今までになく。至って普通に寝ていた。そして普通に夢を見た。
これまで、あまりにもいろいろな事が突然起こりすぎておまけにおかしな夢まで見ていて熟睡したカンジが無かった。きっと自分の限界の域にまで達したのだろう。
体はそんな時素直に反応する。ぐっすり寝て起きると妙にすがすがしい気分である。
夢はというと、普通に昔の夢を見たのだった。みんなで釣りをしている夢だった。
そして週末はあっけなく訪れた。明日からは仕事に戻らなければナラナイ。
今晩がラストチャンスか。駐車場に行き、車をチェックする。
ボンネットを開けたり、クラッチを踏んでシフトチェックしたりオイルゲージを見る。空気圧は?ブレーキパットは?ベルトは?ついこないだ替えたばっかりだし、まだそんなに乗ってないから特に見ることも無く大丈夫なのだが、緊張してゆく心を落ち着かせるのにどうしてもついついそういう行動をとってしまう。
そして後で取り付けた、赤い大きなボタンを眺める。最後はこいつが頼みだ。すると…
きゅぅぅん…高回転のエンジンとキャブ音、そしてボボボ…
という太いエグゾーストの音が遠くからやってきた。駐車場に真っ黒のブレードバードと同じく真っ黒のバトルスーツ姿が現れる。
「おっす。」
メットのバイザーを上げると挨拶を交わしてきた。いつになく鋭い眼光。トモやんの到着。
遅れてバリバリ直管全開のドドドドド…という地鳴りのような音と共にアキトのハーレーも到着した。アキトも黒のライダースに黒のチャップス。センターライン入りのフランス製メットに
レイバンのティアドロップグラス。というイデタチでいつになく気合が入っていた。
日暮れにさしかかり、春先の陽気も薄れつつ、風も徐々に冷たくなってきた。
これから夜風がどんどん冷たくなる。まだそんな季節だ。
「んじゃ、とりあえず、行くか。」
車に乗りこむとイグニッションを回す。
キュキュキュ…グワァーン。3S-Gに火が入り、柿木のマフラーから声が上がる。プォーン。
3台の爆音が至って普通の郊外にある新興住宅地全体に響き渡る。
おりゃああ…
トモやんのブレードバードはいきなりウイリーを決めて走り出した。
アキトのハーレーもそれに続き爆音を吹かす。リアはモクモクと煙が上がる。
いつもなら近所迷惑だからやめろー!って怒る俺も今日は空ぶかしでレッド寸前まで回してクラッチつなぐとドギャギャギャー!!っとスキール音を立てホイールスピンさせて発進した。
向かうべき場所は川沿いの駅のそばにある例のクラブだ。
R246を60km/h、2000~3000rpmくらいでゆっくりと流すと風景がしっかりと見えこないだまでのかりかりしたキモチが幾分納まった。
若干緊張はしているが、それよりも前に二台のビックバイクと吊るんで走るのが楽しかった。トモやんは余裕のスピード域なので何度もウイリーをして楽しんでいる。アキトも手放しでタバコに火をつけて一服するという技をなんとも余裕な表情で決めこむ。246から川沿いの堤の路に入ると夕焼けに川原の光景がなんとも綺麗でこれからもしや大乱闘になるやもしれぬ事をすっかり忘れて思わず感嘆してしまった。川面に夕焼けが写りこんでいる。
雲はゆっくりと流れ、紺藍と橘黄色に染まる空はどこまでも続く。それにしても人間の心は本当に不思議なものである。怒りや憎悪に駆られながらも、仲間らとこうして走ったりして楽しんだり、川原の夕焼けを見て綺麗だなと思ったりしている。そしてこれからどうなるやら知れぬ不安も抱きつつ、車を冷静に運転する…
まるで相反する気持ちが同時に混在している。
昔、戦争に行っていた叔父サンはいったいどんなカンジだったのか?恐らくきっと俺らとまったく同じような感じだったんではないだろうか?今生きていたら、絶対戦争なんてしないで、女の子の話したり、こうやって車やバイクに跨り仲間とのんびり遊び、過していたんではないんだろうか?ふとそんな事も考えながら川沿いを走り続けた。
すべては時の流れで、すごす時間空間の違いなだけで、人の中身は違うものなのだろうか?
こないだ切符を切られた右折禁止の所は避け、上手く迂回して抜け、駅の方へ出てから、それぞれの車を駐車した。まだ時間は少し早い。また軽く店で待ち構える事にした。
戦の前の腹ごしらえ。腹が減ってはなんとやら…である。
3人はあまり腹いっぱいにしても何なので、とりあえずパスタを注文した。
酒も控え熱いコーヒーを啜る。
「こうしてよー。待ってて何もなかったら困っちゃうよなー」
アキトが口を開く。みんななんとなく重い空気が流れていて話しにくい状況であった。
「まあ、あれやろ。出てきたらそれとなく近づいてジンワリ責めるっちゅうふーにするしかないやん。なぁ。」
俺の顔を見ながらブツブツとトモやんは呟く。
「そんでよー。まじ黒だったらどーすんの?にーさん。」
アキトもこっちを向いてそう尋ねた。
「え?」
またもや詰まってしまう。どうしようか?
「ブッチャケ、ぶっ殺したいよ。でもよ…」
おれは少し考えて間を空けてから続けた。
「わかんねえ。どーするんだろう?俺実際わかんねえんだよ。まじで。駄目だと思いつつ
マジでやっちまうかもしれねえし。やらんかもしれん。でもこれだけ言えるのは…」
とその瞬間、
「おい。きたぞ!!」
アキトが小さく叫ぶ。
窓から向こうの道を黒いスカイマークが走り抜けて例のクラブ前に停車すると男が一人降りた。
「よし。今だ、行くぞ。」
話はどっかに消え、俺ら3人は大急ぎでお金を払い店を後にした。3人の靴音は繁華街の喧騒に紛れてかき消されていった。