大社さんを詣でたあと、ぜんざいで一息入れて、旧大社駅を愛でに行きました音譜
黒くて、思ったよりも高さがあって、立派。入って見て理解する。天井がすごく高いのね!
正面の窓口?改札?あたりのつくりはとっても素敵ラブラブ!キラキラ
予想以上に、最近まで現役として使われたことにも驚く。


そして石見銀山へ。あいかわらず、いい天気過ぎて暑い。
旦那ちゃんが前回に行った時は、世界遺産に認定されてから間もなかったみたいで、
駐車場に入るまでも渋滞してて時間かかったって言うから、けっこう警戒してたんだけど。
さすがに認定されてから10年もたつと、そこまででもないようで。

それでも、満車の駐車場もあったりと、けっこう混み合っていた。ラッキーなことに
世界遺産センターの真ん前の駐車場にようやく停められてほっとした☆
以前旦那ちゃんが来たときは、銀山の中をバスが走っていたみたいなんだけど、
今は、現地ガイドのおばさんのお話だと「遺跡の保護のために」構内への車両の立ち入りが
制限されていて、大森バス停まで路線バスで。そこからはレンタサイクルか徒歩で、
龍源寺間歩いくことになるようでした。

説明きいたあと、もうすぐに路線バスが出発。けっこう満員。。。
こりゃーレンタサイクルもやばそーなやなぁ、と思ったら案の定。
大森バス停のすぐ近くにレンタサイクルのお店があって、一応並んでは見たんだけど、
数十分待ちといわれてね・・・じゃぁいいや~~歩こう!といっててくてく歩くことに。

てかねぇ、歩くこと自体はいいんやが、とーーにかく、すんばらしいお日和でさぁぁぁ
・・・あっちーっつーのショック!あせる

かるく上り坂なところが多いので、自転車で坂を上るのが苦手なあたしにとっては、
むしろ歩きのほうがよかったかも。
あと、チャリだとさーっと通り過ぎてしまうようなところも、歩きだと
じっくり見ることができるしね。けっこうね、歴史ありそうな、お寺さんとか神社とか、
古い間歩(坑道)の跡とか、いろいろあったよ☆

あたしは日傘持ってたからまだよかったけど。旦那ちゃんは首の後ろを真っ赤にしながら、
龍源寺間歩へ。

旦那ちゃんは頭ぶつけないように慎重に、私は悠々とにひひ音譜間歩に入ります。
(こーゆーときと、飛行機の中だけは、ちびってお得♪)
ほんっと狭い坑道が、横に縦にはしっていて、こんな中を重い荷物抱えて
行き来するのって、今の感覚だとほんと信じらんない。

この時代、間歩の中の灯りとして、サザエの貝殻にあぶらを入れて、それをともして
使っていたらしい。そういう絵が飾られていた。それでかぁぁ!
いや、ここに来るまでに、サザエのゆるキャラ?は何度かお目にかかっていたのよ。
サザエかぶった可愛い子の頭からファイヤー!!みたいな(爆)

可愛いんだけどね☆なぞだったのよねぇぇぇ。なるほどね!螺灯(らとう)か。
だから、大田市のキャラクターになってるんだわ。調べたよ。「らとちゃん」ニコニコ
なかなか、イイセンスだと思う☆

翌朝~~♪ せっかく来たのだし、と松江市内を車で走りつつ見物しよう
としていたら、がっつり渋滞にはまりましたです(T_T)。
そぉですよねぇ・・・中日のこの日は、世間はウィークディ💦
普通に出勤された方も多かったことでございましょう・・・。

特に県庁周辺がすげかった!にもかかわらず、めげずに、
松江城や、宍道湖の漁の様子(きっとシジミ採りなんだろうな~~)なんかを遠目に見つつ。
塩見縄手の武家屋敷を愛でつつ、宍道湖を今日は南回りで眺めながら出雲大社へ。

あっ、ちなみに、朝ご飯は、昨晩駅前のポプラというコンビニで買ったごはん。
ポプラはこのへんではメジャーみたい。品ぞろえはそれほど
“山陰”もしくは“島根”感がなくって残念だったけど、
お弁当のコーナーがね!おかずだけ入ってて、ご飯の部分はからっぽになってて、
レジカウンターでジャーからよそってもらえるようになってんの!すげ~。
いいよね、これ。ご飯が炊きたて(少なくともあったかいの)ってのは、なごむわぁ。

で、ポプラで買った朝ごはんを、
旦那ちゃんは早起きなのでホテルで、あたしは遅起きなのでにひひ出雲に向かう車の中で食う。
もしゃもしゃ。途中でヘンな道路標識見つけた。


なんで卸団地の英訳がWhalesale Marketなんだか理解できん☆(;´・ω・)
いっしょに山陰本線の黄色い電車も写せたぜ。いぇい。

出雲大社はさすがの人出。鳥居をくぐった後、微妙に坂道になった後、また鳥居が。
そして、あちこちにウサギの像(&大国主命の像)。それ以外にもいろんなオブジェ。
独特な形状の注連縄と、昨日博物館でも見た千木という屋根飾り。

お御籤ひいた。あたし的には耳が痛い内容(爆)。

彰古館へ。宝物殿とはまた違うのか?1階は、さまざまな人が刻んで奉納した大黒様が。
一休さん(一休宗純)の刻んだ像も。十数センチかな?優しいお顔の穏やかな像でした。
2階には、明治天皇や大正天皇が奉納した品とか。
お品もすごいけど、あたし的には、凝ったつくりの箱がかわいい♪♪と萌え萌えしていた☆

第80代の出雲国造の千家尊福(たかとみ)という人の像もあった。
第80代ってのもすげーけど・・・なんと、埼玉県知事(1894~97)を
していたこともあったらしい!うはー、びっくり。

wikiさんで調べたよ。司法大臣もやったのね。
「出雲大社(おおやしろ)教」という宗教法人を立ち上げて、布教にいそしんでいたらしい。
どうもね、国家神道の成立期、「伊勢派」と「出雲派」が争ったんだって。
で、国家神道の座を「伊勢派」に奪われた「出雲派」は、独自に教化活動がしやすいように
宗教法人になっていった経緯があるっぽい・・・。神道が布教って・・・
なんか違和感感じるけど、そういうご時世だったんだよなぁ、きっと。


とにかく晴れてて暑くて、旦那ちゃんイチオシ!の
「日本ぜんざい学会一号店」なるお店で一服。・・・ぜんざい学会ってなに???

なんかね~昨日から彼は行きたがっててね~~あたし的には、
なんで出雲来てぜんざいなんだかよくわかんなかったんだけど。
まぁでも、参拝してちょっと疲れて、一息入れるにはいいか、と思って行ったら、
なんと店の前に4人も待っててびっくり。幸い、それほど待たずに店内へ。

あたしはあったかいのに、旦那ちゃんは冷やしぜんざいにした。
白玉団子が2個入ってて、普通のはしっかり甘く、冷やしの方はさっぱりってかんじ。
きゅうりの漬物とお茶がついてていい感じ。
そしてホテルへ。松江の、まじ駅前のビジネスホテル。
立体駐車場は、なんとかギリで入れることが出来た。結構混んでるみたいですね☆
ホテル自体も、安いビジネスかと覚悟してたら、そこそこ立派なエントランス。
エントランスのロゴがMATUEとなってて、TSUじゃないのはご愛敬☆
エレベーター前に軽食の自販機があったんだけど、
チャーハンらしきものに対して「チューカハン」と・・・
見た目、チャーハン以外の何物でもないんやけど・・・いや、いいけど☆(;´∀`) 

ホテルの松江市内ガイドマップを見ると、飲み屋街が駅の向こう側だったので、
松江駅を通って向こう側に。松江駅がさ・・・改札がいまだに有人であることに
少なからぬ衝撃を受ける。鉄オタを装って、旦那ちゃんに写真を撮ってもらった。
だってーー(◎_◎;)、県庁所在地やで?!自動改札じゃないなんて・・

かと思いきや、駅ビル?には、スタバやらゴディバやら、
ポップコーン専門店やらありやんの☆謎だ。

ホテルのグルメガイドを見て、当たりつけて歩き出したんだが、
1軒目「たかの屋」は満席で断念。次にいいかなと思った「旬門」へ。
ちょっと高級なイメージ?価格帯もわりと高い気が。なかなかいい雰囲気のお店。
ただ、きっといつも以上の大量の人が来ているんだろうなぁ・・・
オペレーションはイマイチ。隣の席のお客さんは、待ちくたびれて「もうお茶はいいわ」って
帰っていった。まぁ、わかんなくもない。GWにだけ、大量の客が押し寄せるんなら、
そりゃぁ、そんなんさばくスキルはないわよな・・・。

まぁ、でも、地酒の飲み比べセットは秀逸☆
「李白」「七冠馬」「不昧公(ぶまいこう)」「花かんざし」。
旦那ちゃんは「花かんざし」がお気に召したよう。ふわっと、かるくて甘い美味しいお酒。
七冠馬は、シンボリルドルフというお馬さんのことだそうな(←旦那ちゃん調べ)
フレッシュで酸味もあるかんじ。不昧公がいちばん癖があるかな。辛めで濃ゆい。
あたし的には好みの味。李白がいちばんバランスがとれてるかんじでした。

食事の方は、刺身の盛り合わせ、牛肉のお寿司(酢飯の味がキツくて
残念ながら肉の味がわからず)、地鶏ピヨ(←ピヨってなんだよ・・・って
つっこみながら食しましたが、かなりの歯ごたえ!!ピヨというほど、あまくない☆)
のグリル。そして、あたし的に一番美味しかったのが、しじみの湯豆腐!
ダシがしっかりしてて、しじみ感はあまり感じなかったけど
シジミの身がふっくらと大きくてびっくり。シジミってこんなにデカかったんだ~と。
あと、さりげに豆腐がうまかった!!刺身は(益田でもそうだったけど)
ぷりっぷりのこりこりで、いかにも活きがいいかんじ。

松江のホテルは、ソファがあったね。ツインの部屋だったんだけど、
一つのベッドがえらいでっかかった。セミダブルってやつ??
えっらい横幅のあるベッドでさ~。不思議。
まぁ、あっさり旦那ちゃんに献上致しましたが☆
このお部屋はねぇ、安くてきれいでいいんやが、とりあえずトイレの音はうるさかったッス。
一度流すとえらい長いこと水をためる音がしてる・・・あせる
この日以降は私がトイレに近い方に寝るようにしたわ。
だって夜中に行くとしたら、あたしだし。
あと、ドライヤーの出力が低いのは難といえば難かな~まぁ、いいけどね☆
空港に着いてから、レンタカー借りて、出雲大社方向にGO!
島根の道は、GWといえどもすいすいで快適☆(←ディスってないです💦
ほんと、走りやすい道路でした。さすが竹下登を輩出した土地柄・・・違うか)

道路の信号は、キホン黄色の点滅で。赤信号に引っかかるということがない。
信号そのものも少ないしさ。かるく45分はノンストップで走っていた印象だったわ。

山の中のあちこちに野生の藤の花が・・・かわいいものだね、ほんのりうす紫で。

途中、道の駅「さんぴこ江津(ごうつ)」で休憩~。
牧場のプリンと揚げ物をいくつか。はんぺんチーズフライ(コレはちょっとイマイチ)、
肉巻き炊き込みごはんのフライ、柑橘系のきいた練り物のフライ・・・
あんまり見たことないものもいっぱいあった。いっぱい試食させてもらっちゃった♪♪

ここでね、さっそくながら、板わかめ、というのを買っちゃった☆
うまそうなんだもん。軽いし! 野菜とかいろいろ安くて新鮮そうだったんだけど、
さすがに旅のしょっぱなには買えないわ(´;ω;`)

出雲大社は明日に。今日はまず、古代出雲歴史博物館へ。
入口すぐにでっかい3本の柱がガラスケースに入ってお出迎え。
すごいよね。こんなんが出土するんだもんなぁ・・・。年輪が、すごくくっきり見える。


とりあえず、通常展の部屋に行ったんだけど、そこの最初のショーケースに飾られてた
古文書のレパートリーがすごかった。
「古事記」「日本書紀」「出雲風土記」・・・って。どんだけよ(◎_◎;)

いや、知ってたけどさ、深い歴史のある土地だということは。
にしてもね~この、教科書に真っ先に出てくるような古書を3つも、バンッと見せられると、
うぉぉ~~さすがぁぁぁΣ(・ω・ノ)ノ!!ってなりますわ。

古い出雲大社の模型や出雲風土記に関する展示もすごいかったけど、
やっぱり・・・銅鐸や銅剣の数が、まじハンパない。
ずっらぁぁぁぁーーーーっと、並んでる。壮観。


しかし、なんでこんなに、整然と並んで土に埋まってたんだだろうね???
銅鐸は、こないだ根津美術館で古代中国の饕餮(とうてつ)文の銅鐸を見たけど、
あれよりはだいぶ、おとなしいというか、穏やかな文様でした。

あとはね、「本物です!」という江戸時代の海苔☆
実物があるってのもすごいし、やっぱりこのへんって海藻がおいしいんやな♪
と、さっきわかめを買ったばっかのあたしは思うわけ(´▽`*)


見たことないアヤシイ土器もあった。

埴輪と一緒に埋葬されたらしいんだけど。・・・どっから出てきた、このアイディア・・・
なんか、宇宙人をチャネリングでもしたんじゃねぇかとしか思えない、この形状!
すんげぇな~・・・てか、斬新すぎ・・・(◎_◎;)

この博物館の庭のあちこちに、そして翌日みた出雲大社にも、ウサギちゃんの像が♪
かわゆす・・・
大国主命に助けられた、ってことしか知らなかったんだけど、
大国主の縁談に協力したのね、ウサギちゃん☆
だから、縁結びの象徴として、あちこちにあるんだわ、きっと。

閉館時間ぎりぎりまで堪能して、さすがにおなかすいて、出雲そば喰らうべし!!
と思ったら、行こうと思ってた博物館のすぐ目の前の店「やしろや」は、
よゆーで時間間に合わなくて。他の店『神門(ごうど←…読めねぇ(爆))』に。

国産そばにこだわってる店らしくって、そば単体でもうまかった☆
丸いお櫃で、3段に分かれてるのも、楽しいよねぇ。
薬味はねぎと海苔ともみじおろしでした。うまうま♪♪
なんでこんなこと始めたんだろ???と思って、
wikiさんで調べたら、松江あたりの風流人の「外でもそばが食べたい!」という
要望に応えて始めたということらしい。なるほどな~~

島根ワイナリーを横目に見ながら、松江に向かう。←出雲で宿が取れなかったので
丁度、夕日が沈むとこ。宍道湖と一畑電車をチラ見しながらドライブ。
ご無沙汰でございます☆GWに3泊4日で山陰に行ってまいりました~~。

なんで山陰に行くことにしたんだっけ??
あぁ、そうか、マイルがたまっててね。期限が6月末までで、
マイル数とANAで行ける空港と、あと私が一度出雲大社行ってみたいと言ってたことetc.
により、島根&山口旅行と相成りました☆この後、すんげぇ長く書くと思うので、
ヒマでヒマでしょうがない時にでも、お読みいただければと思いまふ(´▽`*)

まずは羽田から萩石見空港へ・・・。

と、その前に~腹ごしらえ♪♪なんとなく、がっつりは食べる気はしなくって、
でも、お魚系はこれからいっぱい食べる予定だし・・・ということで、
羽田の第二ビルのフォーのお店に行くことに。店の名前忘れちゃった☆

いくつか種類あったんだけど、チキンとビーフにした。透明感のあるフォーとスープが旨い。
もやしや玉ねぎも思った以上にいっぱい入ってた。
トッピングとして、ピーナッツを砕いたものや、桜エビや、刻んだネギなんかが、
カウンターに「自由に入れてね」ってな具合に容器に入って並んでた。
フライドガーリック、青唐辛子、辛みそなんかもあったね。

スープに全体にニョクマム?をかけるという方式は、何回かフォー食べてるけど初めて。
チャーシューの代わりに、鶏と牛のお肉がのってて、どっちもそれなりに歯ごたえ
ありつつも、カタくはなくて美味かった。てか、チキンのフォーとビーフのとの違いは
そこだけだったみたい。スープに違いは感じなかった。
思ったよりボリュームあったから、6時頃の出雲そばまでおなかすかなかったわにひひ

スムーズに手続きして、さて飛行機に☆
ANAの萩石見行きって、搭乗口からバスに乗せられてけっこう遠いとこまで行ったの。
でね、滑走路、ちょっとだけ離れたとこに、尾翼にくっきり日の丸描いた飛行機があってね!
よく見たらJAPAN〈日の丸〉日本国、って機体に描いてあるーーー!!
政府専用機ってヤツよね??と興奮してもーた☆うわーー



でね、でね!機内から、富士山が見えたの~~♪♪
ちょっと頂上に雲がかかっちゃってるけど、でもすごいラッキーな気分!ラブラブ
(その前に後楽園のビッグエッグと新宿のビル群も見えた☆、が他はあんまりわからなかった)

ありゃ星島根に着く前に、一旦更新しますわ
べつに、認めてほしいわけじゃないのよ。放置でいいの。

「邪魔してこないで」

うちの大学は、ほんとに私にとっては居心地よかった。
知り合いで、五月病で大学に来れなくなっちゃった子もいるから、
全員にとっていい大学じゃぁないんだと思う。けど、あたしにとっては、よかったの。

だいたいさー、大学だと、とってる講義バラバラだから、
一人でごはん食べてても、空き教室で本読んでても、全然平気だし。

うち、ロシア語クラス13人(男9、女4)しかいなかったのに、
ロシア語なんて選択するやつは、やっぱりヘンなのが多いらしく、
協調性とか、ほぼほぼ皆無で。

たった13人なのに、えっらいまとまり悪かった
(そのくせ、卒業前後の一時、超仲良くなって、徹夜で飲んだり
箱根まで旅行に行ったりしてた・・・謎だ)。
気楽だったけどね。下手につるむことを強要されないから☆

またイヤーなかんじになりだしたのは、おそらく就職の二文字が
視野に入ってきた頃からよねぇ・・・。

あたし、本ッ当に、やりたい仕事なくて。

ぶ厚い、職種ごとの企業カタログ見てても、まぁーーーったくピンとこないの。
まるで私と関係ない世界のものとしか思えない。
ま、ちょうど拓銀だ山一だつぶれて景気悪かったし。父親の許しも出たし、
院に行ったんだけど。Dになっても、D論書ける気しないし、
就職ったって大学生相手に講義することにもまったく興味がもてなくて。
いろいろ悩んだ挙句に、鬱にまでなった。

大学院も博士課程まで行って、「ぷー」やって、カナダに語学留学して、
なんだかんだであたしが初めて働いたのが、大阪の不登校対応のNPOでした。
2年半にも満たない時間だったけれど、
あたしのベースが築かれた、くらいに思っているから、最初の就職先って重要ね。

苦しかったけどね。なんか、いろんなことが。
自分のやるべき仕事じゃないような気もずっとしていたし。
心身しんどい子が多かったから、
シンクロして、あたしまで苦しくなってしまうこともよくあった。
身を護る術とかもまったくわからないまま飛びこんだ。それでよかったとは思うけど。

そう、私、社会とうまくやれない人だったの。
だから、私と同じような子のために、何かしたいと思ったのよ。
いや、マジな話。
飲み会断れないからって、イヤイヤ来てる人と飲んでもつまんなくね???
こなくていーよ。うぜぇから。

それがあたしにとっての自然なんだけど。あたしの感性って
やっぱり、けっこう異端なのかなぁぁぁ??

一般企業に就職しなくてよかった。

そもそも就活時点でドロップアウトしたんやけど(爆)、
仮に、なんとか就職できたとしても、あたしきっと、てか絶対、適応できんかったわ。
生きていけなかったと思う。そういう日本文化、日本企業文化の中だったら…(;´Д`)

気持ち悪ッッ、・・・と思ってしまうもん。


そーか、日本社会の(おそらくは一般的な組織における)人間関係の在り方が、
超苦手なんだ。学校の問題じゃないんだな、としみじみ思うわね。
学校に特有の、クソみたいなルールとかも、まだまだいっぱいあるけどさ。

埼玉県北部のしょぼい公立中学校時代には、人生最大級に
人間関係に苦労した私なんですけれども、
高校時代はね、これが、格ッ段にマシだったのよ。てか、超楽しかった。

学芸大附属高校に入ってからは、とーってもラクだった。東大も。
うん、東大が一番居心地よかった。わりとほのぼの、のんびりで。

ヘンな人も多かったから、その分ヘンなことしても放っといてもらえるの。
“なまあたたかい目で見守る”かんじ?
それでも、狭い価値観の「べきべき」押し付けられるよりはよっぽどマシだもの。

思うに、東大の人って、全員じゃないにしろ、東大に入るまでの人生で、
けっこう変人扱いされて傷ついてきたんじゃないかなー。
だから、他のヘンな人見ても、許容してくれがちなんじゃないかなーーー。

そう、“認めてほしい”わけじゃないの。
放置で十分。
でも、他人に迷惑かけない限り、あたしがしたいことするスペースをちょうだい。
そういう気分。邪魔してこないで。
そう、私、自分の中学が大キライだったから、変えたくて、
学校改革とか不登校について、それを政策や制度の面から研究してたんだけど、
今気づいたわ。私、本当にイヤだったのは、あの中学の生徒たちだったんだ。
だったら、教育改革とかでなんとかなるもんじゃあないわよねぇ。
どっちかってと、わりとよくある人間関係そのものが、あたし苦手であったわけでさ?
しくったな~☆

そう、こないだ、日本の会社の人間関係のこと、とあるお茶会に参加したときに、
そこに来てた40代の女の人と話をしてね。。。正直、吐き気がしたんですわ。

なんかね、体調悪いのに、けっこう無理して社員の人たちと旅行に行こうとしてたんだって。
広島だったかな。で、いろんなアクシデントが続いて行かなくてすんで
「これって宇宙の采配だわ♪♪」みたいなこと言ってたんだけど。
・・・てか、そもそも行かなきゃいいんじゃね??行きたくないんならさ・・・ガーン

そもそもさ。行かなきゃいけないものなのそれ??という疑問が。
明確な社員旅行というわけじゃないんだけども、
やっぱり行かないわけにはいかないんだって。

「いっしょにしごとしてるんだから」・・・って。

あたし、理解できなかったのよね~~~
なんで、一緒に、チーム組んで仕事してるからっつって、貴重な休日を費やして、
ほんとうは行きたいんだかなんなんだかわかんない旅行に、それも飛行機使って
何泊もかかる旅行に、行かなきゃなんないんだ?!

多少の体調の悪さじゃ、行かない免罪符にはならないような雰囲気で。
ただの飲み会でもね、熱が出て立てなくなって、「ごめんね~こんな状態で」って
電話して、それで欠席したんだってさ。

ばっかじゃね??ってのが正直なところ。
そこまでじゃないと、たかが飲み会ごときでも、欠席できないんだ?!
信じらんなかったんだよな~。まぁ、企業文化にもよるんだろうけども。
そんななの?!日本企業・・・叫び

あたしは、飲み会、好きだからさ。
逆にね、来たくなかった奴と、いっしょに飲んでても楽しくないから、
ハッキリ言って、来ないでほしい。

うぜぇから、来んな。 以上。

でも、この世の大半は、もしかしたら、そうはまわってないらしい。。。
ブレザーの制服の内側に、白シャツ着ようが白ブラウス着ようが
当時のあたしには、心底どーでもよかった。
多少、襟のかたちが変わろうが、さして違いがないように思っていたけれど。
そうでもなかった子もいっぱいいたのよね。「せめて少しでも可愛く・・・」、って??

なんつーか、今になって思うとさ、そういう微差にこだわるお年頃よねぇ、中学生って
・・・大人として塾で働きながら、今の中学生たちを見ててもそう思ったわ。

正直さ、大人の目から見ると、ほんと、そんなんどーでもいいことなのになー、って。
スカートの丈とか、靴下のチョイスとか、
カバンをぺったんこにつぶして持ってないヤツださいとか
・・・だから所詮、どっちもだせえって!!

ま、とはいえ私も、教科書の類をすべて教室において帰る人だったので
(いわゆる置き勉というやつ)、カバンはほとんどからっぽだったから、
まぁ、これについては長いものに巻かれて?わりとぺたんとつぶして持っていました。
だって、30分も歩くのに、重いのイヤじゃんか。

革の黒いカバン。ヒモで縛ってから熱湯につけるとペタッとつぶれたまま固まるよ~、と
教えてもらった。けど、そこまではしなかった。だってわりとどーでもいーし。
あたし基本ものぐさなの。
かれら、そーゆーとこにはすげぇ熱意で手間ヒマかけるよな(;´・ω・)


・・・おぉぉ、ぐわーーーっと書いたわね。けっこうな量だと思うわよ、コレ。
あたし、意外に本当にムカついていたのかも。
恐怖に押しつぶされて、怒りが出てこれなかっただけで。

そう、私、自分の中学が大キライだったから、変えたくて、学校改革とか
不登校について、それを政策や制度の面から研究してたんだけど、今気づいたわ。
私、本当にイヤだったのは、あの中学の生徒たちだったんだ。
だったら、教育改革で法制度とかいじっても、なんとかなるもんじゃあないわよねぇ。
しくったな~☆

まぁ、不登校の現場の体験は、有意義だったけど。
不登校の子もやっぱり、友人関係でえっらい苦労するのが常だから。
同級生も怖かったけど、先輩は先輩で怖かった叫び

入学式終わって、校門出たとこで声かけられてさ、
「あんたんとこのクラスの子、髪のゴムオレンジの奴いたから注意しといて~」
・・・だって(;´Д`)

怖かったよ~~あたし自身がなんか難癖つけられたかと思ったよ~。
だいたい、なんでそんな新入生のヘアゴムの色とか気にしてんだよー意味わかんねぇ。

てか、くっだんねぇ。

そう、すごーく「くっだんねぇ」と思えてしまうことが多かった。
例えばね、制服。ブレザーだったんだけど、
内側に白いシャツかブラウスを着ることになってたの。校則としては、それだけ。
なんだけど・・・先輩後輩関係のなかで不文律があってね。

1年生はシャツのみ。ブラウスを着てはいけない。
2年の後半くらいから、ちょっと生意気な子とか3年生と仲いい子とか、
“イケてる”子とかがブラウスを着だす。
3年になると、ブラウス解禁なので大半の子がブラウスを着る・・・んだけどさぁ。

別に、ブラウスだって、正直なところ、たいして可愛くはないわけよ。
シャツのように襟が立ってなくて、先が少し丸くなってるだけのもので。
はっきりいって、どっちにしろダサい代物で。

「ばっかじゃね?」と思った私は、3年間ずっとシャツですごしましたとさ☆
これが、ブラウスがもう少しオシャレだったら考えたかもしんないんだけどもね・・・。

ばーか、って思ってたよね内心ね。
どっちも大してかわいくねーよ。さえねぇ田舎の中学の制服に変わりないだろが、って。
見下していたかもしんない。やーね田舎者って、的に・・・。
いじめたくなるわよねぇ~そんなヤツ☆
県南(←この言い方、あたし県北部に行って初めて知った。
すいませんね、埼玉県南部の人間は、大宮以北はほぼ「ないものにひとしい」のよ)
の都市部から引っ越してきて、ちょっとっくらい頭いいからってさー(爆)