私の前で夢中でおしゃべりしている女子高生らしい二人。共にマスクをしているのだけど、何か変。
ジィーと、さりげなく見ていて気づいたのがマスクの付け方。
それぞれ違う形状のプリーツが入ったマスクなのだけど、どう見ても裏表が逆。
でも待って、そもそも今のマスクは裏表があるの?
私がこだわりすぎなのかな?
主が居なくなってから2度目の冬、たわわに実った隣家の
夏みかんは今年も収穫されないまま枝が重たげにたわんでいる。
「これで作るマーマレードは最高なの、いろんな人に
おすそ分けしていて毎年リクエストが来るのよ。
刻むのが大変だから何回かに分けて作っているの。」
などと楽しげに話していたのが、ついこの間の様。
朝夕、塀を越えて垂れ下がったこのみかんを見るたびに
“命”について考えてしまう。
人の寿命とは?生きているとは?
世の中、天変地異や人間心理の複雑さなどで予測がつかない
事態に巻き込まれる危険は、皆にある。
自分でコントロールできる健康と、予期せぬトラブル。
全ては持って生まれた運命なのか。
それにしても、人の手に掛けられた断命は痛ましい、
特に幼子のそれは目を覆いたくなる。
加害者は人の皮を被った悪魔?
彼らもまた心を病んだ弱者?
人は強いようで弱いもの、かと思うと意外な生命力の
強さに驚かされたりもする。
自分の命が儚いか、力強いか、それは最後の瞬間にしか
分からないだろう。とにかく今を生きている事に感謝し
この時を大切にしなければ。
今朝も、酸っぱそうな夏みかんを見ながら、
そんな事を考えてしまいました。
師走初日、大仕事が2つ終わった。
夢中でパソコンに向かっていると、時間が経つのをつい
忘れてしまう。
気がつくと目はチカチカ、肩はパンパン。
期限は待ったなしに迫っているのに、決裁書類は次々に
積み重ねられ、相談事も運び込まれる。
チョッと待って!と叫びたかったくらい。
でも、ようやく目処が付いた。
あと一つ「年内に構築させる」と宣言したものがあるが
これはなんとかなりそう。
何事も経験、経験の上にしか見えない世界がある。
途中で投げ出していたら決して味わえない感覚。
持ってうまれた素質は、それに気付き磨かなければ
役には立たない。
自分に与えられた可能性は?
経験と感性、それに人間性が加われば、Perfect ?
不完全ゆえに目指す理想。
誰にも封印したい多少のkizuはあるだろう。
報われなかった努力もあるだろう。
しかし、全ての体験はその後の人生の土台になる、
否、しなければならない。
担った今の立場と責任に精一杯胸を張っていよう。
会得しなければならない知識と、
伝えなければならないノウハウ。
社会で生きている限り課せられた役目か・・・。
重い仕事を成し遂げた安堵感。
未だ余韻の残った頭で思いつくままに。
いよいよ ベートーベン交響曲第九番「合唱」 の季節。
先日ジョルジュ・プレートル指揮 ウイーン交響楽団のCDを手に入れました。
プレートル氏は御年80有余才、少し足元はおぼつかないけれどその指揮振りは、
観ている(聴いている)こちらの気持ちまで操って、幸せな世界に導くのです。
オーケストラが奏でる音色に全身が溶け込んでしまいそう。
クラッシクは、モーツアルトやベートーベン、バッハやチャイコフスキー、
マーラーなどどちらかといえば本当に古典が好き。
数百年も人々に愛され引き継がれて行くにはそれなりの何かがあるはず、
理屈ではない、何かが。
その一瞬に包まれたくて、またコンサートチケットの申込みに奔走するの。