日本の政治が迷走している原因をとくためには、「靖国神社」を理解することが必要ではないか。最近そう痛感しています。てはじめに『慰霊と招魂』(村上重良著、岩波新書)をよみはじめました。追って感想を書きたいとおもいますが、まず感じたのは「靖国神社」は「神社」なのだろうか、ということです。
いわゆる官軍や天皇のために命を落とした兵士だけを祀り、それ以外の人間はどんなに悲惨な死に方をしようが相手にしない。この差別の発想は、日本の伝統的な神道とは異質です。「靖国神社」とは、神社というものの本来の神社とは別ものの新興宗教。むちゃくちゃな戦争の推進力になったという点では、カルトというべきかもしれません。
すなわち「靖国神社教団」とでもいうのが正確ではないでしょうか。
おいおい勉強したいと思います。
しんぶん赤旗にわかりやすい解説があったので転載します。
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戦前・戦中はどんな施設
戦争動員の精神的支柱
靖国神社は、明治時代の1869年、新政府軍と旧幕府側との間で戦われた戊辰(ぼしん)戦争で戦死した軍人をまつるために創建された「東京招魂
(しょうこん)社」が前身です。79年に「靖国神社」へと改称。「別格官幣(かんぺい)社」という特別の社格を与えられ、国家神道の中心的神社と位置づけ
られました。
一般の神社とは異なり旧陸軍、海軍両省が管理する軍事的宗教施設でした。明治維新からアジア・太平洋戦争までの戦没者240万人余をまつっていますが、いずれも“天皇のため”にたたかって死んだ軍人・軍属だけです。
このため、西南戦争(1877年)で天皇に背いた“賊軍”の西郷隆盛や捕虜となって病死した兵士、原子爆弾や空襲の民間犠牲者、旧「満洲」など外地で死んだ一般国民などはまつられていません。
天皇制政府と軍部は、天皇への「忠義」を尽くして戦死し「靖国の英霊」になることを最大の美徳として宣伝。靖国神社を、侵略戦争に国民全体を動員するための精神的な支柱として持ち上げました。
安倍首相は、「国に殉じた人に尊崇(そんすう)の念を示す」などと繰り返しています。しかし、靖国神社への合祀(ごうし)は、天皇のためにたた
かって死んだかどうかにあり、死者を選別することに本質があります。また「英霊」としての合祀は、戦死者や遺族の意思に関わりなく行われます。戦争遂行や
侵略戦争美化の“道具”として人の死を利用することは、戦争犠牲者を冒とくするものではないでしょうか。