参院選がちかづいている。安倍自公政権が多数の議席を維持する結果になれば、緊急事態条項なる憲法停止条項が創設される可能性がきわめて高い。戒厳令なり、夜間外出禁止令なり、かつて軍政を敷いた韓国やビルマ、中南米諸国のような暗く暴力的な社会が出現すると筆者は想像している。
自衛隊出身の宇都たかし参議院議員も比例区で選挙にのぞむとみられる。2007年7月に佐藤正久1等陸佐が自衛隊をやめて出馬して当選したが、宇都氏はその3年後にまったく佐藤氏と同じ選挙態勢で選挙をやり、当選した。佐藤氏と宇都氏の票田は自衛隊自身とOB、旧陸軍の将校団体「偕行社」や軍事産業である。
2013年7月の参院選は佐藤氏の改選だった。当時防衛大臣政務官だった佐藤氏は、第一声を防衛省の玄関前でやり、自分の職場である防衛省にむかって 「私は防衛大臣政務官の佐藤正久です」と名乗りながらこう叫んだ。
「自衛隊にとってもっとも大事なのは意地と誇りです。・・・一番日本の根幹中の根幹、憲法。この憲法を取り戻して、しっかりと自衛隊が、まさに将来の責任をしっかりはたせるようにする。誇りをもって結果を出せ
る。そういう自衛隊を、しっかりと軍隊として、身分と処遇も、そして誇りの持てる、そういうあたり前の国にしなきゃいけない…」
自衛隊の服務の宣誓には「日本国憲法を遵守」することがうたわれている。その憲法を「取り戻す」のだと、防衛省の最高幹部の立場にありながら部下によびかける。まっとうな民主社会であればとっくにクビがとんでいるだろう。クーデターの呼びかけといってもよい。
しかし当時の日本ではなにもおこらなかった。平和ボケとはこういう社会の様子をいうべきであろう。
ともあれ、以来筆者は、佐藤氏が言った「自衛隊の意地と誇り」とは何なのか、考えている。
日本を支配しているのがワシントンであることが日に日に目に見えてきたように思う。国民も国会もよくわからないうちに米軍と自衛隊が勝手に訓練をやっている。
つまり自衛隊が担おうとしている役目というのは、アメリカの指示にしたがって日本を支配するため、あるは地球を支配するための暴力装置―つまり番犬役ということではないだろうか。
憲法を壊すことと自衛隊の完全番犬化をアメリカの支配層自身が望んでいるとおもわれる。
佐藤氏の言動をみれば、従来よりより積極的にアメリカの「番犬」をめざしているようにみえる。アメリカの意向に沿っている。
しかしフに落ちないのは「意地と誇り」という考えである。自衛隊の番犬化をくいとめてきたのが、大日本帝国政府と陸海軍を暴力的に壊滅させたアメリカ自身の影響によってつくられたいまの憲法だ。犬扱いされてたまるか、と意地を見せるのならまだわかるのだが、佐藤氏は「自衛隊の意地と誇り」のためにこそ憲法を変えるべきだという。番犬になる道こそが自衛隊の意地と誇りであり、それこそが自衛隊にとってももっとも大事なものだ。そういっていることになる。
奇妙というほかない。アメリカに褒めてもらうことに誇りを感じているのだろうか。
しかし一方で、佐藤氏も佐藤氏のボスである安倍首相とその家来たちも、どうやら日本が敗戦した事実を認めたくなさそうである。戦争に負けたから自衛隊はアメリカの番犬にさせられようとしているのだが、番犬化の起点である敗戦はごちゃごちゃと否定する。それでいながら、日本国憲法という番犬を避ける格好の口実がありながら、あえて番犬の道をめざし、そこに自衛隊の「意地と誇り」を見いだそうとする。
うーん、いまひとつよくわかりません。もう少し考えていきたいと思います。