ジローは思ったよりひどかった。昏睡状態から一向に回復には向かわない。様態は落ち着いてはいるが意識が戻らない。母はひどく疲れ果て、ふさぎこんでしまった。しかし、意外なことに父はそんな中、動じることもなく仕事の合間を縫って、看病に来ていた。始めて、自分の父親というものを確信した。
そんななか、俺はふつふつと沸き起こる、どうしようもない気持ちにさい悩まされていた。
人間のダークサイドの顔。
今度ばかりはどうすることもできない、諦めとも悲しみともなんともつかない泥のような、塊が奥につまったような感覚をもはや、自分ではどうすることもできない。
「まぁ、いっか。」
とツブやいたものの、なんとも、本当はちっともまあいいかなんかではなく…
とある決心を固めていたのである。
その日から、会社を早くふけるようになってしまった。
まずは、家にあるspas風ショットガンタイプの空気銃をばらした。
バレルの交換。圧力設定をかえるためバネその他を全部交換する。
違法改造である。みつかれば速攻捕まる。そのあと、ステンレス玉を買いに街のオモチャ屋へ行った。これも、まずい行為なんだろうがしったこっちゃぁない。帰りに、近所の友達の家による。
「おっす。」
にゃぁー!っと猫が出迎えてくれる。そのうしろからのそーっと長髪を後ろでしばった小柄だけど引き締まった男が出てくる。
「あれぇ、なん?どしたん?」
いっつも笑ってるような目をして、出迎えてくれる。
「ともやんにお願いがあるんだよ。」
俺はいきなし頼み事から切り出した。
「飯、おごるから、これつけてくれんの手伝ってもらえねえかな?」
ごそっと紙袋からパーツを取り出した。原付のパーツ。帰りにバイク屋で買ってきたものである。
「ああ、ええよ。ちょいまって」
奴はあっさりと1時間そこらでバラシ、組みこんでくれた。カレはバイク好きで自分のバイクもまるでプラモデルのように分解したりくっつけたり。おまけに乗ってるバイクは国産ではかなり最強の部類に入るなんとかバードとかいうごっついのに乗ってる。1?00CC。
そんな大型なバイクをカレはちっこい体で操り、ウイリーまでしてしまう関西人である。
カレのおかげで、なんとも見た目はたよりない原付ながらも、とんでもない足になった。
奴に飯はまた今度に。と言ってさっさと帰ってしまった。
なんとも大変失礼な感じだが、こういう気がね無い関係を築けるのが奴の良いところであった。
カレも全然気にしてる風でもなく、あっさりとおおけー!と言って扉を閉めた。
おまけに俺には時間が余り無い。
まだ準備が…
俺は帰りに途中、実家に寄った。迎えてくれるのはコロだけ。尻尾をふってねっコロがっている。こないだほったらかしてしまった車は親父が案の上、使っているらしく置いてない。
足の原付をいじっておいて良かった。と心でおもいつつ、家に入る。
母あちゃんもお見舞いで病院に行っていていない。今がチャンス。
俺は家の奥底をあさり出した。
紙袋から、細長い桐の箱をひきずり出す。その、しばらくだれも開けた事の無い包みを懐にしまいこんでそそくさと家に帰った。胸が高鳴り、武者震いで信号待ちの足はがくがく震え、膝は笑いっぱなしであった。戦の前はこんな感じなのかな?興奮しながらそう思った。
翌日、俺は会社で部長に切り出した。
「あのう、実はしばらく会社、休みます。もし駄目なら首にしてもらっても、マジでいいです…」
みんな仰天してこっちを向く。部長はこともなげにこう言った。
「仕事はもうかたついたのか?」
「はい!?あ、ええ。出図は終わりました。」
「なら、しばらく休め、代休あるんだろ、1週間くらい、ハワイでもどこでも行ってこい。そのかわり戻ってきたら、もうそんな休みはないからな…」
俺は唖然とした。
「おお、会議だ、309会議室へいってくる。」
そう言って部屋からでていってしまった。なんたることか…
信じられない話に思えたが…俺はお言葉に甘えてそうさせてもらうことにします。と返事したのだった。部長はきっと家の事情でおれが参ってると思って気を使ってくれているのだ。
チームの人には迷惑かけてしまうが、今しかチャンスは無い。賭けなのである。猶予は1週間。やるぞ。帰りのヘルメットの中でおれはそうつぶやいた。
ほんとは誰かに助けて欲しい。と思っていたが、巻き沿いには絶対にできない。
当りは?見当は?まったくもって全然無い。直感的に、蛇坂をうろつく小僧どもから当るしかない。俺はそう決めていた。おれは手に火箸を包帯で巻きつける。腹にはモトクロス用のプロテクター。防具の代わりである。
改造した空気銃。あとは…箱から転がり出して冷や汗が出た。
ぎらり。鈍く、鋭く光る刃紋が目に映るとやばいと感じた。
家宝の日本刀を、俺はもちだしてしまったのである。
おそらく、日の目にしたのはこの俺が初で、使ってしまうのも初だろう。
とんでもない。が、もう引き返せない。ここまできてしまうと。そいつを腹のプロテクターの隙間に挟み込んでどえらいかっこだよなあ、と恥ずかしく思いつつもヘビ坂へ向かった。トモヤンにいじってもらった原付はすこぶる快調でメーター振りきっている。
あっと言う間についてしまった。しかもまるでマンガかなんかのお約束のようにたむろっている集団がいる。場所はコンビニ前。ジローの事故現場である。
はやい展開だよ。これは。っと思いつつも、猶予などなくそいつらの目の前につけた。
いつもはない大きなアメリカンバイクがそこには止まっていた。
ハーレーだ。しかもFLSTC。ヘリテイジ。今となっては旧型だがエボリューションという名前のエンジンが乗っている。ハンドルは特別製らしく超ワイドハンドル。ものすごい大柄な奴が乗っているのか?
おまけに半端でないカスタム。これは高校生原付小僧集団のものとは思えない。まさか、これ乗ってる奴が絡んでくると厄介だなあ。とここまできて怖気づいている自分が恥ずかしい。
気合で話を吹っかけた。
「おい、ウチの弟が世話になったなあ。」ステンレス玉をこめた空気銃を向ける。
こいつは30発しかもたない。しかも同時に3発でるから計10回でおしまい。
そのあとは…なんて考える余裕なんか無かった。
しかし、俺の予想とは裏腹な返事が返ってきた。
「あ、ジローの兄さんっすかぁ?俺、カトウっすよ。ジローのマブの。どしたんすか、その格好」
茶パツのひょろっとした、でも背の高い奴が声をかけてきた。いぶかしげな顔でこっちに来る。
突然現実に引き帰されてしまったようだった。
「聞きましたよぅ。ジローまじへーきっすか?俺ら今日集まって、お見舞いにいこっかって今話てて、あ、みんなこいつらジロー、君の友達っすよ。、そんで、ジローの事故見た奴から話聞いてて、俺ら昔のヘッドの先輩、よんだんですよ。そんで…」
「え?見た奴いるの!?ちょっとまった…」
俺は話しをさえぎった。
「そうなんすよ。ジロー、ここのコンビニのバイトの奴が友達で朝いっつもよってたみたいで、んで話して、外出たとこですぐやられたみたいで。こいつが見た奴なんすよ。」
カトウという奴は一気に話すとその目撃者を呼んだ。
ひょっこりと出てきたのはちっこい細面の女の子。速攻で確信した。ジローはこいつとつきあっていたのか、好きだったんだろう。なんてこった。あいつはこの子に会いによってたんかぁ…
ちょっとばかし、胸がつまる想いがした…
「初めまして…」
どうも泣きはらしていたらしく、目が赤くなっている。話を聞こうとしたその時、
「女の子ナカスなんてどこのどいつだ。お?おめえか、だせーななんだその格好は、それで俺がビビルとおもってんのかぁ?あ、こら。男は素手で勝負なんだよ。」
あきらかに高圧的な態度で出てきた男はスキンヘッドのどえらくでかい、大男だった。
どうやらハーレーの持ち主だ。皮ジャンにブーツ。典型的アメリカンスタイルだ。
カトウはあわてて説明した。
「あ、違いますよ、この人はジローのお兄さんっすよ。んで、ところでジローのお兄さん、なんでそんなかっこなんすか?」
「え?」
俺は素で恥ずかしくなってきた。自分の思い違いですっとんだ行動を。しかし、説明する他あるまい。全部話すと
「なーんだ、俺らをうたがうなんてひどいっすよ。」
っとカトウは笑った。
「まかして下さいよ。俺らもその話してて、やった奴探そうぜって話してて。そんで昔のボス連れてきたんですから。」
さえぎるように
「おめー、度胸いいかもしれんが、駄目だな、そんなひょろっちいんじゃ。」
と大男は言った。
「俺が探してやる。ジロー君にはこいつ壊れた時、治してもらった借りがあるからな。」
そうつぶやくとハーレーに跨った。
「うしろ乗れ。だいたい話は聞いた。ちょっと当てがあるから寄って見る。いっしょに来い。」
あまりの勝手さと俺の復讐がどーも違う話になってしまって腑に落ちない感じが残ったが、従うしかなさそうだった。
原付はカトウに家まで持っていってもらってハーレーの後ろに乗った。
ドコスン、ドコスン、ドコスン…Vツインの独特の鼓動がシートから全身に伝わる。
ほぼ直管に近いマフラーはアクセルを捻るとさらに振動と音を撒き散らす。でも不思議な心地よさが伝わってくる。国産では考えられない乗り物であった。
風を切りながら大男の乗るハーレーとへんてこな格好の俺は、あきらかにこっけいだったが、全然気にしなかった。国道を抜けてひたすらと走り続けた。行き先は横浜の中古自動車屋であった。
「着いたぜ。」
降りると地面ががくがくしている。振動のせいで足が可笑しくなってしまったみたいだ。
へろへろ歩くと、大男は、まったくよわっちいな。と言って笑った。
「そうそう、名前は?」
「ああ、アキトだ。よろしく、ジローのにーちゃん」
握手を求めてきた。高圧的な奴だが、礼儀は正しい。握り返すとものすごい力で返してきた。とんでもねえ腕力。改めて、こいつが敵でなくてよかったと実感した。
「んじゃ、ちょっと当りつけにいこーぜ」
大男、アキトはがらがらーっとドアを開けて、中古屋の中に入っていった。
「おおぅっす、アキト。」
おじさんが返事する。ちっとも話がよめないこっちはぽかーんと後ろで挨拶した。
なんだ?なんだ?
「親方、いっつもお世話になってます。」
アキトは礼儀正しく頭を下げた。
「んだぁ?やっと車買いにきたんか?ええ!?」
「いや違うんすよ。ちょっとワケありで、相談があって。」
「なんだ?忙しいんだ、言って見ろ。」
「実は車、探してるんすよ。黒の、古いスカイマークっつうやつ。実は、ぶっちゃけた話、こいつの弟さんが轢かれて犯人逃げちゃったんすよ。んでね、目撃してた子がね、どうも車見てたみたいでね、黒いスカイマークだって言ってたから。もうこうなったらかたっぱしから探すしかないかなーって。そんで、怖気づいたやつなら速攻売りに出すかなーって。したら、親方んとこから少しでも情報引出せないかなあ?」
こいつ!?なんでそんな…ちょっと驚いたがすぐさま、熱い思いが込み上げてきた。
もし、神様がこの世にいるんであれば、こういうときは素直に感謝しようと思うよ、ほんとに。
この男は意外に本気だ。しかもかなり賢い上、人情のある奴だと思い知らされた。ちょっとばかし疑った自分を恥じた。
「うーん、アキト、それはちょっときびしーぜ…」
おじさんはこっちをちらりと見てそう言った。
あきらかに関わりたく無い。といった雰囲気だ。
「ああ、いいよ、アキト君、おじさん、すんません、警察が調べてくれるからいいですよ。面倒かけてすません。」
俺はすぐさま謝った。さっきの感謝撤回…。と心でつぶやく。しかし、アキトは食い下がった。
「あ、親方ぁ、俺、親方の仕事、弁当だけでいっつも助けてるじゃないっすかぁ。たまにはコッチも助けてくださいよ。しかも今回は人助けっすよ。人助け。いいのかなー?いいのかなー?俺がこれから来なくなっちゃっても。厳しくても、スカイマークの黒の出物情報くれるだけでいいんすから。」
「うむう。まあ、それくらならできる…」
「んじゃ、よろしく。行こう。」
アキトはそれだけ話すと店を出た。
俺も後ろを付いて出て、戸を閉める時に、入り口脇に止まってた乗り物が目に止まった。
「あ…」
それは昔、俺が乗ってたトミタ、コロネだった。しかも当時欲しかったけど買えなかった、クーペ版、超希少車のスポーツバージョンである。
「ちょっとまった。」アキトを待たせてまた中に飛び込んだ。
「叔父さん、あの、さっきのお礼っちゃなんですが、そこの車売って下さい。それ…」
と言って俺は指差した。
叔父さんはとたんに商売人の顔になり、笑顔で話を切り出す。
「ああ、あれかあ、あれね、んじゃ負けとくよ乗りだし30万でいいよ。」
俺はすぐさま、カードで買った。違う車を買うために必死で貯めた貯金を使ってしまったが、まあいい。手足のように扱うには慣れた乗ってた方が使いいいし、なんせ、復讐にはどうも直感的に車がいる。と思ったからだ。しかも相手は国産最強のスカイマークだ。
即手続きを済ませて、そのまま、乗って帰るというとさすがに店の叔父さんはあわてたが、まあいいよ、なんかあったら、すぐいくよ、アキトの友達だからなあ。と気前のいいことを言った。
「んじゃ、帰りは俺これで帰るよ。」
とアキトに言って、久しぶりにギアをファーストに入れ、クラッチを踏みキーを回す。クラッチが奥でミートの場所が分からないないのでがくがくしながら、走り始めた。
アキトは戻って仕事だ。と言って分かれた。
店を出るころにはすっかり夕日が出ている。おれは行く場所は決まっていた。
そう、家ではなくて、その目撃者。ジローの恋人かもしれない人にすべての話しを聞きに行くために。