「そうかよし先輩って昔ラリーとかやってたんだってね。」
と後ろの席の先輩は言った。
「ああ、俺も聞いたことありますよ。それ。学生の時は自動車部でいろいろ草レース出てたって。だからいっつも静岡工場まで車だったんすねえ。新幹線使わないで。」
と切り出すと一斉に回りのサエズリが始まった。
「そうそう、会社のポンコツでもやっぱ運転うまい人が走ると全然違うみたいでさー。よしさんウチのトミタ社オーロラバンでいきがったハチロクとかを首都高のコーナーでさりげなく抜き返したりしてたもんな。」
「そうそう。だってあの人読者雑誌のインプレ出てTTE(TOMITA TECHNO EUROPE)仕様のオーロラ運転さしてもらって誉められてたもんねえ。」
「コ・ドライバー(横でナビする人)ずーっとやってて、ドライバーになってるもんねえ。趣味の粋超えてたよな。」
「トミタのテストドライバーになるの断った人だもんナア。なんせ。僕はレーサーか設計技師がいいんです。テストドライバーはなる気ありません。とか言ってね。すげーかっこいいよな。」
「あんときトミタの人、気分害したらしいぜ。でもトミタの車好きでラリー好きだから黙ってるらしいよ。」
「そう言えばあの人結婚したばっかだろ、美人の奥さん大変だよなあ。やもめになったら俺立候補しよっかな…」
「バカなこと言ってんなよ。それよか、どーすんよ。海外モデルの設計担当であの人抜けたらやばくねえ?」
「しっかし、すげーよなあ、さすがっつーか、中田を守るために自分が犠牲になる運転するなんて男だねえ。涙出ちゃうよ、ほんとに。それよかミス設計ばっかの中田がくたばればよかったのになあ。」
「というより、やっぱり会社で出張は新幹線使うべきですよ。いくらラリーとかやってるとはいっても事故は危ないですし。良くないですよ。私は、今後はやはり交通手段は電車であるべきだと…」
とまあ、噂話につきないのである。
その噂ではよしさんは一時はほんとにやばかったらしいが、どうやら意識は無事に戻っているらしいとのこと。体はどの程度まで回復するのか分からないが、とにかく俺は死なないで良かったとそう思った。
二人とも無事で良かったよ。ほんとに。なんとなく、あのお守りがきいたのかなあと俺はぼんやりそう思った。
おばさん、ありがとな。ぼそっとおれはつぶやいた。
今日はなんとなく仕事に嫌気が差して、といよりか、そんなつまらん噂ばかりを耳にするのが嫌で早く切り上げて飯を食いに行く事にした。少し飲もう。
いつもの飯屋に入ると、決まった場所に腰を据える。ウエイトレスのお姉さんがメニューを持ってくる。しばらくすると常連の外国人客が入ってきた。8時半。きっちりこの時間だ。
店の時間では8時28分。この間ウエイトレス同志の会話をこっそり聞いていたらその外国人のことを「埴輪」とよんでいた。「828」…「ハニワ」なるほどなあ。と思い思わずワラってしまった。
そーやっていろんな人にあだ名をつけて暇を潰しているんだろう。
はたして俺はなんて呼ばれてるのか少し気になった。
そのハニワ氏は今日はなぜかギターを持っていた。いつも手ぶらだが今日は少し違う。
どうやら、ギターがご趣味のようだ。よくみるとケースには「OVATION」と書かれている。
拍手喝采とか大人気という意味するギターは俺も、今入院している中田も欲しいと思ったギターである。
中田はちっとも弾けないくせになぜかモテそうだという理由からギターを欲しがった。
おれも同じような理由から学生時代に初めてみたものの、いまだにちっともモテた例はない。
その事をいくら奴に説き伏せてもそれでも欲しがった。
「おまえはさ、なにやってもかっこわりいんだよ。でもおいどん、違うぜ。ぜってーかっこいいって。」
と酔っ払ってくだを撒いていた。
どうも買ったばかりらしい、その新品のケースに入れられたギターを見て、ふとあのハニワ氏も
モテたいんだろうか?と思うとおかしくなってきた。
ハニワ氏はなぜか、俺の近くの席に座った。上着を脱ぐとビールを頼んで本を取り出した。
メニューを頼む時、日本語うめえなあと関心して見ていたが、本を見てびっくりした。
英語の本だからタイトルはよく分からないが、著者を見て分かった。「著作、ピーター・フランクル」天才数学博士でもあり、ジャグラーとしても有名な人である。
ふーん、ハニワ氏はなかなか賢い人のようである。
「あのー、そのギターいいですよねえ。…」
思わず、声をかけてしまった。好奇心とはいえ自分でも以外である。しかし話してしまったからにはなんとかしないと…
「アア、コレ、ネ。イイーデスヨウ?」
少し発音はおかしいけど、でもかなり日本語ができる。
しかも気さくに笑顔で答えてくれるイイ奴だった。
「キョオウー、カイマシタ。オート、ゼーンゼン、ダケド、イイ、ね。」
ハハハっと笑うとビールを持ったグラスをカザす。
「アナータモ、グィタァー?ヒークゥノオウ?」
「ちょぅーっとぉ、ねえ。笑」
こっちもつられて少し発音おかしくなっちゃったけど、会話が出来た。
「名前は?」
「ロイ。ロイ・アダムスキー」
「俺はハジメ。よろしく。」
「オオゥ!ハジメ!ハジメマシテ!ワハハ。ワカリヤスゥーインデスネエ?」
「ははは、わかりやすいかあ?覚えてくれよー。」
俺にもビールが来たのでほどなく乾杯した。音楽の話やいろんな話をお互いの片言の英語と日本語でたくさんした。ロイは東欧出身の留学生であること。数学と物理が得意であること、音楽は趣味で幼いころから勉強していたなどなど、教えてくれた。最後にちょっと酔っ払った勢いでついはなしてしまった。
「ロイ、あそこの、ちょっと細い、髪の長いウエイトレス、分かる?ユーノウ?」
「ok。ワカルヨ」
「あのこがねえ、ロイのこと、ハニワって言ってたよ。ハニワって。」
「What'?ドーイウイミデスカァ?」
「うーんとねえ、8時28分にいっつも来るから。数字でね、828を日本語ではハニワって読めるんだよ。」
一瞬ロイは戸惑った。気を悪くしたかなあ?と思ったがすぐに笑顔になった。
「8トイウ、カズ、ハ、イイネ。endressト、イウイミガァ、アリマァス。0トオナジ、オモシロイ。ワタシ、スキナ、number。」
「へえ、おもしれえなあ。んじゃ2個もついてて良かったじゃん。」
「ソウデスネエ。ヨカァッタ!」
二人で爆笑したあと、そのウエイトレスに向かって乾杯した。なんのことか良くわからないウエイトレスは困った客だと思いながらも苦笑いで答えてくれた。家に帰っても陽気な気分は抜けなかった。今日はなかなか面白かった。
そうやって頭の隅に中田や仕事やおばさんやらをおいやってしまった。
今日こそ、なんかゆっくりしよう。そう心に誓った俺は追いやったものがどうか出てきませんようにと祈ったのであった。