広い眺め。 | あお色のたね、きん色のみ

あお色のたね、きん色のみ

A Blue Seed and a Golden Fruit
Subtle, Slight, Trivial Happiness of My Sweet Days
自分を受け入れる。自分を楽しむ。自分をゆるす。自分を愛するの日々。

ずっと自分は被害者のように思っていた。


日本に帰って来て良かったのは、

今になって思うに、

自分をよくよく客観的に

知ることができたこと。


たとえば、

私は自分を日本人だと

疑わずにいたけれど、

やっぱりアメリカ人だった。

行動が大陸的で…と言えば聞こえがいい、

でも、多くの人は私の行動を聞くと

「ええっ!?」と思うはず。

言うのも恥ずかしいので書きません。笑


まぁ、そんな感じに人々の、

特にお局様の反感を買った。

まぁ、

反感を返品もさせる気ゼロからだから

反省してるのかと言われれば

反省は、私の中で静かにやってます。


メールの書き方ひとつにしても、

言葉は日本語だが、

言ってることはアメリカ人だ。

フランクにすぎる。

それも「そうなのか」と学習し、

とても丁寧な日本語を使うことを

心がけている。


そういうのは、「慣れ」なのか?

いや、それもあるけど、

自分を知っていくことなんだろな。


親とのことも、

一世一代のことのように思ってたが

そんな人、たくさんいて、

私だけじゃないんだなと

知るようになった。

気が楽になったのだ。


慌てたり、心配したり、不安になることも

今不安になって解決するのか?

今出来ることはなんやろか?

と、具体的に考えるようになった。

そして、私がなんとかできないことは

手放したり、放っておくようになった。


あんな家族に生まれていたら、

ああいう人が母親だったら、

とは、今でも考えがちだけど

それはそれ、これはこれ、

こんなもんだ、と現実を優しく

受け止めてみることにしている。

たらればはないし、

どんな家庭でも、どんな母親でも

私という人間が生きやすかったかは、

あずかり知らぬ話だしょ。


出会う人も、自分の属する場所で変わる。

保守的で古臭くてなんやねん、と

思っていた職場も時代の波にもまれてる。

一昨年、昨年と不祥事が明るみに出て、

グローバル化が色んな小さな部分で

進んだかもしれない。


ずーっと資料の重要性をこの5年間、

課長に訴え続けてきたら、

その課長が部長になって

組織改革をがっちりやり、

私の言うてたテックライターの部門が

できることになった。

もちろん、

私の案だとはお首にも出さないが

できる人間はこうやってええもんは

どんどんやってくんだなぁ、と

天晴れと見ている。

だって、3年前には

「そんなん、資料なんてどってことない」と

言うてた張本人が、去年の年末には

「資料含めて製品やんな」に変わってて

ははーん、ええこっちゃ!と、握手した。


昔なら、「それは私の考え!」と

被害者みたいに思ったのかなぁ。

思ったんやろなぁ。

今は「ええことしたな、私」と思ってる。


なんとなく、ぼんやりと辺りを

見回すことも日々の中には必要だ。

「お!」と思うことにも、

一々気持ちを乗せない、

感情を乗せないというのがいい。

恐らく、本当に大切なことは

それほど多くないのだと思う。


少し高台から、広く辺りを眺めて、

本当に大切なものにだけ心を寄せる。


今いる所で何ができるかなぁ。

それを考えると、先につながる。

「これしてみたら」が気に入ったら

ちょっと努力してやってみる。

今は、そのフェーズにいる私。


時間がかかっても、

広く眺めながら、

大切なこと、

新しい挑戦、

そんなことをやっていく。


色んな気づきが遅めだから。

仕方ない。

今を一生懸命に。

それが私の時間なんだな。