キジッシュの学校は朝7時頃に始まる。
スクールバスが近所まで送迎してくれるのだが、
母は毎朝キジッシュを学校まで送っている。
それはキジッシュの為というか、自分の為に。
キジッシュを送迎している時間=親子の会話時間だから。
高校生のキジの始業時間が少し早めなので、いつもまずキジを下ろしてから、高校の隣にある中学校へダッシュを送る。
3人で車にいる時は
おしゃべりなキジと母の会話が大半を占める。
なのでキジを下ろした後に訪れるダシュタイム。
高校から中学までは
信号にかかり通行人が多い日は5分くらいかかるが、だいたいは2分ほどの道のりだ。
今日は運悪く信号もかからず通行人が少なく、2分未満で着いた。
昨夜のバスケの練習の話を楽しそうにするダッシュ、子供を降ろすために綱なる車達。
ダッシュの話途中でダッシュが車を降りる番になり車を降りてからも後続車の子が下車するまでドア越しに立って母に話をしていたダシュ。
まだ話したり無さそうに渋々踵を返して学校に向かうダシュの後ろ姿を見送っていたら、泣けてきた。
数年後に確実に訪れる子供達の巣立ち。
その時
母はまだ話したい事があるのに、もっとハグしとけば良かった、一緒にいれる時にガミガミ言わずにもっと話を聞いて共感してあげたら良かった、、って、今どんなに頑張ってても絶対後悔するんだろうな。
子供達が小さい頃は
いつまでこの子育ての苦痛が続くのか不安で
仕方なかった。
子供達が思春期に差し掛かる頃には、
自分が腹を痛めて産んだ子供をこんなに憎く感じるなら子供なんて産まなければ良かったって思った日もあった。
今は、ただ純粋に子供達が愛おしく。好き。
キジの出産時、初めてキジを抱いた時に感じた経験した事のない幸福感。
絶望的な1日を送った後に寝静まった2人の寝顔を見て感じる罪悪感と幸福感。
今はキジッシュといると簡単にその幸福感に襲われる。
子育ての終盤にこんなおまけが待っているなんて、誰も教えてくれなかった。
でも手放す前にこんなおまけをもらったら、上手に手放せない気がする。
そんな葛藤な日々。