中学校の頃からギターを弾き始め、弾き語りをし始めた。
なぜか「自分で歌う歌は自分で作らなきゃ」と思ってもいた。
今から考えたら、つたない物だったり、お粗末な出来だと思う。
そして今作って歌っている歌を後になって聴くと、似たように思うだろうな。
小学校の頃から我が家にあった文学全集を読んだりしてはいた。
そして詩らしきものを書いた時、机の上に置いていた。
それを読んだ親父から、
「その詩にそっくりな詩を、ワシは読んだことがある、盗作だ」
と、思い切り叱られたのですよ。
当時は父親が言うんだから(泣きながらだろうな)破り捨てたろうと思う。
今思うと、これは息子の感受性を摘み取る最悪のやり方なんだよね。
いきなり小学生に、感受性豊かな、オリジナリティ溢れる詩はかけまい。
書けたらそれこそ天才だ。模倣から始めるでしょ、何だって。
どこかで見た詩が頭に残っていて、書いてしまったかもしれない。
それは否定しないが、小学生・中学生に求めるにはハードルが高すぎる。
アンタだって、詩人や小説家で成功してないじゃん、親父よぉ。
同じ事は、学校でもあった。
国語の授業で詩を書く課題があり、自分なりに何とか書いた。
その時、私の詩を黒板に全部書き、一行ごとにケナシまくった教師。
今でも大嫌いで無関係でいたいが、その教師、名前は河村という輩だ。
再会したら、何発もハンマーで、くたばるまでぶん殴りたい。
可能性を伸ばすのではなく「お前はダメだとケナすバカ野郎」である。
死んでよし!
何だか教師運が悪いなぁ。高校から大学に入るとき、志望したのが国立大学工学部。
その高校の物理の教師も私に「どーせ無理。落ちるつもりで受けてみるか」だった。
ところが、ちゃんと二次試験に物理と数学を選択して、浪人せずに合格。
「教師はアテにならん。自分で勉強。だったらこうしてみたら」で勉強した結果だ。
その物理の教師、星出と言う名前だったが、そいつに合格を教えに行った。
「二次試験、物理と数学で合格しました」
星出のヤロウが狼狽して「そ、そうか。そりゃ良かった、あ、あははは」と。
きっと彼の教育理念が揺らいだんだろうね。ザマア!
「どーせ無理」で放り出して無責任になるのではなく、
「君にあった勉強法を一緒に考えよう。だったらこうしてみたら」
を考えるのが給料もらってるテメエらの仕事だろーが。
月謝返せ、ドロボー!ってなもんよ。
という風に私は私を潰す事を画策する連中には無関心になり、
ちゃぁんと国立大学工学部電気工学科を卒業しているし、
シンガーソングライターや文章書きをナリワイの一部としている。
能力を見抜けなかった連中なぞ、どうなっていても知らない。
ただただ、関わり合いにならず「無関心」で通すだけである。
おっと、教師運は最悪だったが、それを補って、師匠の運はとても良い。
私が師匠と呼ぶのは亡くなられた、田代ともやさんだけである。