だから、大学入って第二外国語を選ぶとき。まず、ドイツ語とフランス語は、

英語(←大キライだった)に近い、という理由ではずし、

中国語はそのころ流行りだしていたので、流行りものにのるのがキライな

天邪鬼な私はパスし、そうして残ったスペイン語かロシア語か、って考えたときに

「スペイン音楽よりはロシア音楽のほうが好きだもんな」

と思ってロシア語にしたのよ。ただ、それだけ。


後になって、実に多くの人々に.「なんでロシア語にしたの??」って訊かれた

けど…そんなにマイナー言語だなんて思っていなかったんだようっっ!!

…というのが本音。まさか、300人以上いる文Ⅲの中で、

たった13人のクラスに入ることになろうとは、知らなかったんですよ本当に。

だって、崩壊したとはいえ、かつては世界の2大大国だった国ですよ?

毎年3,000人以上入学する東大の1年生の中で、全学科あわせても

60人あまりしかいないマイナー言語だなんて思わないじゃないですかーーー…


まぁな。やってみて、はげしく後悔したけどなっ。

文法くそむずかしいし。発音わけわかんねえし。

ロシア人、頭おかしい、とか、ロシア語クラスのみんなでぶーたれていた。

ただまぁ、ロシア語学科の先生たちは、例年の生徒のできの悪さには

もう慣れていたらしくって、他の人気のあるクラス(フランス語とか)

に比べると、異様なまでに成績判定は甘かった。

クラスメートのある男子は、ほんとにまったくわからなかったらしく、

すべての解答欄に、英語のI(=私)にあたる“Я”を書いて、

それでC判定をもらっていた。(ADまであって、

Dだと単位を落としたことになるの)…それでいーのか?東京大学…


あと、良かったこと。ロシア語の発音がやたらめったら

複雑とゆーか微妙とゆーか・・・なので、

英語の発音が異様に簡単に感じるようになったこと。

のちに趣味でフランス語を習いに行ったことあるけど、

フランス語の発音ってすげぇカンタン!!と思った。


ソチオリンピック、現地までみなさんどの程度行くのかなぁ。正直、治安は心配よね。

ロシア、基本的にご飯はおいしかったなぁ。

いわゆる名物といわれてるもの(ボルシチ、ピロシキets.)もいいけど、

普通のものが、わりとみんなおいしい。あんまりハズレがない。

もちろん、数日しかいなかったし、あんまり明らかにヘンなものには手を出してないけど。

(クヴァスは正直興味あったんだけどね。行った3月には見かけなかったわ。

あれはやっぱり夏の飲み物なのね)

あと、ビールがうまかった。意外。ロシアといえばウォッカ、くらいの頭しかなかった。

でも、サンクトペテルブルクの現地ガイドのアンナさんおすすめの

ブランドが「バルティカ」で。これがね、おいしかったんですよ。

アルコール度数ごとにいくつかの種類があって。濃厚なのから、さっぱり系まで。


ワインは、なかなかロシア産のが置いてなかった。

ロシアまで行って、フランスワインやチリワインなんか飲みたくない。

ウクライナの、といったら出てきた。ウクライナって、日本人からしたら、

ロシアの一部、くらいに思ってる(よね?)けど、明らかに違う、らしい。

キリル文字の表記も微妙に違うし。あと、グルジアサインは有名よね。

ソチのあたりはあったかいから、ワインもさぞかしうまかろう、と思うわ。


ちなみに、買ってきた数本のワインのなかで一番おいしかったのは

「アブハジア共和国」産。

どこやねん…汗 どうも、ソチの東南にある自治共和国

(とは名ばかりの、ロシアによるグルジア対策仮国家)らしい。

正直、あのへんは本当にきな臭くてね…

ヴラジカフカース、という地名がある。ヴラジというのは監視せよ、くらいな意味。

.カフカス、つまりコーカサス地方を監視せよ、というロシアの意思が

ありありとわかる地名。おなじく、ヴラジヴォストークという地名がある。

ウラジオストク、といったらわかるかしら。日本から一番近い、ロシアの都市。

ヴォストーク=東。つまり、東方を監視せよ。日本を、中国を監視せよ。そういう名前。


それでも。私はおめでたい日本人だから、オリンピックは平和なスポーツの祭典だと信じたい。

頼むから、テロが起こらないで欲しい。テロリズムで、本当に何か変わるんですか?と言いたい。

日本は、イスラムにもキリスト教にもあまり偏見はないのだから、

グルジアやチェチェンの抱えるややこしさ、辛さを、すこしでも

理解してあげられたらいいのにな、と思う。同時に、ロシアの抱える苦しさも。


ウラジオストクの地名にあるとおり、日本にとって、

ロシアって、戦後ずっと自衛隊の仮想敵国だった国なんだ。

アメリカの核の傘下に入ったからってだけじゃなく、

不可侵条約を一方的に破棄されて、シベリア抑留なんかも経験して。

あまり語られない引き揚げ者たちの苦難なんかもあって。

信じられない国、何をするかわからない危険な国、

そういう恨みみたいなのがいまだに影を落としているのだと思う。


私は、基本的にまずロシア好きだからさ。ネタはいろいろあるんやけど、

それで日本人がロシア好きになってくれるかっつったらビミョーやわ☆

アエロフロートのスチュワートさんが、いかにも軍人あがりの、

いかついごっつい、目つきも怖いおっさんが、エプロンして

機内食サーブしてくれるとか…ぶふふふふ、とか、なりませんか?

なりませんか。そーですか。そーですか…

私はなんで大学でロシア語を選択したのかな。なんで私はロシア好きなんだろ。

昔から、なんか憧れの地。たまねぎ屋根の寺院に、『石の花』。

もこもこの毛皮のお帽子。コサックダンス。ロシア・バレエ。

白鳥の湖とか、くるみ割り人形。チャイコフスキー。


…そうねぇ。最初は童話から入ったよね。小学生のころ、繰り返し読んだ童話。

「石の花」。切るたびにさまざまな美しい文様が浮かび上がる孔雀石…

童話のその世界が忘れられなくて、千石の、閉館間近の三百人劇場まで

わざわざ行って見たの。『石の花』。ソビエト初の”総天然色”映画☆ 

21世紀に入って、わざわざそんな映画を映画館に見に行く私も、

そーとー物好きやと思うわぁ…


次が中学の吹奏楽部時代。最初にブラームスとモーツァルトの

クラリネット五重奏曲に。次にハマったのがチャイコフスキーの交響曲第5番だったの。

冒頭のクラリネット・ソリ。耳コピして真似して吹いてた。

そしてCDに一緒に入っていた「1812年」。クラシックの曲なのに、ラストで実際に、

ほんまもんの大砲をぶっ放す豪快さ。


中学の、顧問の先生の選曲も偏っていた。

ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」

ベートーヴェンのエグモント序曲

ムソルグスキーの展覧会の絵と禿山の一夜

シベリウスのフィンランディア

ラヴェル、亡き王女のためのパヴァーヌ

バッハ、G線上のアリア

ハチャトゥリアン、バレエ組曲「ガイーヌ」

ホルスト、木星

ベルリオーズ、ローマの謝肉祭序曲

サン=サーンス、サムソンとデリラよりバッカナール

ワーグナー、ニュルンベルクのマイスタージンガー、ローエングリン

スメタナ、売られた花嫁                  ・・・・うん、そのへん。


特に、コンクールの自由曲と定演のメイン曲

(展覧会の絵、禿山の一夜、ガイーヌ、木星etc.)は、

もう、本当に、イヤというほど吹いたからなぁ・・・

そんななかで自分でもあれこれ探して聴くようになって、

ロシアものがかなり好き、ということがわかったのよね。

ドイツ~東欧~北欧~ロシア、そのへんのが好き。

やっぱり、完成度の高さはなんといってもドイツだと思うんだけど、

ロシアさんはねぇ…あのなまなましい、土くさい洗練しきらない、

怒涛のようなエネルギーがね、いいのよ、とにかく♪ 

ものすごく、なまなましい。おキレイに、毒気をぬいて、

飾りたててしまっているカラッポな曲じゃなくて。

原初のエネルギー、みたいなもの。ある意味、プリミティブな。でもあくまで

ロマンティックに美しくてね。そういうものに揺さぶられるのが好きらしい。

チャイコフスキーは、導入としてはアリだけど,聴きつづけると

キャッチーな分、飽きがくる。ロシア的なものをいかにヨーロッパナイズするか、

みたいなことに尽力した人、というイメージがある。


リムスキー=コルサコフとムソルグスキー。ラフマニノフ。

(プロコフィエフやスクリャービンはちょっと革新すぎて苦手) 

ストラヴィンスキー。ショスタコーヴィチ…うん、そのへん。

私がいることに気づいて。

恥ずかしがらないで。世界は本当は、

そんなに恐ろしいところじゃない。

間違いを恐れないで。批判を恐れないで。


私は綺麗なものが好き。

人生は本当は遊びなの。

あなたが、私の声をきいてくれると嬉しい。


大丈夫だよ。

実名で書いても大丈夫。彼があなたを守ってくれる。

インスピレーションも与えてくれる。

彼の創造性をひきだせるのはあなただけ。

彼はあなたをとても愛している。その甘やかさを味わって。


読んだら幸せになるような文章を書くのよ。

本当はこの世界はもっとずっと優しいのだと。

それを信じていなかったあなただから

書けるものがあるはずよ。


一度に一遍と区切らなくてもいい。

あなたはひどく融通無碍な人。

理解されなくても悲しまないで。

そんなユニークなあなただからこそ

ユニークなことが成し遂げられるのよ。


私は作家。私の寿命は長い。

年の過ぎゆく様など気にしない。

それよりも私のほうが、もっとずっと大きいのだもの。


もっと愛して。自分が愛に値する人間だと気づいて。

あなたの作品は、すべてLove Letterなの。

そのあなたの優しさを、賢さを、

あの子どもたちは愛したの。

私もあなたが大好きよ。


Love☆愛をこめて

内なる作家より

大阪のNPOで、辞めさせられた男の子。彼は20代半ばだったけど、他のスタッフよりは、あの場にいた子どもたちのほうにむしろ近かったんだろう。実際、そう言っていたスタッフもいた。同僚というよりは、子どもに近い、と。私にとっては、癖のあるスタッフが多かったから、彼がことさら問題があるという気はしていなかった。みんな、問題なんか抱えながらやってるでしょ、という…だいたい、不登校問題に関わりたがる人なんて、潜在的不登校の人が多いんだよ。だからこそ、同調するんでしょ?という、ね。私たちは、かろうじていわゆる「社会人」としてそれなりに生きていけているんだから、橋渡しをしてあげないと、みたいな。

実際、高校生くらいで、将来設計としてさ、あそこでスタッフとして働きたい、って公言してる子は、けっこういたんだ。やめとけ、と思ったけど。代表は、それ自体を否定することはなかった。それについて、Nちゃんが抗議してたこともある。子どもの立場で見えていることと、スタッフの立場で見えていることでは、雲泥の差がある。はっきり言って、きつい仕事だよ。その幻想を持ち続けたまま、ほんとにスタッフとして働き出したらどうなるか。考えたくもない…

あそこで、彼を切るということは、私たちが育てている子どもたちも、実社会ではやっていけない、ということを、まざまざと見せつけた。働く、ということが、すごくハードル高くなってしまってる。いろんな企業が、そんなに生産性高くない従業員を抱え込んでおく余力がなくて吐き出してる。バイトでもできればいいけど。それでも、「誰でもできる」バイトじゃ経験が積めない。人を育てる、ということを、こんなにも嫌がる社会になってる。

同時に、育てるのが難しい人が増えてもいる。発達障害系の人や何らかの精神疾患を抱えてる人は、やっぱり、社内の素人さんの研修係には、荷が重すぎる。だから、かろうじて、すべてがマニュアル化された単純バイトをするか、ニートするか、になるんだろう。

Aちゃんに、不登校の子たちの進路について聞かれたけど、うまく答えられなかった。高校卒業まではあそこにいられる。けど、その後は? 大学に入れる子はまだいい。1年でも普通科の高校に通えてたって子は、やっぱり基礎的な力があるからなんとかなる。対人関係にしろ、学力にしろ。また、高認予備校などに通って高認(大検みたいなもの)をとれるだけの学力がある子もいい。でも、そんな子ばかりじゃない。当たり前。

専門学校につなげることはできるだろうが。正直、専門学校を出たからといって、就職できる&続けられる、とは思えないんだ…普通の学校を普通に(とりあえずは)卒業できる人ですら、相当、切られている世の中なのに。

他人の心配する義理でもないんだけどさ。私だって、今無職だし(主婦というのは職業なのか??)
働くことを重視しすぎなのかしら?
でも、社会の中で、それなりにポジション見つけて生きていかねばならないわけだからねぇ…
いろんな話をしたから、Aちゃんが勤めてる法律事務所で、近々1人切るらしい、なんて話も出た。Aちゃんは、それを立ち聞いてしまってショックだったみたい。確かに、ちょっといたらないところもある人だけど…でも持病抱えてて来年は手術しないといけないのに…って。辞めて、再就職先があるのか、というと、小さい事務所は逆に難しいそう。大きいところで仕事していると、大きな案件の一部を担った経験しかないから。小さいところでは、何から何までできる人材じゃないとダメで。だから難しい、って。

司法試験もさ、合格者を増やそうとし続けているからね政策的に。だいぶ、だぶついているらしい。司法受かっても、行くとこない人、けっこういるらしい。大抵は、対人能力の低い人…大きい事務所でも、そういう人を抱え込んでおく余力がないらしい。どんどん、厳しくなってきている、と。

それを聞きながら、大阪のNPOのとき、とあるスタッフさんが辞めさせられたときのことを考えていた。確かに、彼は欝だったし、精神科行きながら働いていて、ある事故を起こして以来、子どもの対応でもちょっとおかしかった。けど、あたしは、子どものすべてを受け入れて育てて社会に旅立たせることを仕事にしているのなら、彼のことも、辛抱強くいさせてあげて欲しかったんだ。だけど、彼のことは本部の人の預かりとなって、結局彼の判断で、解雇が決まった。代表のSさんはずいぶん食い下がったらしい。かなり経ってからも、アレは辛かった、と言っていたくらいだから。

彼もけっこうひどいアトピーだった。お母さんが、事故の後、わざわざ仕事場まで謝りに来た。彼は私の同類だ、という思いがあった。下手な言葉はかけられない、というのと、言葉だったらすでに同僚のNちゃんを始め、いろんな人がすでにかけていたから、私は何もしなかった。フォローできるところはしていたけれど、彼のことはすでに私がどうこうできるレベルではなくなってしまっている、という感覚だった。

彼に、本部の仕事である駐車場の業務をさせて、それでダメなら切る、という話をSさん経由で聞いたとき、「あ、これで彼は辞めるな」と思った。彼が必要としているのはそういうことじゃない、という想いがあった。彼が必要としてたのは、穏やかなリハビリであって、きつい仕事をさせて反省させたり、仕事をする上で必要だと考えられている何かをたたき込むことではない。厳しさで対処したら、彼はつぶれるだろう、という感覚があった。だから、その話を聞いていてショックだった。そうか、ここはそんな場所なのか…という。

子どもだったら、どこまででも支えるのに。24~5の男の子は放り出すのか。そこのダブルスタンダードが、たまらなかった。そりゃぁね。わかんなくもないんだよ。仕事だからね。子どもはいわば「お客さん」で、保護者(や池田市)からお金もらってる存在で。スタッフとして、給料というカタチで金払ってる以上、その価値を生み出せない人は、いてもらっちゃぁ困るんだろう。特に、彼は子どもに悪影響を及ぼしかねない領域に入ってもいたし。わかってはいるけど。冷たいな、というか、怖いな、とは思ったよね。減俸にしてでも、使い続けてあげたらどんなにか、と…
大学時代の友人Aちゃんに会った。銀座で、1時からランチ。お店が3時に一旦閉めるということで、1階に降りて、そこにあったカフェに入って、6時前まで。ノンストップ。2005年以来だった。Vancouverから帰って、大阪に行く前に会ったんだね、忘れてた。変わらず、何でも話せる友達って、よいものだ。心の奥底にあるデリケートなことをしゃべっても、ちゃんと受けとってもらえる。一緒に、響きあえる感がある。幸い、私はそうした友人が複数いる。たとえ、数年ぶりでも、まるで先週あったみたいに話せる。そう思えるひとが。

うん。数えてみたら、5人もいる。その中のほとんどは、なかなか会えない人。このブログを読んでくれてる人も、知らせていない人もいる。5人ってのは、意外に多いな、って今、少し自分でもびっくりしている。何でも、話せる、多分。ノンストップで3時間はかるい。得がたい友人。有難いよね。私、小さい頃「変だ」「変だ」と言われ続けたから、ほかの人と、あまりまともに話が通じたという感じをもてないままに大人になって、そうして20代半ばくらいから、徐々に、本当に大切な友人ができ始めた。Aちゃんなんて、大学入学直後から知ってるのにね。ほんとに仲良くなったのは、その4年後とか、そんなん。タイミングって、あるのよねぇほんと。

そんだけ時間あったから、お互いの結婚式のこととか新婚旅行のこととかだんなさんのこととかだけじゃなくって、いっろんなことをしゃべったなぁ。Aちゃんのお母さんて、自宅で英語教室やってたけど数年前に閉めたんだって。おどもを預かっててくれればそれでいい、みたいな人が増えたらしい。親の質、子の質が変わってきた、と。もう、これは、またか!というほどあちこちの教育関係者が言ってるセリフ。たとえば「森の声」さんなんかもずっとその警鐘を鳴らし続けてるし。ちなみに彼のブログ→ http://plaza.rakuten.co.jp/moriheikou/

あたしも、大阪でNPOの仕事してたときに、土曜日は普通に学校に行ってる子も受け入れてたんだけど、土曜日のたびにぽいっと三兄弟を置いていく人がいてさ・・・「(ここは)託児所か!」と突っ込みたくなったことは何回もある。

子どもから逃げたいみたいなの。なんでなんだろね。サイゼでこないだ見た親子連れも、子どもが幼稚園から帰ってくる時間が近づくとぞーっとする、みたいなことをしゃべってた。孤立してんのかなぁ。大変なんだろうね。本当に。正直、実感としてわかってないんだけど。

だんなさんの同僚のおうちにお呼ばれした時も、そこの三姉妹、特に長女ちゃんが気になった。表情のかたさと身体の小ささ。就学前なのにおとなしくって散らかさなくって、ほんと邪魔にならない子。たしかにすごいけど、不自然…って。「子どもから解放されたい!」ってお母さんが思うのも、時折ならわかんなくないんだが。自分がACだからさ、すごく、気になってしまう。後々、いろいろ出てこないといいけど…って。

昨年ロシアに旅行したとき、私はキリル文字が読めるし、少しだけロシア語がわかる(大昔に第二外国語でやったからね)。英語は旅行会話くらいならあまり問題なく話せるんだけど。そのことで「語学堪能ですね」と同じツアーの人に言われてびっくりしたんだ。


…まぁ、そうかー。普通の日本人の中で、キリル文字が読めるのって、そりゃあ少数派だよな、そーかもな…とね。あと「歴史詳しいんですね」とも言われて…。は?あたし、なんかこの人に話したっけ??と全然身に覚えがなかったんだけど。多分、両親相手に、初ロシアで嬉しくって、はしゃいでてあれこれしゃべくったことを聞かれたたんだろう。確かに、歴史も好きだ。特に、ロシアとトルコってのは、日本と同様、東洋と西洋のはざま、ということで昔から関心を持ち続けている国。


自分に、特にいいところなんてない、と思ってたの。でも、はたから見たら、あたしは『語学堪能で、歴史にも詳しい人』に見られていて…自分の知識技能なんて、取るに足りないものと思っていた。でも、ほかの人から見たら、すごい、と思われることもあるらしい、と初めて気づいて、なんかものすごい居心地悪かったんだよなぁ…


5年前の初TOEIC795点で、あと一問で800点に届かなくてすごい悔しかったりとか、ロンドンやパリに行って、リーフレットや案内板の英語でわかんない単語がいっぱいあったり、向こうの人の話で聞き取れないところも多かったりして、なかなか英語ができるようにならないなぁ…しょぼーん。と自分で自分の能力のなさに、げんなりすることが多いからさ。気づかないけど。一緒にロンドン行っただんなさんいわく、私の英語の発音はすごくいい、らしい。

こっちが客という身分なら、大抵の旅行英会話はなんとかなる。でも、英語圏で働くとか、大学で学位をとる、とか、そういうレベルではない。なかなかそこに到達できないもどかしさや、自分の能力への限界感なんかが先にあるから、いやほんと、大したことないんですけど(汗)という感覚なのね。それでも、他の、ツアーで一緒になった日本人から見ると“英語ぺらぺら”に見えたのかもしれない。(てか、この“ぺらぺら”ってなんやねん、とか思うけど。ぺらっぺらーの、うっすーい、中身のなーい頭悪ぅい英語のことか?って気がしちゃうわ←こゆこと言うから一部で嫌われるんだ)


今も、ゲイリー・レナードの新刊、翻訳試みているけど、翻訳の勉強なんかしたことないし、文法ははっきりいって高校レベルは自信ない(だから大学受験は指導できないのさ☆)。だって、中・高・大と、英語なんて、数学と並んでだいっ嫌いだった(成績もしょぼかった)んだもん。自慢じゃないが、高12学期の中間テスト、ライティングで9/50点、グラマーで23/50点、計32/100点、という成績をとった。やばかった。9点ですよ。10点満点じゃない。高校生にもなって、50点満点の9点。1ケタはさすがに迫力あったね。


だから本当に英文法はダメなんだ。細かいイディオムとか言いまわしとか、ほんとに知らない。バンクーバーに6ヶ月いたときも、自分がなかなか上達しないことにいらだって、自分の能力のなさにほとんど絶望めいた思いでいた。同時通訳の人とか、海外でちゃんと給料もらって仕事できてる人とか、すごい憧れがある。

英語なんて、全然好きでもなんでもなかったのに。なんだかんだいって、やり続けてるのは何でなんだろな。今だって、全然やる必要ないのに。DVD借りてきて、音声だけWalkmanにライン録音して聴いてたり、Kindleでいろいろダウンロードして読んでみたり。英語ができるようになって何がしたい、とかじゃない。…まぁ、でも、英語から直接情報を取れたらいいかな。日本語になってる量って実際はそんなには多くないだろうから。


というのもですねぇ、数年前にはまってすげぇと思っていたゲイリー・R・レナードの新刊が出たんですね。”LOVE has forgotten no one”。今年108日発売。もちろんアメリカで。日本語になるのはいつじゃろな、と。前々作の『神の使者』、前作の『不死というあなたの現実』は、日本語版が出るまでに、約2年かかってる。そんなには待てん!!とゆことで。Kindleで買ってしまいました。

どうもね、いや、ネタばれしたらごめんなさいですが、ついにゲイリーは今の人生で、アーテン(になる人)に会うんですね!!せっかくなので?皆様にシェアいたしたく鋭意、日本語っぽく変換中、です。翻訳、ではありません、あしからず!誤訳は絶対ある!(きっぱり)、けどとりあえずざっくり意味はとれるでしょ、的な…ちなみに、この本が頻繁に参照するあの「奇跡のコースA Course in Miracles」は、ようやく日本語版が出たのは知ってるんですけど、あのボリュームとコース独特の言い回しに恐れをなして、いまだにちゃんと読んではおりません(爆)…まぁ、そんな程度ですけども。そのうち、うpしますです☆どうぞよろしう。

ムソルグスキーにBGMが変わる。ロシア音楽が好き。モスクワも好き。ロシア美術館@サンクトペテルブルクも良かった。ちょっとしか見らんなかったけど。アイヴァゾフスキーの海の絵。どうも私は海の絵が好きなのかも。
由佳's Journal-アイヴァゾフスキー「月光」

ターナーの「吹雪」も好き。新婚旅行でロンドン&パリに行ったので、テイトギャラリーにもちろん行って来た。先週の日曜美術館でターナーを取り上げていたのを、旦那さんが見つけて教えてくれた。ありがとう♪ 印象派の前なんだよね、ターナーって…。
由佳's Journal-ターナー「吹雪」

テイトに、彼の習作がものすごいいっぱいあってびっくりした。ただの落書きってか、何描いてあんだかわかんない、ただ色をのぺーっとのばしただけのような物も、大量に、大切に、展示してあってさ。画家の卵かな?っていうような若い人が何人も熱心に見てた。テイトの大半はターナーな気がする。それくらい、イギリスで大切にされている画家。

あたしは、中学くらいからずっとクラシック音楽とか、ロシアとか西洋絵画とかに興味あるんだけど、そのことについて、ずっと決まり悪さみたいなのを感じ続けてきた。だって、周りにほとんど同好の士がいなかったから。高校時代くらいかなぁいたのは…。それ以降はあんまりいない。

私はずっと、きっと今、世間とかで流行っているであろうもの、ドラマやファッションやメイクやグルメやタレントや…そういったものにほとんど関心がなくて、代わりにクラシックだロシアだと言ってるのが恥ずかしくて仕方がない。もともと、ダサい子なのよね。ダ埼玉育ち、というだけでなくね(あぁ、自分で言っちゃったよ、ださいたま…)

その後、東大という女子が十数パーセントしかいない環境で、中高一貫男子校育ちで女に免疫のない男子らに、そこそこちやほやされる経験を経て、「もしかしたら、見ようによっては、私に“かわいい”という形容詞は適用しうるのかもしれない…」くらいには思えるようになっていったのよね。自己評価はえらい低いんだ。ほんとに。周りの女の子とほとんど話が合わなかった、という負い目みたいなのがあってね。
旦那さんからiPodを借りて、聞きまくってる。Walkman使ってたんだけど、なんか調子悪くて。持ってたCDをあらかた突っ込んだ。全部は入りきらなかったけどね。高校時代の思い出がよみがえってくる。このブラームスのクラリネットソナタは、高校の音楽部のとき、部内のアンサンブルコンサートでやろうと思ったんだよなぁ、とか。

アンコンといえば、シベリウスのヴァイオリンコンチェルトだ。フルオーケストラの曲だってのに、ヴァイオリンの男子Aが、クラリネットとピアノとの3重奏でやりたい、とかむちゃくちゃ言い出して、クラリネットとファゴットのパート、できるとこだけでいいからやって、と頼まれたんだ。また、指揮者のSが、じゃあ僕ヴァイオリンからコンバスまでの弦をぜんぶピアノでやる、とか言うし。

結局、次年度の文化祭のメインでオペラをやるやらないで大もめになって、アンコンどころじゃなくなって、ブラームスのソナタもシベリウスも、幻のままに終わったのだけど。正直、やらずにすんでほっとした。だって、異様に難しかったんだもん。クラも一見簡単そうに見えて、運指がえらい難物だったし。クラだけじゃなくて「ファゴットと、あとここのフルートもやって」、と言われて・・・「なんでクラって2つの音同時に出ないの?」とかAは抜かすし・・・出ねぇよっっむかっ
管楽器ってのは、(笙とか特殊なのは別にして)キホン一度に1つの音しか出ないんじゃップンプン

このとき、Aから音源として貸してもらったのが、ギドン・クレーメルのCD。もとはオーボエのKがAに「これいいよ」とすすめたものだったらしい。Kはあとで「あいつ超単純」と嗤ってたけど。でもあたしもすぐに、クレーメルの音にはまった。ビブラートが最小限に抑えられた、研ぎ澄まされた刃物みたいなヴァイオリン。リッカルド・ムーティ指揮、フィルハーモニア管。

クレーメルはのちに同じ指揮者とオケでもう一度この曲を録音しているけど、やはり最初の盤のほうが圧倒的にいい。鋭さがね、鈍っちゃってるの。円熟味は増してるんだけど。のちに諏訪内晶子やヤッシャ・ハイフェッツでも聴いたけど、諏訪内さんは迫力に欠け、美しすぎるし、ハイフェッツでは荒すぎる。シベリウスはやっぱり、北国っぽい、冷たい静謐さ、みたいなのがどっかに欲しいんだ。その点、ラトビア出身のクレーメルは最適なんだろう。

かけ出しの頃に演奏した盤が好き、っていうのは、これに限った話じゃない。どっか不安で、でも何かを信じて勝負をかけてるような危うさに、ひかれるんだろうな。自分もいつも不安だからか?まだまだ全然一人前になれてないもどかしさみたいなのをずうっと抱えてるから、そういう演奏が、特に響くのかもしんない。

本当の教師。私にいろいろなことを教えてくれた人。もし挙げるとしたらだれだろう。

一人挙げるのは難しい。大阪のNPOの子どもたち―MIちゃん、AMちゃん。MAに、MY。

VancouverErnestoErnieJustin・・・そのへんかなぁ。

エルネストは、私が落ち込んでたらあっさりと "Go to the beace!"と言ってのけた人。

アーニーは、サンタさんみたいなおなかの(笑)、大好きだったAcademic Writingの先生。

ジャスティンは、私がはじめてCanadianで、心の底から通じ合えたと思えた人。

でもやっぱり、大阪の子どもたちだろうなぁ。私が自分に正直になることを教えてくれた。

MAなんて、あたし初め怖かったから・・・

でも、彼女こそが、自分をそのまま出しても嫌われないこと、むしろそのほうが、

彼女本来の無邪気な素直さ、本当は人に頼りたい可愛い幼さを見せてくれて、

あたしが、彼女を支えうるのだ、頼ってもらえるのだ、ということを教えてくれた。

素の自分でいる方が、彼女らは受け入れてくれた。

そして、彼女らの素の姿も見せてくれた。

それは、私にとっては大きな驚きだった。

素は、見せてはいけないもの、忌むべきものだと思っていたから。

私は、少なくとも、キライだった。

自分のそういうところを恥ずかしいと思っていた。

一生懸命、他人にいいと思われるような、承認されうるような人間って、どういうのだろう、

って、まわりの人を見て研究して真似して、そうして自分を創ってきていたのに。

あそこでは、いったんすべてを否定されたような気がして、

どういう自分でいたらいいのかわからなかった。

知的で冷静で包容力がある自分、というのを演ってみてたけど、

それが全然通じないかんじで、焦っていた。どうしたらいいかわかんなくて。

彼女らとの間に、カラのようなものを感じてた。

心開いてもらえない、信頼してもらえない、って。

でも、よく考えてみれば、そのカラは、あたしのものだったのかもしれない。

どうにもなんなくて追い詰められて、できることがなくなって、

ただ腹をくくって「さらす」こと、良きも悪しきも、何の配慮もない、正直なところを、

自分でもよくはわかっていない、自分の底のほうにあるものを

慎重にすくいとって言葉にしていく、それだけに徹した。

そしたら、それが通じた。

私が、自分を開いたことを、彼女らは敏感に感じとっていたと思う。

自己防御はしなかった。

本当はしたかった。そのほうが圧倒的に楽。そっちのほうが、慣れている。

でも、その誘惑をしりぞけて、自分の奥を探ってそのまま言葉にする。

そしたら、信用してくれるようになった。

逆説的。でも嬉しかった。

私ですら嫌っていた私を、そっちの私のほうをこそ、受け入れてくれて、

いいと言って(行動で示して)くれて、

あぁ、あたしはほんとのあたし、素のまんまのあたし、

かっこつけない、抜けてる、頭のよくない、機転のきかない、気の利かないあたし

のまんまでいいんだ、なぁんだ、いいんじゃん・・・

って。教えてくれたの、あの子らが、全部。