心理霊カウンセラー
肉の皇帝から走り始めてからその場所までは、それほど時間はかからない予定だった。だが、それは予定となった。
その目的地である「旅脚橋」に行くまでの道で遭遇した数々のハプニング。行けば行くほど行く手に立ちはだかる「壁」のようにその場に鎮座する「通行止め」の看板。
その度にハルナさんはスマートフォンの地図アプリと看板の迂回路図を照らし合わしながらそれを確認をして、そして進んでいく。流石というか、その姿を見て慣れてるのだなと感じる。流石毎月バイク旅雑誌に掲載されている記事のタイトル「旅の苦労は苦労にあらずよ」なわけだ。
私は黄泉野カレン。某国某都某市駅前でヨミノカウンセリング室を営む心理カウンセラーだ。今日はカウンセリング室の定休日。正直もやもやしている気分の中にいた私をツーリングに誘ってくれた友人、原アイラ。私はその誘いに乗り、アイラの友人、旅バイク雑誌のライターでありユーチューバーの川崎ハルナさんも含めた3人で、ハルナさんの取材、撮影についていくツーリングをしている今、その最中だ。
滅多に人と一緒に走ることのない私なのだが、たまに、ごくたまにアイラとは2人で近場までの昼食ツーリングに出かけることはある。だが、今日の3人でのツーリングは今までにない初めてのことだった。
初めてのことではあったのだがしかし、職業柄なのかとても旅慣れ、走り慣れしたハルナさんの先導で何の不安もなく私はこの初めての3人でのツーリングを思った以上に楽しんでいた。
そう、通行止め看板で足止めされるたびに3人そろって、「まただぁー」と笑っていられるほどに。
そんなことを何度か繰り返しながら、私たちは旅脚橋へ向かう最後のルートに無事乗ってダム湖を周回する細い道をゆっくりと目的地へと進んでいた。
周囲は山。季節的に、新緑の奇麗な輝きを横目にみながらだが道も細いのでそちらにも気を配りつつ走ること数分。
その橋は私たちの前にふっと前触れなく、何の前触れもなくふっと私たちの視界に飛び込んできた。
月刊「バイク旅」
川崎ハルナの旅の苦労は苦労にあらずよ
新緑の時期。来月に控えたロングツーリング前に今日は地元某都の近場の名所をへと足を伸ばしてみました。
行き先は「旅脚橋」某県某町角山ダム湖。そこにかかる世界でも5つしかない珍しい工法でかけられたそれがこの旅脚橋です。
旅脚橋は某都某町にある橋で、世界で5つしか架設されていない構造を持っており、国内では唯一の橋です。
旅脚川が木根川に合流する地点付近の国道(旧道)に架かるその橋の南には角山ダムの角山湖が広がっています。
近い将来角山ダムのかさ上げにより新角山ダムになると水位が上がり、洪水時には水没する可能性が増大するため、橋の保存に向けてさまざまな検討がされています。
そんなこの橋までの道中。角山ダムのかさ上げ工事のため、さらに途中の道路壁の崩落による通行止めもあり、何度も地図を確認しながらやっと橋へ向かう道に入りその旧道という雰囲気の細道を走ること数分。その橋、旅脚橋は何かの前触れもなくふっとそこに見えてきました。
一目で長い歴史を感じる、そんな雰囲気のある佇まい。
渡ってみるとしっとりとした感触、優しい感触の伝わってくるそんな感じのコンクリート舗装。
橋の上から見える角山ダムのダム湖は新緑の山に囲まれてそして静かにそこで「どうよ、いい景色だろ?」と囁いているようです。
見える景色は緑、緑、緑。その空気感と程よい静かさは癒しを感じるそんな雰囲気です。
新角山ダム完成後、水没する可能性のあるこの橋。
この橋を後世に残すことのできるよう保存に向けて良い検討成されることを期待したいと思います。
川崎ハルナ
言葉にするなら「癒される」だろう。
新緑の山の囲まれているこのダム湖、そしてこの古い橋を渡ってみるとコンクリート舗装から感じる独特の感触、アスファルト舗装とは違うその感触を表現するなら「アナログ」と「デジタル」のようじゃないか。靴から伝わる感触の明らかな違い、そしてこの風景と静けさ。一言「いい気持ち、いい気分」それ以外の表現
を私は見つけられなかった。
空気も澄んでいる。深呼吸をしたくなる、そう感じるそんな空気感。あの日の出来事、なんとなく感じていたもやもやとした気持ち、感情、それらそれら。
私はそれらの嫌な感情をどこかに忘れて、今見ているこの風景に癒しを感じていた。
ハルナさんは取材と撮影のため、カメラを回しメモを取ってる。そんな姿に目をやりつつ、そして周囲に目を向けつつ、タバコ・・・いや、よそう。この風景を楽しむ中でのタバコは何か私の中でそれは違うんじゃない?と囁いていた。
「どうよ?感想は?」
目を閉じほっと深呼吸をしている私に声をかけたアイラ。それに私はこの言葉以外で答えられるはずもなかった。
「最っ高っ」
「はははは、誘ってよかったぜ。」
そう言いながら彼女は私の肩をポンポンと叩いてにこやかに笑っていた。きっとアイラは、あの日の一件の後からの私の様子、ナナと私の半ば喧嘩問答の後からの私の様子を心配してこのツーリングに誘ってくれたのだろう。
そしてこの誘いを受けたことを私はとても良かったと思っていた。なぜなら、この場所、私一人でバイクに乗っていたらきっと来ることはなかった。
観光名所、人気スポット、そういうものに疎くただ走ることだけに集中してしまうバイク乗り。そんな私にとって、今日のこのツーリングは知らない場所を知るとてもいい時間。まさにそれだ。
「ありがとう、アイラ。誘ってくれて。」
「ん、ああ。」
彼女は短くそう言いそして彼女もダム湖の方に目を向けた。
1時間ほど、ハルナさんの撮影とメモは続き、アイラは度々カメラを回し、私は二人のその様子を少し遠巻きに見ながらこの風景を楽しんでした。
なんだろう、いつの話かは記憶していない。だがその言葉だけ記憶していることを私は今私の記憶の引き出しから見つけたことを感じていた。
みどりは心の癒し。
この知らない場所を知る時間は、私からモヤモヤとイライラを逃げられないようそっと包み込んでどこか遠くへと持ち去ってくれたように感じていた。
そして空白になったそこに「私は私だ」という言葉そっとしまい込んだ。
「カレンさん、お待たせしました。」
「いえいえ。大丈夫ですよ。いい画は取れましたか?ハルナさん」
「ええ。それはもう。それで、撮影中にカレンさん時々映っちゃっているのですけどそのまま使っても大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。そのまま使ってください。」
撮影を終えたハルナさんとそんな会話を交わしている中アイラは何かを思いついたようにニッと笑みを浮かべて私たちに提案した。
「じゃあさ、今日の撮影はこの3人で行きました的な画も撮るとかどうよ?」
「あはは、それもいいですね。カレンさんどうします?」
「そうですね、それでしたら・・・せっかくなので。」
私は二人の提案を受け、そして最後に3人並んで動画を撮影し、そして昼食を取るため移動の準備を始めた。
知らない場所を知る時間は、それだけでなく体験したことのない体験も私にさせてくれた。
そして気持ちも癒され、晴れやかな気分になれたことを二人に感謝し、今日の日記を締めたいと思う。
移動の準備中、私は今日のことを日記にこう書き記すことになるだろうと、そんなことを思いながらヘルメットをかぶった。
この後ここの近くの公園で昼食を取り、ハルナさんのなじみのバイクショップで少し休憩をして解散という流れになるのだがその話はまたいずれ。
そして次の日。
ハルナさんと連絡先を交換した私は、仕事終わりの夜に彼女に昨日のお礼のメールを送った。
そして7分後に返ってきたその返信の内容は・・・・
「こちらこそありがとうございました。今北海道です。やっぱりまだこちらは寒いですね。」
・・・行動力。
ヨミノカウンセリング室
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黄泉野カレンは悪気を捌く
依頼人(19)知らない場所を知る時間(後編)
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シーズン2
=黄泉野カレンは悪気を捌く=
井越歩夢
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「某市駅という日常の向こう」
5月23日(木)投稿予定