一昨日ぶつけた頭の左側が痛いー

お風呂あがりに体重計に乗って、
目盛りを確認したあと頭をあげたら、洗面台の角(とがってはいないけどね)に
しこたまぶつけたのでした…あーうーー。
たんこぶにはなってないけど、じんわり腫れてるかんじ。
寝る前に、旦那ちゃんに「脳内出血で、朝、死んでたらどーしよーー

あたしが死んだら、日記は焼却処分にしてね」と言ったら、
「真っ先にそれが来るのか(苦笑)」とあきれられた。
あれ?そう?ヘン?? えっと、じゃあ、まっさきに普通は何が来るもんなんだろ??
うーーん…
ひとしきり考えたけど、さして財産があるわけじゃなし(てか、ないし)、
特別言い残す何かもないし。ぜぇんぜん思いつかず。わっかんない。
「普通のみなさん」は、まっさきに何が来るんですかー?何を頼むものなの普通??
子どもでもいりゃあ、また別なんだろうけど…。 だれかおしえてくださーーい…
薄情なのかしらねあたし。まぁそうか。うん、そうかも。ときどき、自分でもそう思う。
はくじょうもんだなぁ、あたし、って。基本的に「一人で生きてる感」が強い。
ずっとそうやって生きてきたから。いざ結婚してもどこか、あの人がいる間は「妻役を
演じている」という二重アイデンティティ状態みたいな。
しょせんは人間は一人だもん、って、いまだにどっかで思ってる。
誰も、あたしの代わりに生きてはくれない。あたしの代わりに苦しんではくれない。
あたしの気持ちなんか、本当にわかる人なんかこの世にはいないし、いてほしくもない。
あたしの気持ちは、あたしだけのものだ。そんなふうに、思ってる。
でも、結婚自体に後悔はないのよね。2人の時間はそれなりに楽しめてる。
家事は別に好きじゃないけど、大人2人なら大した量でもないし。
家の中をぴかぴかに磨いたり、ファンシーに飾り立てたり、
どっかのショールームみたいにする趣味は、みじんもないけど☆
自由時間はたっぷりある。たっぷりありすぎて、逆にもてあます。
旦那ちゃん以外の人間関係は、なくはないけど、日常的に会うわけではないしなぁ。
そんな生活しだして一年半を過ぎ。特に日立のときは、アシ(=車)がなくて
家に引きこもりがちだったし。ようやく、あぁ、これが退屈ってヤツ?とか、
あぁーあたし寂しいのか…という感覚をつかまえることができた。
いや、私これまで基本的に、退屈とか淋しさとかって感じたことなかったのよ。
いつも、やらなければorやりたい!ことに追いまくられて、時間はいつも足りなくて。
他人はキホンわずらわしくて。あれこれ干渉されるのがイヤで、
極力プライベートな領域には人を容れないようにしてた。休日、一人でぼーっと空見てたり、
夏の日差しの中でだらだら汗かきながら昼寝してたり(←なぜか好きなんだなコレ


暑いの、キライなはずなのに。正確にいうと、はじめは日陰に寝てるんだが、
そのうち太陽が動いて日差しにさらされ、汗だくだくになりつつ寝続けるか起きようか
葛藤しゴロゴロする…それが好き、というやつ。どっちにしろアホだな☆)
そんな私も、さすがに最近は、うーんこれが退屈か?としみじみするようになってきた。←遅い
たぶん、あたし引きこもりたかったんだと思う。
昔っから、学校なんて大キライだし。
不登校の子のサポート事業に携わることを選んだ時も、自分が潜在的な不登校児だったから、
というのは自覚してた。ほんとだったら、私も不登校したかったんじゃないかな。
でも、あの頃はまだ少なかったし。同じクラスに一人だけいた。
なんかね、不登校イコール人生というレールを踏み外すことを意味してるような空気があった。
その彼女がクラスでバカにされているのも知っていた。通学路の途中だったから
ときどきお家にプリントを届けに行った。彼女と同類と見られるのは「身の破滅」に近かった。
それくらい、認知されてなかった。
幸か不幸か、私は成績だけは良かったから、そのほか(友人関係とか体育とか)が
ぜんっぜんダメでも、あまり問題視されなかった。
お昼ご飯食べる人、とか、一緒にトイレ行く人、下校する人、ってのは、いたしな一応。
友人というほどのものではなかったけど。とりあえず一人ぼっちになるのを
回避できる程度の人間関係は、作ることが出来ていた。まぁ、よくある話。
けど、これがあるとないとでは、
学校での時間の耐えやすさって、格段に変わってくるのだもの。
幼馴染と大学以降の友人しか、今も年賀状のやり取りをしてる人はいない。
ことあるごとに、どんどん人間関係は切ってしまってきたから。
今は、ほぼほぼ一人ぼっち。ウィークデイは、旦那ちゃんもたいがい遅いし。
ようやく「退屈」と「淋しい」がわかってきた。
あたしは本当は、引きこもりたかったんだわずっと。
幼稚園の頃から、「外に行ってお友達と遊んできなさい」と追い出されない限りは、
ひたすら本を読んでる子どもだった。もしくはお絵かき。もしくは空想のお話づくりで
ぼーっとしているかね。そういう子どもだった。
学校は「行かない」という選択肢がないから行ってた。社会から脱落してしまうのは嫌だった。
でも、本当はあたしはおうちでひっきーしてたい子どもだったのかもね。
はからずも、30年もたってその望みが叶った、ということか。
もう、みんな訊いてこなくなったけど、結婚当初は「日中何してるの??」と訊かれた。
なにしてんのかしらね?それほど本を読むでもなく。ぼーっとしてるかも。
編み物はここんとこ、またよくやってる、くらいかなぁ…。
まぁ、いいか、と思って。約30年前にしたかったことを、今やるのも。
好きなだけ引きこもって、「退屈」と「淋しさ」をもうちょっと堪能して。
そんで、飽きたら、それから、外に出ることを考えればいーや、って…。