小林節慶応大名誉教授ら憲法学者のよびかけによる市民運動「立憲政治を取り戻す国民運動委員会(民間「立憲」臨調)が 19日、発足した。発起人は約200人。「独立した200人があつまり、学識を発信する運動にしたい。民主主義が暴走して立憲主義がぶっ壊れている。これ がもとにもどった時点で自然解散です」と小林名誉教授は記者会見に先だつ意見交換会であいさつした。


 政治運動や政党運動とは一線を画し、立憲主義回復という点でのさまざまな取り組みを「邪魔しない」という立場で、月1回のペースでメッセージを発信していく予定。

 明治憲法は神様から押しいただいた。日本国憲法はマッカーサーからいただいた。この国には憲法が権力者をしばるものだという意識が弱い。憲法を守らない 権力者を国民が自覚的に選挙で落とす。それが常道になる。それが立憲政治を取り戻した理想の姿だ――そういう趣旨のことを小林氏は記者に対する答えのなか で語った。まったく共感したい。

 安倍政治やアメリカ政府の奴隷でもない、資本の奴隷でもない、日本社会の構成員としての真の誇りを取り戻す運動、国民のための社会を手に入れるための真の民主化運動として広がっていくことを期待する。
みなさん、こんにちは。マイニュースジャパンに新しい記事を書きましたのでご案内します。
悲しい事件です。格差を広げ、若者からも容赦なく搾取するいまの日本社会は、アベ自公政権の横暴と密接に関係があるように思います。政治を変える必要をあらためて痛感します。



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夢抱き上京した19歳青年が自殺――ミスすると監視役が殴り謝罪金を要求する、大手ポスティング業者の闇



 マンガ家になりたい、と九州から上京したばかりの松原篤也さん(19歳)が、東京湾で水死体となってみつかったのは、2012年12月24日のこと。遺書から、自死とみられる。アパートを借り、「ケイ・アンド・パートナーズ」という会社で、1枚2円のチラシ配布のアルバイトをはじめたばかりだった。悲嘆にくれる家族の前に、同じ会社に勤務経験のある青年が現れ、体験を語った。「不正をしたと言われ、殴られた。親に数百万円を請求する、とも…。こわくなって逃げた」。篤也さんも死の直前、不正をしたとして監視役の社員に注意され、会社に来るよう指示されていた。「禁止物件に投函」等のミスをした場合に謝罪金まで請求するという契約書も結ばされていた。ただの「注意」だったのか――疑念をふくらませた両親は昨年11月、ケイ社を相手どり、損害賠償請求訴訟をおこした。「息子の身に何があったのか真相を知りたい。情報提供を」と両親は訴える。(末尾で「弁償金・謝罪金」条項の入ったケイ社の配布業務委託契約書をPDFダウンロード可)

【Digest】
◇悲しいクリスマス
◇ケイ・アンド・パートナーズ社
◇監視役の社員から「注意」
◇奇跡的に動いた携帯電話
◇Mさんの証言
◇「問題はないと思う」とケイ社

http://www.mynewsjapan.com/reports/2225

 参院選がちかづいている。大手マスコミも野党もいまひとつ盛り上がりにかけるようにみえる。

 しかし事態は切迫している。選挙の結果アベ自公政権が多数議席をとるようであれば、憲法停止条項たる「緊急事態条項」が創設される可能性がたかい。

 憲法が完全に骨抜きになり、民主主義から独裁政治へ大きく社会は変わる。

 クーデターは完成しつつある。

 憲法停止条項により、選挙が無意味になってしまうだろう。

 米国の傀儡政権のもとで、国民は異議をとなえることすらできなくなる。

 そしてビジネスのための戦争に巻き込まれるだろう。奴隷と化してしまう。

 強そうにみえる勢力を前にして簡単に服従して追従する者がいる。

 どうせかわらないとあきらめる者がいる。アベ政治を支えているのは、こうしたガキ大将にひれ伏している弱虫たちと、自身の力を過小評価してあきらめている者たち、そして自分だけは助かろうとして小さな既得権益にしがみついている者たちだ。

 かりに、日本人の誇りなるもの、あるいは日本で生まれ暮らす者の誇りなるものが希薄だとすれば、こういう横暴な権力者に対して、横暴をやめさせようともせず、より弱いものをみつけて嘲笑することでうさをはらす風潮にないだろうか。

過去の侵略戦争を決してみとめず、被害者の傷に塩をぬるようなことをアベ政治が平気でやれるのは、免責と引き換えにアメリカの犬になる道を選んだからである。日本人の誇りをとことん傷つけ、侮辱している政治というべきである。アベ政治のおかげで、日本人は世界から軽蔑され、嘲笑されつつある。こうした政治を放置しつづける限り、永遠に日本社会は誇りを感じることができないだろう。

逆にいえば、国民・住民を愚弄してやまぬアベ政権に異をとなえ、追い出すべく力をあわせてこそ、真の誇りを感じられるにちがいない。

植草一秀氏のメルマガから引用する。

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ヒラメが増殖し、今年夏の参院選で、安倍政権与党勢力が、参議院3分の2議席を占有すると何が起こるのか。

日本は崩壊するのである。

安倍政権は憲法改定に突き進む。

その際、最初に手をつけるのが、緊急事態条項の追加である。

自民党憲法改定草案の98条と99条が追加される。

憲法を改定して、緊急事態条項を加える話が急激に広がり始めている。

そして、現状を踏まえる限り、憲法改定勢力が参院3分の2を占有して、緊急
事態条項を制定する危険が著しく高まっている。

「日本の終わり」

と言っても言い過ぎではないだろう。

http://foomii.com/00050/2016011321122030878

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「あきらめが肝心」ではない。あきらめこそ最大の敵である。



 みなさん、こんにちは。

「日本軍慰安婦」問題の日韓政府の合意が被害者の頭越しになされて両政府が批判にさらされているさなかに、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が核実験をしたと発表しました。わたしがまず思ったのは、アベ政権もパク政権もこれを内心歓迎したであろうということです。内政がいきづまって国民の批判がたかまったのを、国外問題にすりかえて目をそむけさせるのに格好の事件でした。

 絶妙のタイミングでした。「やらせ」の匂いをかいだのは私だけでしょうか。

 日韓「合意」の背景にアメリカの動きがあったと言われています。そして北朝鮮の核実験も、アメリカ抜きには理解できません。

 また朝鮮半島にアメリカが介入したきっかけは大日本帝国政府の軍事侵略と植民地支配があったわけですから、「慰安婦」問題と核問題は同根だともいえます。たしかなことは、歴史に目を閉じる限り、日本政府が過去の侵略をうやむやにするような無責任な態度を撮り続ける限り、拉致問題も核問題も絶対に解決しないということです。

 アベ政権は、政権浮上のための「解決」は求めるとしても、朝鮮戦争が終わって朝鮮半島が統一し、米軍基地もなくなって平和になり、拉致問題も核問題も解決するということを、本当のところで願ってなどいないように思います。

 カウンターパンチにたいへん参考になる記事がありました。拙い訳でを紹介します(一部省略。やや不正確な部分があると思いますが、ご容赦ください)
 
http://www.counterpunch.org/2016/01/08/does-north-korea-need-nukes-to-deter-us-aggression/


【北朝鮮は、アメリカの侵略に対する抑止目的で核を必要としているのか?】
カウンターパンチ/マイク=ホイットニー

 北朝鮮は、アメリカの侵略に対する抑止目的で核を必要としているのか? 是か否か。 

 たしかに核兵器は信頼できる抑止力である。しかし、答えは「否」である。抑止が北朝鮮の水爆実験の目的ではない。核実験をした理由はオバマ政権が目をさますことにある。これがすべだ。最高指導者キム=ジョンウンは、直接交渉をさけることが高くつくことをアメリカに理解させようとしている。

 不幸なことに、ワシントンはこれを聞いていない。彼らは北を地域の安全保障に対する脅威とみている。そして追加制裁と孤立が最大の対策だと判断した。オバマ政権は、あらゆることが支配下におかれいると判断している。なぜ脅し透かしをしているかを考えたり、柔軟な対応や譲歩する必要はないと判断している。事実、オバマは、核兵器開発計画を全面的に放棄し、すべての核施設の査察受け入れに同意しない限り、北との交渉を拒絶している。これは朝鮮人民共和国にとってはなんの役にもたたない。彼らにとって核は「切り札」であり、長く続くアメリカとの交戦を終わりにするただひとつのチャンスなのである。

 もし今回の「水爆」事件を朝鮮戦争の歴史と切り離してみれば、北朝鮮を「悪いやつ」とみなすという歪んだ見方が可能だろう。しかしちがう。実際は、世界がこうした問題に直面している理由はアメリカの過去における冒険主義にある。ISISがイラク戦争の残り火から発生したように、朝鮮半島における核増殖は米国の50年代における外交が失敗した結果なのだ。


 米が関与した朝鮮戦争は最終和平に達していない。つまり本当は戦争は終わっていない。1953年7月27日に休戦合意がなされた。そして2つに分断された。この分断の原因は米がいまだに15の基地と28000人の軍隊を南朝鮮に持ち、国全体を粉々にするだけの到達可能なミサイル持っていることにある。南朝鮮の米軍の存在が、完全にワシントンの問題ではないにもかかわらず、統一を決定的に阻害し、戦争の最終的な決着をできなくしている。結論として、大砲が発射をやめたとしても、アメリカの軍事占領を大きな理由として戦争は続いている。

北朝鮮とアメリカの関係が正常化され、唯一のてこである兵器開発をやめさせることが、
ワシントンが対話をせずしてどうしてできるのか。オリーブの枝をのばす関係をつくる(和平の機運をつくる)方法であれば、かれらもワシントンの要求に向かうだろう。しかし、アメリカが、傀儡政権に置きかえ、資本主義者と仲間たちの暗黒郷づくりをやろうとする限り、うまくいくはずがない。

 これはアメリカの介入がつねに引き起こしてきたことではないだろうか。これは和解ではない、自殺である。

 もうひとつは、ピョンヤンの指導者はアメリカが力で反応することを知っている。だから核を放棄しないのである。

 シリア、リビア、イラク、ニカラグア、エルサルバドル、ベトナムなどアメリカの何十年にもわたる血の海の経歴を前にすれば、朝鮮戦争があったことなどなんの意味もない。アメリカは隠し、とっくに忘れている。しかし南北朝鮮のひとたちは、朝鮮戦争で何が起きたか、戦争がどうやって終わったかを知っている。

 VOXの記事を引用しよう。

 50年代初頭、朝鮮戦争で、アメリカは北朝鮮に対して、第二次大戦で太平洋の戦場で使ったより多い爆弾をおとした。32000トンのナパーム弾を含む。戦闘員だけでなく、しばしば市民を故意に狙った。戦闘行為の必要性を超えて国土を破壊した。都市という都市は完全に破壊され、何千もの罪のない市民が殺され、多くが家を失い、飢えた・・・

 ジャーナリストブレイン=ハーデンによれば・・・

「戦争の3年間で、われわれは人口の20%を殺した」と戦略空軍司令官のカーチス=ルメイ諸7雨軍は1984年の空軍の記録で証言している。戦争の協力者で後の国務長官ディーン=ラスクは、「アメリカは北朝鮮の動くものはなんでも爆撃した。建物という建物を次々に攻撃した」と証言した。戦争の最終段階になって都市部の目標がなくなると、アメリカの爆撃機はダムや灌漑施設を破壊して、農地や穀物を水没させた。

 1951年1月に北朝鮮の外務大臣が国連に送った緊急電・・

 〈1月3日10時半、空の要塞82機がピョンヤンにきて、何百トンもの爆弾と可燃物質を市全体に落とした。時間差で爆発する高性能爆弾が一日中炸裂し、市民は外にでることができなかった。市はまる2日、火につつまれた。2日目には7812の家が焼け落ちた。アメリカ人は、ピョンヤンには軍事目標が残されていなかったことをよく認識していた。

 粉々になって殺されたり、生きたまま焼かれたり、煙で窒息したりして、数えきれない人が死んだ。戦争前は50万人いたピョンヤンの人口が、5万人ほどになった。

(“Americans have forgotten what we did to North Korea“, Vox World)

 戦争に勝てないと判断しときから、アメリカは「不潔な共産主義者」に、全体に忘れない教訓を教えようと決心した。北をまるごとくすぶる瓦礫にかえ、人びとに対して何十年にもわたる飢えと貧困を宣告した。ワシントンが朝鮮戦争でやったこと、それは「皆殺しにしろ。(その後で)神に仕分けを任せろ」だった。

これが北が和平より核をつくる理由であり、ワシントンが、「勝利か全滅か」にのめっている理由である。

北朝鮮はワシントンに何を望んでいるのか。

北はつねに望んできたものを望んでいるのである。体制交代をさせようとするアメリカの政策をやめさせること、94年の合意によるアメリカの義務を尊重し、侵略禁止条約にサインすること。そしてつねになされているいやがらせや説教、干渉をやめること。これが北の望みのすべてである。過大な要求だろうか。

ジミー=カーターが2010年11月24日のワシントン・ポストで言っている。

 ピョンヤンはつねにメッセージを送っている。アメリカとの対話において、核開発をやめる合意をする用意がある。IAEAの査察にゆだね、53年の一時停戦を恒久的な平和協定に置き換える用意がある。不幸なもうひとつの道は、もっとも恐れていると彼らが訴えるものーー米が体制転覆をもとめて軍の支援による軍事攻撃をおこし、北がなんらかの対応をとることである。

(“North Korea’s consistent message to the U.S.”, President Jimmy Carter, Washington Post)

アメリカが合意の枠組みの義務を直視し、北朝鮮を将来攻撃しないことに同意すれば、こんにちの紛争を終えることができる。核兵器の廃絶が簡単だったことはないが、オバマがこうした道をとる可能性は低い。

 みなさん、こんにちは。

 選挙権が18歳に引き下げられ、学校での「政治教育」がしばしば話題になっています。

 先日も、埼玉県春日部市の中学校で、授業中に「しんぶん赤旗」を配ったのが問題だとして、上田清司知事が苦言を呈したとつたえられています。

 こうしたニュースに触れるたびに違和感を覚えるのですが、多様な意見をぶつけて議論するという自由な発想が皆無です。選挙権引き下げにともなって学校教育でなにより大切なのは、「政治的な自由」の確保ではないでしょうか。赤旗を配るのはおかしいという言動そのものがもはや政治的です。何も見せない聞かせないのも、「沈黙」という政治的態度です。

 上田知事の態度は、「赤旗を教師が配ることはよくない」というひとつの政治的方向を学校現場に押しつけているとも言えます。

 安倍政権が好きだろうが嫌いだろうが、自由に発言できる。安倍政権の好き嫌いによって不利益をこうむることがない。教師の役割に気をつける点があるとすれば、特定の考えの子どもを差別しない。その政治的自由を確保したうえで、徹底的に議論する。それこそが必要な教育だと私は思います。

 もちろん立場や考えのちがいを超えて議論するには批判精神が欠かせません。つまり教師の政治的自由も確保すると同時に、生徒が教師を批判をする自由もまた確保されるべきです。

 赤旗を配っただけで目くじらをたてるのでは、到底議論などなりたちません。赤旗を配ることがなぜだめなのか、赤旗やほかの記事類、自民党の機関紙でも公明党の機関紙でも、あわせて資料にしながら徹底的に議論をすればよいだけです。
 
 日本の教育、とくに義務教育は、逆に「ときの権力」、とくに自民党政治を批判するのはよくないことだという意識が底流にあるように思えてなりません。そしてその原因は、明治にはじまる徴兵令にいきつくのではないでしょうか。「官軍」を批判してはならない。賊軍は徹底的に弾圧せよーーというゲリラ狩りにつながるような暴力的・抑圧的な発想。
 
 戊辰戦争などの暴力によって権力を手にした勢力(薩摩・長州藩を中心とした武装勢力)が、まずなにより努めたのは諸般の武装解除であり、抵抗勢力の撲滅でした。新政府が徴兵令(1873年、明治6年)をだしたのも天下統一のためでした。そして義務教育も権力を守るための軍隊をつくるためにこそ創設されたのだと私は考えています。徴兵に反対して血税一揆といった激しい反対運動が起きていますが、このときに小学校も壊されています。明治政府がつくった「学校」というものが、多くの人にとってはいまわしいものに見えた証拠です。

 小学校中学校の運動会や朝礼で集団行動を指導している光景は、まるで少年兵の訓練のようだと思います。日本社会は、いまだ明治時代と本質的にさほど変わっていないのかもしれません。 
 
 『徴兵令』(大江志乃夫著、岩波新書)で勉強しています。
 

 日本の政治が迷走している原因をとくためには、「靖国神社」を理解することが必要ではないか。最近そう痛感しています。てはじめに『慰霊と招魂』(村上重良著、岩波新書)をよみはじめました。追って感想を書きたいとおもいますが、まず感じたのは「靖国神社」は「神社」なのだろうか、ということです。

 いわゆる官軍や天皇のために命を落とした兵士だけを祀り、それ以外の人間はどんなに悲惨な死に方をしようが相手にしない。この差別の発想は、日本の伝統的な神道とは異質です。「靖国神社」とは、神社というものの本来の神社とは別ものの新興宗教。むちゃくちゃな戦争の推進力になったという点では、カルトというべきかもしれません。


 すなわち「靖国神社教団」とでもいうのが正確ではないでしょうか。


 おいおい勉強したいと思います。 

 しんぶん赤旗にわかりやすい解説があったので転載します。


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戦前・戦中はどんな施設

 

戦争動員の精神的支柱

 

 靖国神社は、明治時代の1869年、新政府軍と旧幕府側との間で戦われた戊辰(ぼしん)戦争で戦死した軍人をまつるために創建された「東京招魂 (しょうこん)社」が前身です。79年に「靖国神社」へと改称。「別格官幣(かんぺい)社」という特別の社格を与えられ、国家神道の中心的神社と位置づけ られました。

 

 一般の神社とは異なり旧陸軍、海軍両省が管理する軍事的宗教施設でした。明治維新からアジア・太平洋戦争までの戦没者240万人余をまつっていますが、いずれも“天皇のため”にたたかって死んだ軍人・軍属だけです。

 

 このため、西南戦争(1877年)で天皇に背いた“賊軍”の西郷隆盛や捕虜となって病死した兵士、原子爆弾や空襲の民間犠牲者、旧「満洲」など外地で死んだ一般国民などはまつられていません。

 

 天皇制政府と軍部は、天皇への「忠義」を尽くして戦死し「靖国の英霊」になることを最大の美徳として宣伝。靖国神社を、侵略戦争に国民全体を動員するための精神的な支柱として持ち上げました。

 

 安倍首相は、「国に殉じた人に尊崇(そんすう)の念を示す」などと繰り返しています。しかし、靖国神社への合祀(ごうし)は、天皇のためにたた かって死んだかどうかにあり、死者を選別することに本質があります。また「英霊」としての合祀は、戦死者や遺族の意思に関わりなく行われます。戦争遂行や 侵略戦争美化の“道具”として人の死を利用することは、戦争犠牲者を冒とくするものではないでしょうか。

 
 1月5日、新宿で、安倍政権打倒をめざす野党の政治家らが一同に会し、集会を開いた。筆者は行くことができなかったが、安倍政権を選挙で倒すための重要な動きとして注目している。

 増税し、憲法を壊し、原発を動かしまくり、原発事故被害は放置同然にし、戦争に日本や世界を巻き込む。TPPで主権をうしなったも同然の状態になる。アメリカの言いなりになって、カネをしぼりとられ、武器を買わされ、戦場に駆り出される。このままの自公+補完勢力が国会を乗っ取った政治がつづけば、まちがいなくそう遠くない将来、日本はたいそうみじめな社会になってしまう。

「これではよくない」と、すこし考えればだれだってとわかるだろう。しかし、電車や街頭で人々の表情をうかがう限り、選挙に興味がある人がそんなに多いようにはみえない。「みえない」のは気のせいだけだと願いたいところだが、たとえば電車のなかで携帯電話でゲームに没頭している人の多さを前にすると、「本当に興味がないのかもしれない」と不安になってくる。

 不安だけどどうしたらいいかわからない。考えたくない。だからゲームをして別世界に逃避している。そんな心境なのかもしれない。
 
 もしそうであるならば、勇気をだして「不安の元」に向き合い、選挙で権利を行使してほしいと願う。現実逃避したところで、あるいは、ときの権力者に自分を同化させてみたところで、不安が消えるわけでもない。安倍政権を日本国民が支え続ける限り「地獄」は確実にやってくる。

 船長が船を暴走させかけているときに、不安だからとか、さららうのは怖いからと船員や乗客が部屋にこもってゲームにふけっていれば船は沈没してしまう。そして「船長をなぜみなで止めなかったのか。そんな程度の勇気もなかったのか」と言われることだろう。
 
 いまの日本社会に足りないのは「勇気」ではないだろうか。

 安倍政権の暴走を危惧するひとたちが結集して選挙で自公+自公補完勢力を破ろうという趣旨の市民運動「オールジャパン平和と共生」に、筆者は全面的に賛同しているが、5日に東京新宿で下記のもよおしがあることを知った。読者のみなさまも、可能なかたはぜひご参加くださるようお願いしたい。以下、オールジャパンのホームページに掲載された紹介文を転載する。

https://www.alljapan25.com/2016/01/02/%E5%B8%82%E6%B0%91%E9%80%A3%E5%90%88-1%E3%83%BB5%E6%96%B0%E6%98%A5%E5%A4%A7%E8%A1%97%E9%A0%AD%E5%AE%A3%E4%BC%9D%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%8F%82%E5%8A%A0%E3%82%92%E5%91%BC%E3%81%B3%E6%8E%9B%E3%81%91/

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市民連合 1・5新春大街頭宣伝への参加を呼びかけます

【オールジャパン平和と共生】は「安倍政治を許さない!」との立場から、2016年参院選に向けての野党共闘確立を呼びかけています。
この判断から、昨年12月に立ち上げられた「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合(略称:市民連合)」の活動への参加申し入れをしました。
市民連合では、年明けのアクション第1弾として、「1・5新春大街頭宣伝」を呼びかけており、【オールジャパン平和と共生】としても、広く行動への参加を呼びかけます。

アベにNO! 野党共闘へ 1・5新春大街頭宣伝

新春宣伝・2000万人統一署名行動にご参加ください

とき  2016年1月5日(火) 12時~13時30分
ところ 新宿駅西口
弁士  著名人/政党代表/市民連合有志(学者、SEALDs、ママの会など)

戦争法(安全保障法)廃止と立憲政治回復をめざす市民連合が結成されました。取り組みが広がっている「2000万人統一署名」を基礎に、2016年夏の参議院選挙での野党共闘の実現を求め、自民党による一強状態の打破をめざす市民運動です。
市民連合の最初の行動として、新春宣伝・署名行動に取り組みます。同じ思いをお持ちの多くの市民のみなさんのご参加をよびかけます。

 きょう12月29日午後、東京都中央区の勝どき橋付近で車両火災に遭遇した。イタリア製の高級車フェラーリで、後部のエンジン付近から燃えだしたようである。幸い大けがにはいたらなかった模様だが、人や家屋が密集している場所だったらと思うとぞっとする。






 大きな排気量の高級車の火災事故をよく耳にするような気がするが、気のせいか。
スギナミジャーナル からの転載です。(文章を一部推敲のうえ訂正しています)

「慰安婦」は「風俗店店員」だという田中ゆうたろう杉並区議の見識を問う
2015/12/26

「慰安婦」は現在の「風俗店女性店員」――田中ゆうたろう杉並区議が2014年1月に自身のブログで、戦時中の大日本帝国政府・軍・軍属が関与した「従軍慰安婦」について、的外れな表現をしていることが、読者からの指摘でわかった。

2014年1月21日付の記事で、米カリフォルニア州グレンデール市が市内に「慰安婦」像や碑を設置したことに関連して、田中議員は松浦芳子区議らとともに訪米し、同市に抗議文を渡したといったいきさつを、自身の考え方をまじえて報告している。

そこでこんなことを書いている。



公園内の「慰安婦」像と、そのそばに添えられた碑文も、実際にこの目で見て来ました。このブログをお読み下さっている全ての日本人に申し上げたいことは、ぜひ、皆様もその目で、この禍々しい像や碑の内容を確かめて来て頂きたいということです。百聞は一見に如かず、です。

「20万人以上の女性が日本軍によって拉致され、強制的に性奴隷にされた。私はその性奴隷だ」

全く根拠のない、捏造された虚偽の歴史が憚ることなく碑に刻まれ、着々と既成事実化されつつある現実を目の当たりにして、背筋に冷たいものが走るのは、私達11人の渡米議員団だけではないでしょう。

この公園に遊ぶ子供達は、このような発達段階を全く無視した有害情報に、幼くしてさらされることになります。これほど間違った性教育などないでしょう。子供達には、もっと心の温まるようなモニュメントを設置して頂きたいものです。

そもそも、日本軍が強制的に女性を拉致し慰安婦とした事実など、存在しません。また「慰安婦」を「性奴隷」と訳すことも明確な誤りです。「慰安婦」は、強いて今の言葉で言うならば、「風俗店女性店員」に当たると言えるでしょう。

http://blog.tanakayutaro.net/article/85680493.html



「慰安婦」と日本軍、軍閥の関与については、吉見義明氏の研究でつまびらかにされている。たとえば『従軍慰安婦資料集』(大月書店)に数々の証拠が紹介されている。

被害者の数がどうであるとか、「強制」の程度や具体的な方法がどうだったか、といった手口の細部については、研究・議論の余地はたくさんあるだろう。だ が、歴史の大きな事実として、国家権力の発動のもとで軍事侵略がなされ、それにともなって大規模な性暴力と奴隷扱いが行われたことは動かしようがない。

「慰安婦」というのが「慰安」される側の表現だとすれば、逆に本人の意に反して「慰安」を強いられる側に立てば「性奴隷」と表現することは当然だろう。性 奴隷という言い方がしごく自然で適格であると私は思う。もちろん、風俗店女性店員であろうとも、奴隷的な扱いを受けている例もあるだろう。それも「性奴 隷」と言い得る。

田中区議の主張は、なにがなんでも日本軍の犯罪性を否定し、正当化しようと無理をしているようにみえる。大日本帝国政府による侵略の事実と敗戦、その結果 としての現在のアメリカによる軍事・経済・政治支配という厳しい現実を前にして、それを直視し、受け入れる勇気がないのかもしれない。

グレンデール市の「慰安婦」像撤去をもとめる裁判は、却下となって早々に決着した。性奴隷じゃない風俗店店員なのだ、と田中氏がかの地で言ったかどうかは知らないが、彼を選出した杉並区民として私は恥ずかしいを思いにかられる。

問題は議員に選んだ側にある。