海外に住んでいる者にとって、唯一の楽しみは、日本の国営放送局のTV番組なのですが、中でも楽しみなのが週末の大河ドラマ。
近年は秀作が多く、高い視聴料を払うだけあるようですが、今年の大河はナニ?
豊臣秀吉がテーマのTV作品とか、今までゴマンとあったのじゃないかな?
豊臣秀吉って、百姓から天下人にまでなった、いわゆる誰もが憧れるサクセスストーリーのヒーローだけど、もう使われ過ぎた作品だと思うのだけど...
現に、日本の国営放送局でも竹中直人さん主演で『秀吉』を1966年に放映しているし、
1981年にも『おんな太閤記』で妻・ねね( 佐久間良子さん)の視点で秀吉を描く作品があったし。

今年の大河ドラマは、最初から、“あまり大したドラマになりそうにないな~”と予想していたのですけど。
この手の予想はかなりの確率で当たるのですよね~
最新の『豊臣兄弟!』 第4回『桶狭間の合戦』のエピソードです。
豊臣秀吉や織田信長を描く作品でも桶狭間の戦いは、前半を彩るイベントなのです。
しかし、今回の国営放送局バージョンでは、この桶狭間の戦いに新解釈を適用。まあ、実際は脚本家の解釈なのでしょうけどね。
何と、『豊臣兄弟!』で描かれた桶狭間の戦いで、今川義元は小高い山の上に本陣を張っていて、そこに織田軍が奇襲をかけたのです。
え?
えっ?
ええっ?
これって、これでいいの~???
桶狭間は、「はざま」と書かれているように、”はざま(狭間・迫間・間)”は、物理的な空間(谷間など)を意味する。例:山と山のはざまの村。山と山のあいだのせまく低いところ。
のはずなんだけど、小高い山を桶狭間山ってどういうことよ?
この不可解な新解釈は、『信長公記』をベースにしているらしいです。
『信長公記』は、信長に関する記録の中で最も信頼性が高い史料だそうですけど、これはあくまでも信長側の(都合の良い)視点で書かれたものなのですよね。
ちなみに、『信長公記』の著者は、信長の側近・太田牛一らしいですし。お殿様が喜ぶようなことしか書かれていないのは当たり前なのです。
『信長公記』によれば、今川義元が本体の軍を布陣して休息していた場所は、「桶狭間山」という山であったとあります。
桶狭間と「谷間」「せまく低いところ」であることを明示していながらも、桶狭間山と山の字を付け足すってこじりつけみたいな気がしますけどどうでしょう?
Lobyがいろいろとググってみたら、「桶狭間山」で下の写真が出て来ました。
NPO法人桶狭間古戦場保存会さんのサイトの資料ですけど...

これって...
これでも山と言うんかいな?
ちなみに、上述の同好会のサイトにも名前が出て来る「小和田泰経氏」(日本中世史専門の歴史学者)は、桶狭間をこの追撃戦が行われた一帯の地名だとし、地形も谷や狭間ではなく深田や湿地が広がっており、さらに豪雨が降ったと言われているそうです。
この方が納得できる解釈ですよね?
というわけで、今回は歴史を捻じ曲げる力に懸命に抗う一歴史小説大好きファンのコメントでした。
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