こんにちは~~ ジロです。
2026年5月号のジロレター、盈德郡 編を公開しました!今回でジロレターは早くも第5号を迎えることができました。
いつもジロレターをご覧いただき、本当にありがとうございます。
今回は、太祖・王建が愛した盈德のカニの物語やカニにまつわる伝説、そして盈德の地域事業者のストーリーをご紹介します。
それでは、さっそくご覧ください~~
権近(クォン・グン)の『陽村集(ようそんしゅう)』には、次のような記録があります。
「高麗の太祖(王建)が安東の河回村付近で甄萱軍と戦った際、安東の寧海朴氏の助けを受けて勝利した。
そのお礼として王建は盈德を訪れ、茶有村でカニを食べ、その味に大変感動した。」
これをきっかけに、盈德のカニは王に献上される食べ物になったと言われています.
盈德の話ではありませんが、カニにまつわる伝説もあります。
昔、盈德や蔚珍など東海沿岸地域では、倭軍の侵入がたびたび起こっていました。これは、その時代に伝わるお話です。
戦乱の中、蔚珍の人々は聖留窟(ソンリュグル)へ身を隠していました。
食料も希望も尽きかけたある日、暗闇の中からかすかな光が近づいてきました。
人々は倭軍が来たのではないかと武器を握りしめました。
しかし現れたのは敵ではなく、蓮の葉をまとった一人の女性でした。
彼女が洞窟の中にあった仏像の手を取ると、その仏像は赤く大きなカニへと姿を変えました。
そして彼女はこう語りました。
「この赤いカニ『紫蟹(ジャヘ)』は、蔚珍を守る紫蟹大王です。聖留窟は大王が宿る神聖な場所なのです。」
「私は大王の家臣として、この洞窟を守るために聖留寺へ来ていました。」
それ以来、人々は赤いカニを単なる食べ物ではなく、海の守護神が授けた恵みの象徴として考えるようになったと言われています。
盈德は歴史の中で、いくつかの名前で呼ばれてきました。
三国時代には 「也尸忽(ヤシホル)」 と呼ばれていました。現在の盈德、江口、南亭、達山、知品の5つの邑・面地域がまとめて「也尸忽」と呼ばれていたそうです。
その後、統一新羅 の時代には 「有隣郡(ユリン郡)」 と呼ばれるようになりました。景徳王の丁酉年(西暦757年)に行われた全国を9州に分ける行政区画改編により、「有隣郡」となったと言われています。
高麗 時代には 「禮州(イェジュ)」 と呼ばれていました。太祖・王建が初めてこの地を巡視した際、人々が礼儀正しく、お互いに譲り合う風習(辭讓)があることに感心し、「禮州」と名付けたと言われています。
その後、朝鮮王朝 に入ると、現在の盈德郡へとつながる歴史が始まります。
太祖(李成桂)の時代には、軍事拠点である 「鎭(チン)」 として運営され、その後、太宗の時代にはより大きな行政区画である 「都護府(トホブ)」 に昇格しました。
そして高宗の時代に 「寧海郡(ヨンヘ郡)」 となり、西暦1914年に盈德へ統合され、現在の盈德郡になった歴史を持っています。
盈德は「カニの町」というイメージが強いですが、それだけだと言われると少しもったいないほど、さまざまな見どころがあります。
まずご紹介するのは、盈德の山です。
盈德は山の景色がとても美しい地域としても知られています。その自然を満喫できるコースが 「盈德ブルーロード」 です。
その中でも ブルーロード第3コース「風の丘」 は、全長 17.6km、片道約 4時間55分 のコースです。
歩きながら、盈德の豊かな森林や美しい自然を存分に楽しむことができます。
毎年4月になると、盈德では桃の花が満開になります。
知品面の丘陵地帯や五十川(オシプチョン)周辺では、桃の花が一面に咲き誇り、村全体がピンク色に染まる美しい景色が広がります。
ピンク色に包まれた桃の花の村は、ドライブしながら楽しむのにぴったりです。さらに、隔年で 桃の花祭り も開催されるので、ぜひチェックしてみてください~~
桃の花がたくさん咲くということは、きっとおいしい桃もたくさん実るということですよね??
盈德の農業法人 Young Plus では、盈德で育てられた桃の皮をむき、丁寧に殺菌処理をして桃の瓶詰めを製造しています。
化学添加物を使用していないため、春のさわやかな雰囲気を感じながら味わうのにぴったりです。
盈德への旅行を計画しているなら、地元の人たちの力を借りてみるのもおすすめです。
盈德を誰よりもよく知っているのは、やはり盈德に暮らしている人たちです。住民の方々が直接企画した旅行プログラムを通して、より深く地域の魅力を感じることができます。
ジロがおすすめする旅行プランは 「ブルーロード with 道連れ」 です。盈德にまつわる知られざるエピソードを聞きながら、美しい盈德の海を楽しむことができます.
韓国の歴史の中にも、盈德にまつわるさまざまな物語があります。
まずご紹介するのは、19歳で初めて平民出身の義兵将となった申乭石(シン・ドルソク)将軍 の物語です。
朝鮮末期、彼は盈德や寧海をはじめ、三陟、襄陽、江陵、原州、安東、英陽など、現在の慶尚北道・江原道一帯を神出鬼没に駆け巡りながら、日本軍に抵抗しました。
現在も盈德郡には、申乭石将軍の生家が残されています。
仁川上陸作戦 を語るうえで、盈德郡で行われた 長沙上陸作戦(チャンサ上陸作戦) の話は欠かせません。
長沙上陸作戦は、仁川上陸作戦の成功を支援するため、敵をかく乱し、北朝鮮軍の補給路を遮断する目的で行われた作戦でした。
この作戦には学生義勇軍が多く参加し、仁川上陸作戦の成功に大きく貢献しました。しかし、その代償は大きく、139名が戦死した と伝えられています。
盈德には 「月月里清清(ウォルウォリチョンチョン)」 という伝統的な民俗遊びがあります。
現在では、慶尚北道の無形文化遺産に指定されており、地域の伝統文化として受け継がれています。
遊びは次のような形で行われるそうです。
満月の下で音頭を取る人が歌い始めると、人々が少しずつ集まってきます。
集まった人々は両手をつなぎ、大きな輪を作りながら、手を揺らし、円を描くように回っていくそうです。
この伝統には、社会的な役割もありました。ほかの地域から嫁いできた女性たちが、新しい女性社会に自然に溶け込み、日頃感じていた心理的な孤独感を和らげ、人とのつながりを築く場にもなっていたそうです。
最後に、ジロの好みも少し取り入れながら、盈德旅行にぴったりのプレイリストをご紹介します
「風の丘」を歩きながら
→ 『風の色』(オ・ヨンジュン)
桃の花の村をドライブしながら
→ 『春春春(Bom Bom Bom)』(ロイ・キム)
盈德の海を眺めながら
→ 『海の旅』(ドラマ『コーヒープリンス1号店』OST)
申乭石将軍の生家や長沙上陸作戦戦勝記念館を巡りながら
→ 『春が来るなら』(アン・イェウン)
以上、ジロレター Vol.5 盈德郡 編でした!
盈德郡へ行ってみたくなりましたか??
来月もジロレターは続きますので、お楽しみに~~













