Normal People読了。 | あお色のたね、きん色のみ

あお色のたね、きん色のみ

A Blue Seed and a Golden Fruit
Subtle, Slight, Trivial Happiness of My Sweet Days
自分を受け入れる。自分を楽しむ。自分をゆるす。自分を愛するの日々。

数日前から読んでいたNormal People、

読み終わった。


何がnormal peopleなんかな。

私にはメインキャラクターの二人は

極めてnormal peopleだった。

それと同時に、極めて変人でもあった。


人がどうのこうのというのは、

「成長してゆく」「変容するもの」という

観念なしには語られないように思う。


よく若い女が夫に対して

「言わなくてもわかれ」と言うが、

そしてご多聞に漏れず私も

そんな女の一人であった訳だが、

その上、慣れ合った二人だからこそ

自分の思いを正直に言葉にすることに

多大な羞恥心を乗り越える勇気が

いるというこの矛盾した人の心理、

それらが思ってもみなかった結果に

行きつく小さな決断に我々を導くのだな。


全ては、個人が受け継いだ遺伝子と

育ってきた環境によるのかな。


とりあえず、物語は淡々と進む。

中々にドラマチックな出来事は起こるが、

過度に言及されることなく、

若い二人の数年間は流れていく。

そして、なんのハッピーエンドも、

解決の糸口も示唆されることなく、

本全体と繰り返しの中で、

呆気なく終わる。


だが、そんな淡々の中、

私には女の子の気持ちが分かりすぎて

涙する箇所が二つあった。

その上、終わりだとは思わなかった、

あまりにも呆気なさすぎるエンディングは、

しかし、衝撃的で重く、

ずーっとその最後の一文を口の中で、

頭の中で繰り返していると、

物語の全てが色濃く集約されて

突然、甘く切なく、そう生きるしかない

二人の、それでも共に続く形が見えるような、

そんな気がした。


「愛とはこういうものですよね」と

言うには短絡的に過ぎて、

そんな簡単な話ではないよね、と思う。

しかし、愛に赦しと内省はセットで、

大人になってみればわかる、

人生はビタネスがインフラという真実のもと、

あらゆる個人が思うところの困難を

乗り越えて尚、共生することなのか、と。

それもまた、ありきたりではあるが、

愛というものが普遍的である限り、

「ありきたり」が正解であるとも言える。


そう言った意味では、

先日読み終えたThe Course of Loveにも

類似している、と言えるかもしれない。

が、舞台はうんと世代若く、

今の人たちの在り方なんかも分かるかも。

我ら世代の恋愛とは少し違うかも。

だが、根底にあるものは、

普遍的に変わらない。

だから、先日の本と「類似している」と

目を細めながら言えるのかもしれない。


最初の半分はたらたら読んだが、

後半は数時間で一気に読んだ。

そういう「読ませる力」のある本。


星は5。


最近、ええ本に当たってるわ。


つぎは何を読むかな。。。



この本に載っているお店、

まだやっているのか実際に行って全部調べるのが夢。

そして、感想を書き認めるのだ。

中坊のような夢やな。。。