「白夜行」 | サマンサの萌える毎日の記録

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白夜行


もの凄い小説が普通のドラマになってしまって悲しいです。

分厚い文庫版を読み終えたのでドラマの方もチラッと見てみたのですが・・・この原作でセカチューみたいな「純愛」を描きたいのだとしたらこんな風に映像化してほしくなかったと思う人は多いだろうなと感じました。映像化するなら徹底して原作に忠実に描き出して欲しかった。小説の映像化には寛容な私ですらもそう思ったくらいですから。

この小説のすごいところは、主人公ふたり・リョウと雪穂の内面、会話シーンを一切描くことなく、ストーリーが進んでいくところなのです。彼らは決して出会わない。彼らが会っているところを見た人物は一切存在せず、彼らはそれぞれ他の誰かと関わることでしか物語の中で存在しない。つまりはまったくの赤の他人。事件の発端となった小学生時代から大人になるまで、さまざまな登場人物がいろんな場面で彼らと関わり、それによって彼らの存在が再確認される。なにをもって彼らが行動しているのかは読者である私達にしかわからない。

こんな小説を書けるなんてやっぱり東野圭吾は凄すぎる!

・・・だからその作者が最後の最後まで描かなかったその部分をいきなり書いてしまったドラマ版は途端に普通の話になってしまったわけです。非常にもったいない!これ、忠実に描いていたら本当に面白いドラマになったと思うので・・・残念ですね。本当に。

確かにこの物語の主人公ふたりの世界は「純愛」と言えるかもしれないです。互いの為にならその手を血で汚すことも厭わない。他人を犠牲にするこの「純愛」を最後まで貫いて生き抜いて欲しいと切実に思ったのは私だけではいと思います。彼らの罪を追う刑事は正しいことをしているのに、なんだか悪役のようで・・・・・・読者にこう思わせてしまう東野圭吾の手腕に脱帽。文庫版の最後に馳星周の解説にもありました。これは小説を書く人に激しい嫉妬心を起こさせる。そんな小説です。