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アート、音楽、デザイン、マンガ、ネット、広告、ゲーム、ビジネス。

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UNIQLO CALENDERがめちゃくちゃ気持ちいい

本城直季的なミニチュアのように風景を見せる手法、映像に適用されるととても新鮮な印象に変わる。

渦をまく鳴門海峡。公園のキャッチボール、個人的になじみの深い神戸や江ノ島の風景が多いのにもやられた。

バックで流れるアブストラクトなJAZZ。FPMが作り出したのは心地よいサウンドスケープ。
H&Mが欧米的でメッセージ性の強いAIDSキャンペーンを打ってるのに対して、抽象的だけど美しく、メッセージ性がないのに涙腺に訴えかけるようなこの不思議なキャンペーン。

UNIQLOかっこよすぎる。
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金氏徹平の溶け出す都市、空白の森を見にひとり横浜美術館まできてます☆鑑賞前に館内のカフェで腹ごしらえ。

それにしても横浜美術館は広々してて、人も少なめだからすっごく気持ちいいなぁ。彼女がGWに遊びにくるので美術館デートに誘いたいと思います♪
朝から読書。
天気がいいから散歩しながら。
でも来週はサーフィンに行こう。

さてこれから。
渋谷に行ってTシャツを探すか。それとも横浜美術館に行くか。
ん~休日感。

読書によって得たアイデアは以下
・欧米ではテクノロジーの進展と歴史的必然によってアートとエンタメのボーダーがなくなろうとしている。デュシャン、ウォーホール、ジェフクーンズの流れや、写真、デジタルの発明によって。
・で、日本は欧米と違いアートとエンタメのボーダーがそもそもぶれていた。竹久夢ニとか、浮世絵、版画とか。だからアート市場は成立しにくく、漫画、アニメで市場が成立した。
・ところで、ゲーム及びネットの出現が、創造物に求める価値を変えたのではないか。それはコミュニケーション。わかりやすくいえば、出会うためにコンテンツを消費するという行動。ファッションが最たる例だけど、印象をつくるために記号を揃えるという行為がデザイン、グラフィックと名を変えたアートに求められている。
・記号消費には自分視点と社交視点がある。これはオタクかモテかという二項対立で表現されるが、社交にはモテ(異性)だけでなく、同性へのモテも大事になるのではないか。CanCam、JJに対しグラマラス、ナイロンがある理由。
いろいろ現代アートの歴史や仕組み、メカニズム的なものはわかってきたのですが、知れば知る程標題の問いがずーっとひっかかってた。

小便器を使って「アートとは何か」を問うたデュシャン。
希少性さえもアートではないことを、工場生産、
シルクスクリーンで表現したウォーホール。

彼らの行為によってアートという定義がぼやけてしまった。

翻ってマンガやゲームなどに慣れ親しんだ現代日本に生きる自分としては、たとえばFFはアートではないのか、鳥山明はアートではないのか、ということがよくわからないでいた。

しかしまぁ2,800円も出して買っただけあり、この本でいろいろその質問に対する回答が得られた気がする。
アート・マーケティング (HAKUTO Marketing)/辻 幸恵
¥2,940
Amazon.co.jp
なんと日本における芸術は欧米のそれと比べはるかに敷居が低く、よりエンターテイメント(大衆娯楽)であった。たとえば浮世絵、美人画などの背景には思いっきりマーケティングの思考があらわれてくる。日本においてアートは高尚なものではなく、一種の「おしゃれ」としてさりげなく取り込まれてきた、ということを知ると、まーやっぱ日本すげーなと思うわけです。

同時に。
欧米のアート観を意識して完全なマーケティングで成功した村上隆と、日本のアート観を意識したマーケティング展開で金沢21世紀美術館を成功させている蓑豊を見ていると、日本人の商才ってすげえなとほんとに感動しました。




ある人からみれば
黄色い不思議な動物の絵。

ある人がみれば
「ポケモン」の中に出てくるピカチュウの絵

人間っていうものはすごいもんで、
単なる↑のグラフィックを見ただけでも
背景にあるストーリーを知っていた場合、
単なるグラフィック以上の価値を見出す。

仕事をやっていて一番気をつかっている、
もしくは挑戦しているのは
この単なるグラフィックに、どのような価値をつけ、
グラフィック価値をレバレッジさせていくかというようなこと。

ストーリーをつくる。
価値をつくる。
バランスをつくる。

これがコンテンツプロデューサーの力の見せ所なんだと思う。


森美術館で開催中の「万華鏡の視覚 」に行ってきましたテヘ♪



NINO BLOG-万華鏡の視覚
NINO BLOG-万華鏡の視覚-作品

まず展覧会の感想に入る前に。
森美術館の企画はいつもユニークで面白いと思います。
特定のアーティストを取り上げて集客するのではなく
これまでもアートから「ハピネス」や「笑い」など
抽象的ながら興味がわきそうなテーマを切り口に
大御所からあまり知られてないアーティストまで
うまーく取り扱っている。

美術館にはいくつか期待される機能があると思うけど
森美術館のようにアートを通して
物事に対しての新しい考え方、感じ方を鑑賞者に提案する
というアプローチは文化教育的な面ですごくいいと思います。

さて、今回の万華鏡の視覚はそういう意味で考えると
「人間の感覚をアートを通して見直してみよう」
というのがテーマになっているみたい。

実際は行って見て感じてほしいのでさわりだけいうと

・異常なほどまぶしい無数の蛍光灯で作られたタワー
・トンネルのように無数の電球を配置した作品
・無数のミラーボールで光の粒子が飛び交う様を表現した部屋
・コンクリートが爆発された瞬間を瞬間冷凍したかのようなオブジェクト
・サイケデリックな文様で床が敷き詰められた部屋
・様々な電子音をいろんな角度から聞かせる部屋
・薄い絹?みたいな半透明の生地でつくられた中国式の門

などなど。視覚、聴覚、触覚に「!」と思わせる作品ばかりでした。
不思議な空間ばかりだったので、身を委ねるだけで気持ちがいい…。
とても面白い展覧会でした。

この展覧会で気になったアーティスとは以下

ジョン・M・アームレーダー


スゥ・ドーホー


ロス・カルピンテロス


・トレイシー・エミン
・カールステン・フラー

今週もアート巡り。
いろんなところを回ってみました。
超個人的な感想文+長文なので
読みたい人だけどうぞー。

■ジムランビー~Unknown Pleasures



ベル&セバスチャンを生んだグラスゴー出身、そして音楽をやっていたという経歴からわかるように作品ひとつひとつに音楽的な解釈ができる。

テープで生み出された幾何学模様の空間に、溶けこむように配置されたカラフルなオブジェクト。本人のコメントによればテープがベースで、オブジェクトがギターだと。空間を幾何学模様で統一することによって、よりオブジェクトの色彩が際立つ、言わんとしてることがわかる気がした。波打つような模様と石を連想させるコンクリートのオブジェクトから、日本の枯山水をもイメージさせる。

テープやいす、ドアなど日常的な素材を使って、音楽とオプアートを合体させ、空間に表現していくところはマイクロポップというかプリコラージュというか。同時代性を感じさせます。

とても不思議でポップな空間でした。ただ難をいえば壁面や天井も模様で埋め尽くした方がより強烈な視覚体験が作れたのではと思うけど原美術館のもつ静謐さへの配慮だったのだろうか。

原美術館には今回初めて行ったんだけどすごくいい空間だった。すごく静かで、木々に囲まれていて部屋には光が差し込んでいて、とても気持ちがよかったです。

■やなぎみわ~マイ・グランド・マザーズ


これは企画勝ちというか、制作プロセス自体が面白い。被写体となる女性達と対話し、女性達が歳をとった時どのような自分になっていたいかをCGや特殊メイクなどで作品として作り上げていく。

今現在の生活の延長を表現する女性。
世界や環境に大きな変化がくることを予想し、
その運命によって想像される姿を表現する女性。

特に占い師、モデル、砂漠でのダンサー、手紙を部屋中にびっしりと貼った人の姿が印象的だった。

写真が持つ機能を拡張した、という点がこのプロジェクトの面白いところ。写真は「過去」をパッケージするもの。撮影時の空間と時間を切り取るものだけど、やなぎみわのこの取り組みは未来を撮影しようという取り組みなのだ。完全なファンタジーであれば単純なCGで良いだろう。だけどやなぎみわは具体性にこだわる。

どうしてその風景なのか、
どうしてそのような格好なのか、
どうしてそのようなことをしているのか、

それらの根拠を被写体との対話を通して明確にしていくことで絵をつくりあげるというプロセスがリアリティを伴った未来を作ろうとしているのだ。

「過去」だけでなく「未来」をパッケージする機能、このプロジェクトによって新たに写真が手に入れた機能である。

またもうひとつやなぎみわは写真のもつ機能を拡張している。写真は「イメージ」をパッケージするものであって「思考」をパッケージするものではない。もちろん従来の写真にも撮影する者の色彩感覚、構図によって、ある程度の思考を付与することは可能かもしれない。ただ、このプロジェクトにはより明確な思考の表現手段として写真が採用されている。そこが面白い。

わかりやすい例でいえば、小学生が未来の自分を作文に書き、タイムカプセルの中にいれ校庭に埋めるという行為。このプロジェクトはそれと全く同じである。文字のイメージと違い、写真のイメージはより具体性があり強固である。そういう点ではこのプロジェクトは被写体の実際の未来により強く影響を与えるのかもしれない。

やなぎみわが関心を持つ「女性」を表現していながらもアートのコンテクストの中では「写真がもつ機能の拡張」をもたらしている。そういう現代アートのポイントをきちんと押さえながらも、オーディエンスに対して新しい写真を使った遊びを提供してくれているようにもみえるとても面白いプロジェクトだと思う。

■その他



やなぎみわと併せて展示されていた、聖地巡礼と題された町野和嘉写真展を見た。特に考えたのは同一の服をきてある行為を大多数の人間が行っているのを見た時「宗教的な場面」として捉えられる。ならば日本におけるライブや、女子高生が集団で何かをしている状況を撮影した場合、宗教がないと思われた日本に「宗教的なる風景」を見ることができるのでは?ということ。

そのあと篠山紀信の作品が展示されていたNADIFFへ(しかも本人が会田誠とトークショウしてた)。ただ、あんまりヌードみてもピンとこなかったので篠山紀信についてはスルー。本がいろいろあったので読みふけったが買うまでには至らず。(お金は計画的に使わねばね。)

あと今回は美術館ばっかり行っちゃったけどより若手の作品を見るならやっぱギャラリーだな。なので意識的にもっと見ていこう。

■今後行きたい展覧会
・万華鏡の視覚@森美術館
http://www.mori.art.museum/content...

・金氏徹平~溶け出す都市、空白の森@横浜美術館
http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2009/...

・池田亮司~+/-@東京現代美術館
http://www.ryojiikeda.mot-art-muse...

・草間彌生展@高橋コレクション
http://www.takahashi-collection.com/
Webからのコピペですが。ふむふむ。あわせて代表作品がイメージできればよく理解
できてくるね。フォーマリズムがちょっとややこしいな。

ランドアート
1960年代から、アメリカの商業主義的な美術の動向に反発するかたちで、アーティストたちが屋外、特に広大な砂漠地帯をキャンバスに大規模な作品をつくった。大地に人による痕跡を残すことによってできるアートを総称して呼ぶ

グラフィティアート
スプレーやフェルトペンなどを使い、壁などに描かれた絵・文字である。現在ではグラフィティという呼び名の方が定着している。またグラフィティを描く者を、ライター (writer) やペインター (painter) という

シミュレーショニズム
1980年代のニューヨークを中心に展開された、ベンヤミン的な近代芸術の唯一性(アウラ)に背を向け、大衆芸術からの盗用(アプロプリエーション)を積極的に推し進めた美術運動。

コンセプチュアリズム
作品の物質的側面よりも観念的側面を重視した一連の作品群のこと。文字や記号による非物質的な表現がその代表例

フォーマリズム
内容に対して形式を重視し、形式的要素から作品を解釈しようとする美学的傾向。
アーティストの意図や社会背景よりも視覚上の作品の形式的特性によって美術史を分析しようとした。

スーパーフラット
日本の消費文化独特の浅はかな空虚感。日本における様々な種類の平面絵画、アニメーション、ポップカルチャー、ファインアートといったものを示すときに村上が使用する言葉である。平板で余白が多く、奥行きに欠け遠近法的な知覚を拒むなど、伝統的な日本画とアニメーションのセル画とに共通して見られる造形上の特徴を抽出した概念。

マイクロポップ
「マイクロポップとは、制度的な倫理や主要なイデオロギーに頼らず、様々なところか集めた断片を統合して、独自の生き方の道筋や美学を作り出す勢を意味している。それは、主要な文化に対して「マイナー」(周縁的)な位置にある人々の創造性である。主要な文化のなかで機能することを強いられながら、そのための十分な道具を持たない人々は、手に入る物でまにあわせながら、彼等の物質的欠落や社会的に弱い立場を、想像力の遊びによって埋め合わせようとする。 」