恐怖というよりむしろなんだがほっとした気分だった。
家についてそう思った。
あれは俺に知らせたかったんだろうな。と思ったからだ。
きっとあそこで、あの場所でおばさんは事故に遭ったに違いない。そう確信した。
車の時も、原チャリの時も、スピードに気をつけるように注意していたんだろうなと。
そう思った。でなければ、確実にあの黒い猫を俺は轢いていて、しかも自分もなんらかの怪我をしていたに違いない。だがしかし、何を知らせたかったのかなあ、とも思った。
ほんとにそれだけなのかなあ?悩んでしまう。ふと思い立って、俺はまたその場所へ行ってみた。原チャリで5分ほどの距離である。
その牛乳ビンの花の前になんとなくおれはカバンからお守りを取り出してそこに置いた。
まわりをキョロキョロ見まわす。人通りはすごく少ない道だから人目を気にせずに手を合わせて、そそくさとまた家路に着いた。花なんて持ち合わせてないし、もちろん線香もない。
どーしていいのかわからなかったけど、これがいちばんいいかなあと思ってやった。
その日はもう何事も無かったかのように暮れて行った。
翌日出社すると、なんとなく自分の部署がザワメイテいた。なんだろう。
自分の席に着いてかばんを下ろすと後ろから先輩が声をかけて来た。
「あのさあ、中田君って同期だったっけ?」
「はい、そーですけど!?」
「なんか、事故で入院したらしいよ。昨日」
「えー!まじっすか、なんで!?どーして???」
「昨日、工場からの帰りに東名で事故ったんだって。」
嘘だろ…信じランねえ。なんとなく血の気が引いていくのが分かる。
「でね、ほら、いつもなら、新幹線でかえるでしょ。だけど、昨日はたまたま立会いで先輩が来ててその人が車だったから、家まで乗っけてもらおうと思って、乗って帰ったんだって。そしたら東名で玉突き事故に巻き込まれて大変だったらしいよ。」
「っで、あいつ大丈夫なんすか?」
俺も事故ったことがあるだけにそれがすごく気になる。どんぐらい怪我したのか?
「うん。まだ詳しくはよくわかんないけど、足を折ったらしいけど他は無事みたいだよ。
運転していた先輩はひどくてまだ精密検査してるようだし、腕と足とをドアに挟まれるようにして折ってしまっていて頭もぶつけてるって…」
「中田は足だけですか。先輩はやばいんすねえ。大丈夫かなあ。」
まじで心配になった。それにしても中田は足だけで助かって良かったなあと内心ほっとする。
あいつは昔学生んときにラグビーやってて、バカだけど頑丈だったもんなあと余計なことを考えてしまう。
仕事は早上がり、キメジメですぐさま先輩や他の同僚と一緒に病院にお見舞いに向かった。
病院はちょっと遠かったので面会時間がもうあまりない。
しかし、、受け付けの人も愛想悪いなあ。とおれは怒りがこみあげてきた。
部屋番号を聞きに行ったのだが、うちらの人数の多さにびっくりして面会できないなどといっていたのだ。たしかに病院に行くには多すぎる人数ではあった。しかし、これはあいつのキャラクターの賜物である。九州男児の気前の良さと人当たりのいい性格でみんなから好かれ、中田を慕う人は多い。
おれもアヤカリタイなあと思うくらいであった。
みんなでそのバカな看護婦を説得してようやく部屋に案内してもらう。
「あと30分ですからね。あと一回5人ずつ、入ってください。他の患者さんもいるんですから。」
「はぁ~い」
全然聞いてないおれらは、そのバカな看護婦が消え去ってからみんなで入ってしまった。
「おいーっす!げんきでっかー!」
と中に入る。あいかわらずの笑顔で中田は答えた。
「足つってるねー」
「おおうよ。すげーだろ。」
「たいへんだったなあ。」
「びびったぜー」
足を吊ってる中田はちっともびびったような顔をせずにそう言った。
「まあ、無事で良かったよ。」
「ほんとだよ。もう死ぬナーって思ったもん。まだねえ、あんまし記憶はっきりしなくてきずいたらどーん!ってかんじで。」
「イイって、まあ、とにかく今日はゆっくり休んで。良くなってからたっぷりきかしてもらうよ。んで先輩は?」
「ああ、よしさんねえ。なんかよしさんのほうがひどくていまICUらしい。面会も駄目なんだって。あの人、運転うまかったじゃん。だから俺かばおうとしてフツーのドライバーなら自分かばう方のハンドル切るのにきっちり逆できって…」っと言った瞬間あの元気な中田が泣き出した。
みんな戸惑ったが、即座に察知して部屋を出始めた。やはりまだ事故の心の衝撃はちっともぬぐいきれるわけがない。なんせ昨日の今日である。その時うちらを気遣って外にいた中田の家族が入ってきた。
先に出たやつらが呼んだのだろう。おれも
「頑張れよ。はやくよくなれよ。またくっからよ。」
とだけ励まし、そそくさとでることにした。足は複雑骨折したらしくしばらくは様子見らしい。
明日一応頭やその外の精密検査があるという。
「じゃ。」
と仲間や先輩数人と部屋を後にする。家族に人にも挨拶をした。
ふと振りかえってみると家族の方はベットの脇に向かっていた。
ん???
中田の母親の背中はとても小さく、どこかで見たような気がした。
まさか、なあ。と思ったが、みんなと一緒に病院を後にした。