言っておくが、足に魚の目ができたわけでもなければ、それらしい物体を身にまとっているわけでもない。
綺麗なものと出会った瞬間、誰かとそれをわかち合えることがなによりの幸せなのだと思う。こぼれ落ちる涙の理由なんて説明する必要だってないのだから。
こだわりすぎるのが私の悪い癖だ。なにかと理由をつけて側に置いておく(これが捨てられず物が増えていく、ということに繋がるのだろう)のに慣れてしまった結果。きっかけがないとなかなか整理もする気になれないものである。
思い出や形に残しておきたい写真にしてもいえることだが、どうやら私は"浸る"という行為(と呼ぶのかは疑問ではあるが)が好きらしい。過去のことに限らず、例えば忙しさに追われている今日だったり、スケジュール帳に書かれた予定をこなしている明日でも同じことだ。
いま、やらなきゃいけないことはなんなのか。布団の上でうなされていた日々にとりあえず手をふって、いま、本当に考えなければいけないことはなんなのか。
涙について、これじゃあ毎回理由がないみたいで納得いかない。どちらかといえば理論的な私(あまり感情的になることはない)には、考えることをやめないことが解決策への近道なのかな。
そういえば私は小さい頃から近道するのが好きだったな。