第一話 ② | 小説・混雨 【まじりあめ】

小説・混雨 【まじりあめ】

学生時代に制作した映画の小説。カナダ・バンクーバーを舞台にしたストーリー。

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今朝早く、耳障りな携帯の着信音で茶子は目を覚ました。

昨夜はクリスマス前の賑わいで忙しく、最後の客を見送ったのが午前1時過ぎ。その後片付けなどに追われ、横になったのは午前4時である。今にも閉じそうな瞼をなんとかひらきながら、手探りで携帯を探す。


「誰だろ、こんな朝早くから」


聞きなれた着信音だが、こんな朝早くから流れると酷く嫌な曲に聞こえる。思ったより遠い位置に携帯があったことが茶子の気分をさらに重くさせた。


「もしもし、、、」


「メリークリスマース!!茶子ちゃん!」

「星子ちゃん??」

電話の主はネルソンからの同級生、星子だった。かれこれ15年ほどの付き合いになるだろうか。この小さな街、ネルソンで育ったものは大抵知っているが、星子を含めて数人の友人達は腹を割って話せる良き仲間である。

「ごめんね、朝早くから。今日雪姉さんの命日でしょ。今年こそは行きたかったんだけど、どうしても仕事で抜けられなくて、、。私の分まで雪姉さんに報告しといてほしいと思ってね、電話したの。」

移動中の車の中だろうか。外には都会の喧騒が聞こえる。星子は歌手としてその名の通りスター街道を駆け上っていた。

小さい頃から歌が好きで、みんなの前で自慢げに歌っていた。今では一般の人間はとても近づくことができないほどの人気ぶりだ。一時は疎遠になっていた星子だったが、昨年のあの事件以来頻繁に連絡を取り合うようになっている。

「うん、昼にはお墓参りに行くと思う。今年は2つ花を供えないといけないけど、、、」

「そうね、、、。2つ。クリスマスって楽しいものばかりだと思ってたけど、、なかなかその通りにはならないね。今年こそはいいクリスマスであってほしいわ」

茶子の姉、雪が亡くなって早4年の月日が経つ。


1997年12月24日、あの日も今日と同じように朝早くからの電話で起こされたのだった。
あれから4年、、、何を失い、何を得てきたのかな、、。そんなことをぼんやり考えながら、星子の話を聞いていた。

「なんか暗い話になっちゃったね。今年こそは正月をそっちで過ごせると思うから、その時はまたみんなで集まろうよ。また電話する」

星子からの電話はいつもこうだ。時間が不規則な彼女の生活に、他人の生活リズムなど関係ない。

空いた時間に電話をする。それが相手にとって電話をしてほしくない時間であっても。茶子は朝の出来事をなんとなく思い出しながら、30分に一本しか来ないネルソンのバスを待った。


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ここネルソンはブリティッシュコロンビア州の中ほどに位置する寒村であり、人口3000人ほどのこれと言って特徴のない良くある北米の田舎街だ。この街で生まれ、この街で育った。茶子は今年で22歳になる日系3世だ。

茶子の祖父母が移民として渡り、50年以上の月日が流た。

戦前、カナダを初め、アメリカ大陸に移住した日本人は多い。その多くが日本に近い西海岸に定住し、茶子の祖父母もカナダ西海岸バンクーバーへとたどり着いたのである。


その後間もなく第2次世界大戦が勃発し、敵国となる日本人はスパイになる恐れがあるため西海岸から内陸部へ強制的に異動させられたのである。


その結果、ネルソンをはじめその周辺の小さな街に小規模な日系人街が形成された。茶子の家族はその一つである。当時のことを完全な人権迫害だと祖父はいつも言っていた。茶子はそうなんだ、と祖父の話に相槌を打っていたが、成長するに従いその歴史も仕方のないことだったのかもしれないな、と思うようになっていた。

当時の日本の立場を考えると、無理もない処置だったのかもしれない。

祖父母にとっては申し訳ないが、そのおかげでネルソンという街で茶子は生まれることができたのだ。

茶子はこの街が大好きだ。山に四方を囲まれたこの街は、見るものによってはとても閉鎖的な街に映るが、茶子にとっては自然が満ち溢れたかけがえのない場所なのである。

しかしこの街で生まれたほとんどの者は、皆成人前に都会へ引越していく。

一種の習慣となりつつあるこの流れが、この過疎化が進む寒村の重大な問題になっていた。

山ばかりの閉鎖的な街。若者は都会に憧れ、人を恋しがる。この田舎街で一生を終えたくないのだ。
茶子が共に育った友人達もその例外ではない。毎年、一人、二人とこの街を出て行った。

いつもいくらか寂しげな面持ちでバスディーポから見送る茶子の姿があった。