ、
どんなにか辛かったろうな、と思うんだ。
あたしは、20そこそこでいっぱい会えた。ヘンな人がいっぱいいて、
あたしだけがヘンなんじゃないんだってわかって、
そんで、そういうヘンな人たちに、けっこうかわいがられる経験をした。
それはね、ほんとに、幸いだったと思うんだよ。壊れないですんだ。
修復の道に入ることが出来た。そういう、さ。有難さを、感じたんだよね。
ほんとうに、ありがたいと、思うんだよ。
その中学の子たちと同化しきれるわけもないのに。それでもやっぱり、あがいたよ。
受け入れてほしくって。そうしないと、怖くてその場にいられないでしょう??
でも。それでも。あたしは異質で、異物だった。それはもう、どうにもなんないレベルで。
だから、高校~大学に行ってさ、ほんん・・・っっとに、楽だったの。
高校よりも大学の方が楽だったかな。うちの高校(東京学芸大学付属高校)は逆に
ハイソ過ぎて(東条英機の孫とか、田園調布の社長令嬢とか、フツーにいたからね)、
思いっきり庶民でおビンボな私には、少々居心地悪かった。
大学入ってさ、東大って庶民的でいいよねーーという話を、同じ高校出身の友達と
言いあってて、となりで土浦第一出身の子が「えぇーーっ」って言ってた。
そう、東大はとても居心地がよかったの。
中学ほどレベルが低くなく、高校ほどハイソでもなく。
今も会う友達は、男女含め(旦那ちゃん含め)東大の子が多い。
東大で得た友人ってのは、本当に得がたい、真の友というにふさわしい人が多くってね。
ありがたいなぁ、とあらためて思うわね。
そっか、それだけでも、あたし東大行った意味あったかもね。
東大入ったことを活かせてねぇなーって、しょんぼりしてる部分はまだあるんだけれども。
そうでもないのかも・・・。
まわりの人と比べて、異質で、異物である自分・・・。
これはずっと感じてると思ってたけど、結構こう見てると濃淡あるのかもしれないわ。
中学時代が最悪ね。なんであぁも、同調圧力とか強いんだろうな。
ほんの些細なことで、すぐにいじめというか、暴言や見下しや仲間はずれの対象に
なってしまう。その怖さ。それは今の中学生も変わらないのかもしれないね。
それでもさ、あたしは高校から大学・大学院にかけて、何人にも会えたんだ。
ヘンな人。宇宙人みたいな人。どこかあたしと同類のにおいのする人。
心の奥底から出てくる言葉を語っても、変人扱いしないでくれる人。
大阪で働いていた時代に、スクーリングのスタッフと保護者さん、という関係だったにも
かかわらず、サシ飲みするくらいに仲良くなった方がいてね。当時42歳だったっけ?
池田駅前でサシで飲んだときにさ、あたしみたいな変な人=自分と同類な人
と初めて会った、と言ってた。40過ぎるまで会えなかった、ってのはさ、
どんなにか辛かったろうな、と思うんだ。
あたしは、20そこそこでいっぱい会えた。ヘンな人がいっぱいいて、
あたしだけがヘンなんじゃないんだってわかって、
そんで、そういうヘンな人たちに、けっこうかわいがられる経験をした。
それはね、ほんとに、幸いだったと思うんだよ。壊れないですんだ。
修復の道に入ることが出来た。そういう、さ。有難さを、感じたんだよね。
ほんとうに、ありがたいと、思うんだよ。


