音楽との出会い、と言い換えても良いですね。
ある人にとっては、幼少期に無理やり通わされた、英才教育のクラシックの楽器教室かもしれません。
私は、自分にしっくりくる楽器との出会いは、中学校入学の時に、ギター(本当に程度の悪いクラシックギター)を弾き始めた事。
そしてそのギターに、知識も無かったので鉄弦を張って、壊してしまったのでした。
そうしてしまっても、惜しくない程度の物でした。何せギターのボディが木目ではなく白ペンキで塗装されていたんですから。
ただし、そのギターで一年間、クラシックギターの基礎を熱心に練習したのは、今も財産です。
曲がりなりにも楽譜が読めるし、TABも読めるのは、その時に努力した成果ですから。
そして、その後はまず父親に当時の中学生には良すぎるフォークギターを買ってもらいました。
ここで私のフォーク音楽への傾倒が始まります。
もしもエレキギターだったら、かなり違った道に進んだんだろうな、と思う次第です。
なお、きちんとしたクラシックギターとはこういう物です。
まずは、各種の民族楽器のお話しをします。
和楽器が、難物なんです。
流派ごとに少しずつ違いがあるので、説明ごとに「※諸説あります」と書かねばならない。
もしくは「※流派により、違いがあります。ご了承ください」ですね。
「一説に」とか「らしい」「よくわかってない」と書いて紹介していくことになります。
「楽器への招待」(柴田南雄さん著)という、私にとっての名著にも、そういう意味の事が出ていました。
それが生ぬるいと感じる愛好家の方から「それはわれわれの地方で・・・」というご意見を頂くとか。
この本、今でも手に入るんだろうか?と思ってAmazonで検索したら、中古で安く売っていました。
洋の東西を問わず、片っ端から楽器を写真入りで紹介して下さっています。
リュートがあるかと思うと、能管があり、バグパイプはあるし、ヴィーナ(インドの楽器)もある。
シンセサイザーも、本当に波形を合成する物が紹介してある親切さ。
私はたくさん弦がある楽器が好きなのでツィターの画像を見ては、欲しいなぁ、と思うのです。
気分はデビッド・リンドレイなんですかね、私?
お琴の仲間として筝(そう)が紹介してあり、これが「八十弦筝」というシロモノの写真。
作者すら、弾きこなせず焼失して復元品が現存するのみ、という楽器です。
参考までに、三十弦筝と八十弦筝の画像を見つけたので掲載します。

私が弾いて楽しんでいる、アパラチアン・ダルシマーやオートハープは、現物を見せて説明するしかない。
アメリカ民謡では、結構一般的なんだけどなぁ。
そういうのは、いずれYouTubeにアップする動画で紹介するかな、とも思います。
でもまぁ、アパラチアン・ハープ(オートハープ)は画像をお見せしておきます。

オートハープ、というのはこの楽器でございます。
ハイ、お気づきですね?これ、前に掲載した筝の左右反転状態に良く似ているんです。
こちらは、大まかに言って、一部を除き半音ずつずらして低音から高音に弦を張ってあります。
和音に不必要な音を石綿で消音して、歌の伴奏とか他の楽器と合奏します。
音程さえ合わせれば、習得は「しっかり消音」して「きちんと弦をはじく」だけ。
元々はイギリスからアメリカへ移民した人たちが讃美歌を歌う伴奏などに使用した様です。
きちんと弦をチューニングして、ピックでリズムを刻む楽器。
胸に抱えて弾く場合と、イスに座ってヒザに乗せて弾く場合がある様です。
かなり技巧を凝らした演奏もありますが、私はそこまではできません。
さて、アパラチアン・ダルシマーについては、また折を見て書くつもりです。
ハンマー・ダルシマーも好きなんだけど、と書くと、キリがないですね。
何かを身に付けるにしても、仕事をするにしても、思いっきり迷惑なのが「時間吸い」の皆様です。
「タイムヴァンパイア」と、ビジネス用語では言うらしい。
要するに、仕事に集中している時や、自分の次の用事の準備の時に、割り込んで、時間を食い潰す、困った人。
私の場合は、残念な事に母親がそれをしていた。
(現在、母親は年齢から来る衰えのため、療養施設にいるので、状況は緩和されています)
母親は、頻繁に私に声をかけ、「スマホに娘(私の姉)から、何かきているらしい」(実は何もない)とか、
何でもない事で気分を害したらしく「ちょっとこっちへ来なさい」と呼ばれ、本当にちょっとならまだしも・・・
ほぼ丸一日、繰り言を言って、私の時間を食い潰した事も頻繁にありました。
これでは、ビジネス関連の学習書籍も読めないし、楽器の練習も難しくなってしまう。
コミックとか、雑誌の類は、脳の使い方が違う(悩まずにすっとばせる)のだけど、今の私に必要かというと違う。
ビジネスの学習と実践、それに必要な技術の習得、楽器の練習、こういった事は、邪魔が入ると停滞する。

そう言えば、母親が療養施設に入る時のお金のやりくりとか、手続きを私と妻の二人でしたっけ。
その後、手続き疲れとそれまでの母親への対応の疲れで、寝込んだっぽい状態になりました。
それも落ち着いて、自分の事をしています。
継続してブログを書いたり、多重録音をしてYouTubeにアップしたり。
「時間吸い」が会社の上司なら、退職すりゃ良いんだが、母親を放り出す訳には行かない。
このあたり、弟のいない長男のツラい所だなぁ。
そして、今日も振替休日ではあるけれど、仕事をしていたのです。
途中で「スマホに娘から・・・」などという邪魔が入らないから、課題をやりきりました。
音楽を作るのが好きな人が、地方在住だとどういう事になるか?
私もそのうちの一人なんだけど、アコースティックギターだけで技巧を凝らして弾いても、しっくり来なかった。
そうすると、アコースティックギターで主にリズムを弾き、エレキギターでメロディーを弾いたりし始めます。
同じ「ギター」と言っても、この二つの弾き方の傾向はかなり違う。
ましてや、私はカントリー、ブルーグラスが好きだから、ギターとバンジョーを覚えて多重録音をしちゃう。
バンドを組む人もいるだろうと思うけれど、私の場合は売れ筋のポップスではないから仕方ない。

こういう風に、ギターとバンジョーを重ね録りした音作りで何か作ってみたり、苦手ながらフィドルを弾いたり。
例えば「東京節」を一人で演奏し、コーラスしてYouTubeにアップしちゃったりする。
ギター一本の弾き語りもするけれど、もうちょい音を足したいとか、思う時もあるから。
クラシックやジャズだとヴァイオリン、カントリーやブルーグラスだと、同じ楽器をフィドルと呼んだりします。
奏法や演奏者の習得過程による違いだと大まかに思ったら、だいたい合っているでしょう。
もっとも、最近ではフィドル奏者(フィドラー)にも英才教育を受け、音大出身の方もいらっしゃいます。
クラシックだとハイフェッツさん、ジャズだとステファン・グラッペリさんが有名なヴァイオリニスト。
カントリー、ブルーグラスなら、アメリカ人だと、ヴァッサー・クレメンツさん、マーク・オコーナーさん。
日本人では、宮城久彌さんがステキなフィドラーでしょう。
私も安物のヴァイオリンを所有しているのですが、メソッドに添った教室に通っていません。
好きな音楽はブルーグラス、カントリーなので、私はフィドラー、フィドル弾きになります。
完全に独学でヴァイオリンをフィドルとして弾く事を覚えたので、最初に音が出るまで苦労しました。
YouTubeでヴァイオリン教室をしている方もいらっしゃいません。インターネットがない時代でした。
葉加瀬太郎さんがYouTubeで、全くの初心者さんにヴァイオリンを教え始める動画は役立ちました。
何がって、楽器を肩に保持するのが困難で、教室に通うと楽器の保持と弓の動作を叩き込まれるそうです。
その間、楽器から音を出す事は禁止の事も多いという話もあります。
肩で楽器を保持するための補助の道具「カターテ」の存在を、葉加瀬太郎さんの動画で初めて知りました。

これが「肩当て」です。「カターテ」と外国語の様に発音するのは、葉加瀬太郎さんのジョーク。
ご覧の通り、ヴァイオリン本体を挟んで保持しやすくする道具です。
早速購入しています。こういうグッズ(?)の存在や、特殊奏法は、独学だとわからないんですよね。
ギターをそれなりに身につけて、弾き語りとか演奏が出来ると、音のバリエーションが欲しくなります。
デビッド・リンドレイさんは、弦をはじく楽器の共通性に気づいて、各種の楽器をマスター。
カントリーやブルーグラス系の演奏者、歌手にはそういう人が多いですね。
バンドで、ギターを弾いて主旋律を歌っていた人が次の曲ではバンジョーを弾きつつコーラスに切り替えたり。
そういえば、ニール・ヤングさんも、最初はウクレレを覚え次にギターを覚えたそうです。
この2つの楽器は、お互いに持ち替えしやすい関係にありますね。
ウクレレのチューニングから、1~4弦のうち、4弦を1オクターブ下げたらどうなるか?
ギターのレギュラーチューニングで、五フレットにカポタストをつけた時の1~4弦と同じになるんですよね。
では、そこからは?
五弦バンジョーのオープンGチューニングは、ギターの1~4弦の内、1弦の音をミからレに下げた状態に、ドローンと呼ばれる高いソの音の弦を加えているので、ギターが弾けたらそれなりにバンジョーも楽しめる様になります。
(ギターと同じ、弦が6本のバンジョーもあるので、そちらをギターのチューニングで使う方法もあります)
さらに・・・ここまで指を鍛えたら(?)マンドリンに挑戦する事もできます。
マンドリンが弾けたら、マンドリンと同じチューニングのヴァイオリン(カントリーではフィドルと呼びます)はどうでしょう。
(ここでついに、撥弦楽器から、擦弦楽器へ、エイヤァ!と弦から音を出す方式が切り替わります)
こんな流れで、一応私は、ギターが主体で、バンジョー、ウクレレ、フィドル、マンドリン、エレキベースなどを弾く人になりました。
なお、ベースはギターの3弦~6弦からオクターブ低いチューニングなのでギターからの持ち替えも可能です。
つまり・・・打ち合わせが面倒だし、やりたい曲がバンドを組むと却下されるので、一人で工夫している内に、各種楽器が自然と身に付いたという事みたいです。
各々の楽器の特徴的な奏法は弾いて楽しめる様になってから、ゆっくり覚えれば良いと思います。
持ち替えているうちに「あ、これが自分の生涯楽しめる楽器だ」という事もあるだろうな~、だし。
べっ、べつに、一緒に音楽をしてくれる友達が少ないワケじゃないんだからねっ!
複数の楽器に手を出すと、どうなるか?という、お手本は・・・自分にしておきます(笑)
https://www.youtube.com/user/YasuhideFukuda/
アコースティックギター、アコギを弾くにあたって・・・
例えば、クラシックピアノだと幼少の頃から英才教育をして、初見で演奏出来て、何回か弾いたら楽譜を記憶。
つまり暗譜してから、演奏の表現を高める事が求められるんだとおもいます。
楽譜を前に置いて、というスタイルの方もいらっしゃいますから、それはその演奏者のあり方なんでしょう。
このあたり、アコースティックギター、フォークギターはどうなのか?
楽譜は読めないよりも、それなりに読めた方が望ましいだろうと思います。
弾き語りの伴奏にしても、曲のメロディーの楽譜とコード(和音)の楽譜、手がかりが読めたら得ですね。
TAB譜も読めないより読めた方が助かります。
ただし、これらの条件を満たすまで待つ必要は無く、コード1つで最後まで歌いきれる曲もあります。
本当にこれからギターを始める方は、そこから入るのが良いでしょう。

そして、ライブハウスに出ていた頃に、オーナーさんに、歌い手のみんなが言われた大切な事は、これ。
「楽譜(歌詞カード)に向かって歌うんじゃなくて、お客さん、聴き手の皆さんに向かって歌うんだよ」
全て暗譜するのは、オーケストラの指揮者、演奏者も楽譜を見ている事からも、要求しなくていいですね。
確認用に脇の譜面立てに楽譜や歌詞カードを置き、きちんとお客様に向けて心をこめて歌い演奏する、という事でしょう。
自分が初めて楽器を練習したのは、幼稚園のオルガン教室でした。
「足踏み式のリードオルガン」で、右手で必死でメロディーを弾き、左手は和音を分散してリズムを出していました。
今、考えると、あれは「アルベルティ・バス」という奏法だったんじゃないかな?
ド・ミ・ソ、の和音だったら、「ドソミソドソミソ」と弾き、その近くの位置でソ・シ・レの和音だったら「シソレソシソレソ」、と弾く。
ファ・ラ・ドなら「ドラファラドラファラ」、これで「四分の四拍子」と弾けば、これでハ長調の基本の3和音で伴奏出来る。
では、それが自分と音楽の出会いなのか、というと、あまりそんな気がしないんですよね~
実感として音楽と出会ったのは中学校に入ってギターを弾き始めた時じゃないかな。
最初の一年間はクラシックギターの基本を地道に練習しながら、自分で歌いたいなら、コードネームを参考に弾き語り。
だいたい、この辺でフォークソング(そういう時代でした)を楽しみつつ、音楽と出会ってそのまま連れ添っている感じです。
1970年代の半ばちょいあたりですね。

ここで、何でそうなったのか、ブルーグラス音楽(アコースティック楽器でのカントリー音楽)を好きになりました。
改めて考えると、父親がウエスタン映画のファンだったのが理由だった気がします。
最初のきちんとしたフォークギターを父親が買ってくれました。
その後、アルバイトをして、少し値段が上のフォークギターを買った時の事。
父親がしみじみと「お前、ギターはあるんだから、なんでバンジョーを買わなかったんだ?」と言いました。
今にしてみれば、ギターとバンジョーで、父と息子で演奏したかったのかな、と思います。
この頃に好きだったのはフォークギターの名手で、歌に味があるドク・ワトソンさんです。
父親がギターをそれなりに弾ける人だったのは驚きでした。
特に父親が好きだった曲は映画「怒りの葡萄」(原作はジョン・スタインベック)のテーマ曲だった様です。
私がギターを弾いていると「一緒に弾こう」と声をかけて来て「怒りの葡萄」のテーマ曲を弾き始める事が多かったなぁ。
曲名は日本語では「谷間の灯」などと記述されますが、アメリカ民謡の「Red River Valley」(赤い河の谷間)の事です。
今、自分が好きな音楽が、父親が好きだった曲とよく似ている事を考えると、結構、感慨深いですね。

