『アラバマ物語』 | 銀幕と緑のピッチとインクの匂い

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映画は洋画、それも古い映画が大好き。本は外国文学。ドラマは洋物。サッカーは海外チームと代表の応援、という思いっきり偏った嗜好で、天の邪鬼に感想を語ります。但し、脱線話題多し。

アラバマ物語 [Blu-ray]/ジェネオン・ユニバーサル

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TO KILL A MOCKINGBIRD
1962年アメリカ映画 ユニバーサル 白黒 129分
監督 ロバート・マリガン
出演 グレゴリー・ペック メアリー・バダム フィリップ・アルフォード ジョン・メグナ ブロック・ピータース ロバート・デュバル フランク・オーヴァートン ローズマリー・マーフィー ポール・フィックス コリン・ウィルコックス


 1932年、大恐慌時代のアメリカ南部の小さな町。弁護士の父アティカス・フィンチと暮らすジェムとスカウトの兄妹の関心事はもっぱら近所の危ない男ブーのこと。家に閉じこもり顔を見たこともないブーに対する恐怖と関心は深まるばかり。2人ののんびりした夏休みをよそに町では事件が持ち上がっていた。黒人のトムが白人女性に暴行した容疑で逮捕されたのだ。地方検事から依頼を受けたアティカスはトムの弁護を引き受ける・・・。
 

 ハーパー・リーのピューリッツァー賞を受賞した自伝的小説の映画化です。時代は1930年代。南部の小さな町も大恐慌で苦しい生活を強いられています。特に農民の暮らしはかなり苦しい。そんな中で弁護士の父を持つジェムとスカウトは幼くして母親を亡くした悲しさは別にすれば、父の愛に包まれて穏やかで楽しい暮らしを送っていました。夏休みに伯母さんの家に遊びに来たディルと連んで近所のブーの家に恐ろしさ半分で偵察に出かける日々。でも、町では大きな事件が起こっていたのでした。

 偏見の根強い南部の町。そこで起きた黒人男性による白人女性への暴行事件。アティカスは被告トムの弁護を引き受けますが、黒人びいきだと早速非難を浴びます。その火の粉は子供達にも降りかかります。しかし、アティカスは信念を曲げません。決して声高に叫ぶことなく、淡々と子供だからと端折ったりせずに真実を伝えます。子供たちにも真実を見る目を養って欲しいから。

 牢屋に収監されているトムを襲いに町の人たちが集まってきたとき、アティカスはたった一人で牢屋の前で番をしています。これは西部劇に良くある展開。今までずっと知り合いだったはずの町の男達は、トムを引き渡せと脅す。でも応じないアティカス。ここで西部劇だったら、保安官がライフルを構えて応じるところなんですが、アティカスの場合は家から持ち出したランプに本を持っているという出で立ち。あくまで非暴力を貫く彼の姿勢が現れています。それでいて、アティカスは実は銃の名手だったという伏線もあるところが憎いですね。

 正義感の塊で信念を曲げないインテリの弁護士(ついでにハンサムで)。まさにアメリカの理想です。グレゴリー・ペックはこの役でアカデミー賞主演男優賞やゴールデングローブ賞などを受賞しました。これは彼にとってはむしろ地のままというのが近いかもしれない役。インテリだけれど決して器用なタイプではない。弁護士だけあって弁舌は立つけれどおしゃべりなタイプじゃない。ちょっとスーツがよれていたりもするけれど、すっくと立つとやっぱり格好良い。弁護士の使命に燃えている一方で、家では心優しき父親。近所の老嬢にはお世辞さえ入った寛容の心を忘れない。まさしく理想の人物ですね。グレゴリーさんの背の高さも活きていて、法廷ですっくと立つときや、相手に失礼なことをされた時も無言で相手の前に立つだけで威圧感があります。ロマンスのかけらもないし、アクションもないけれど、これは本当に良い映画です。グレゴリーさんの代表作であることは間違いありません。

 この主人公アティカス・フィンチは、アメリカフィルム協会AFIが選ぶアメリカンヒーローNo.1に選ばれました。超能力を持つわけでもなく、腕っぷしが強いわけでもない、田舎のごく平凡な弁護士が、ヒーローNo.1というところに、アメリカも悪くないなと思ったものです。

 この映画はまずオープニングからして素晴らしいです。子供の宝物を映しだして、鼻歌混じりでお絵かきをしている様子。ここに代表される通り、話は全て子供の視点で描かれています。裁判さえも。この子役達が素晴らしいですね。お兄ちゃん役のフィリップ・アルフォード。父の知らなかった面に触れて、どんどん父を尊敬していくようになる様が手に取るようにわかります。

 妹のスカウト役のメアリー・バダムはけんかっ早い男勝りの女の子。言ってはいけないことも平気で言ってしまう。子供ならではの残酷さも浮き彫りにしています。メアリー・バダムはこの映画で若干9歳でアカデミー助演女優賞にノミネートされたのでした。彼女のお兄さんは映画監督のジョン・バダムだそうです。それから、2人の遊び友達のディルは、トルーマン・カポーティをモデルにしているのだそう。やはり子供の頃、メイカムの伯母さんの家に夏休みになると遊びに来ていたそうです。

 西部劇などの勇壮な曲のイメージが強いエルマー・バーンスタインの、何とも綺麗な音楽も心に残ります。有名になる前のロバート・デュバルにもご注目。

 子供達の遊びや生活の描写がベースになった映画とも言えます。近所の「怪物」伝説に対する恐怖と好奇心。夜の森の静けさと恐怖。宝物として集まっていく、懐中時計や綴り方優等賞のバッジ。小道具が凄く活きているんですよね。凄く重いテーマですが、一緒に描かれる子供時代の思い出には胸がキュンとなる・・・とてもとても素晴らしい映画です。

 あらゆる時代の、世界の映画史を振り返っても、是非見て頂きたい一本です。

 
 トレイラーです。





 素晴らしいオープニングです。