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かんかく

やっぱり、
同じ国で生まれ育った、同じ言葉の話せるカップルって、うらやましい。

感じとか、感覚とか、すごくわかりあえるんだろうな。

いろんな言い回しがいっぱいできるから、
いっぱい伝わる、
いろんな場面を
分かち合えるんだろうな。

2年ぶりの帰国

涙があふれた。

フィリピンで4ヶ月、オーストラリアのパースで1年6ヶ月、アデレードで20日。
外国生活修行を終え、2011年7月11日帰国。

フィリピンの英語学校、オーストラリアでのワーキングホリデイに興味のある方は何でも聞いて下さい。

ここは「何でも書ける場所」と決めたから言うと、国際結婚の準備中です。
村の役場も市役所も、在オーストラリア日本領事館も在日オーストラリア領事館も、ブライダルジュエリーショップの可愛いお姉さんもゼクシィも、イランの宗教事情も平和への祈りも、忙しさと判断力と思いやりと感情の高ぶりと命の連鎖と、三ヶ国を巻き込んでのプロジェクトは私に今まで感じたことのなかったことを学ばせてくれる。

サウスウエストの旅の後で

 オーストラリアのパースに住んで早11ヶ月。
ワーホリのくせにどこの都市にも移動せずほぼ1年。

英語はまだまだやけど、
色々あって、
充実した1年間でした。

 ワーホリに行こうかどうしようか迷っているあなた。
選択肢は2つ。
はい、か、YESですね。

 特にやっぱり、多国籍な国は面白いですよ。
無理に英語にこだわるより、相手の言語に合わすと、もっと楽になれる。

ワーホリに1年なんてただ遊んできただけでしょなんて、
まさか。

言葉も文化も食べ物も違う国で揉まれた経験は、
鍾乳洞の中のクリスタルみたいに美しくて貴重。

 理論で割り切れない経験は、人を豊かにする。

マップに従った計画通りの旅に飽きたら、
フィーリングのまま、自分だけの旅を。

 
もちろん、快適じゃない。
道に迷って、喧嘩もして、お腹もすいて、疲れて。

だけど自分の至らない点、新しい発見、そんなものが見えてくる。

100人中、99人が馬鹿らしいって思うことも、
オセロみたいに一瞬にひっくり返ることがある。

そういう風に、これからも、生きたい。

オーストラリア 6 -サラダ 第一弾ー

 早速買った本からサラダに朝鮮!
「レンティルってスーパーのどのコーナーにあるのか? そもそも何なのか?」「ソルトフレークって何よ?」、スーパーでの買い物からちょっとした冒険である。
 心配したレンティルは豆コーナーにあったけど、缶詰の方が安いのでそれ購入。
ソルトフレークは9ドル近くするので、自分で砕くタイプを購入。

 んで、できました。
今日の反省点。んむ、バジルは欲張って使うとしつこい。ハーブだからねえ。
いっぱい練習したら、誰かをハッピーにできるかなあ。

$live

オーストラリア 5 -いつも手段は100万通りー

 オーストラリアですぐに学校に行かなくて良かったかもって思う。

 学校に行かなかった分、「どうしたら英語が勉強できるか」を考えて考えて、「英語って何のためだっけ」を考えて考えて、それはもう、口の端が切れてくるくらい胃を痛めつつ考えて。
 そしたら英語は手段で、やりたいことをやるためのツールって気付いて、じゃあいきなりその「やりたいこと」をやっちゃえばいいじゃんって。ピョンって飛び越えて。
 専門学校のクッカリーコースもいいけど1年間$13500($1=¥80)。じゃあ本屋さん行って、一番ピンと来る料理本を買おうと思った。
 $45もした。日本じゃ考えられない。だけど英語も勉強できて、料理も学べる。しかも学校のテキストじゃなくて、自分で選んだ好きなテイストの本だから、写真や内容もステキ。

 ただのレシピ本じゃなくて、アジア人の女性がオーストラリア中の生産者を訪ねて回ったレポート付の、旅+料理みたいな本「IT TASTES BETTER」。そしたらなんと、「月のサイクル」「宇宙のエナジーのリズム」「ルドルフ・シュタイナー」「人智学」「哲学」「食のチョイスがどう人々や環境に影響するか」「スローフード」なんて言葉が出てきてびっくり。

 中身もろくに読まずフィーリングで料理本を買ったはずが、やはり自分の興味のあったことに繋がってた。やっぱりそこにきたか~。

 今日から高知はよさこい祭り。
ここ、オーストラリア・パースより、おめでとうございます。
駆けつけられませんが、心の中では明日から2日間、踊り狂いたいと思うきね。
$live-kylie

オーストラリア 4 -1 Giant Leap-

面白い。面白すぎる。

 数週間前に買ったDVD 1 Giant Leapに出てくる登場人物。
ブライアン・イーノ、ラム・ダス、ティム・ロビンスの兄貴らしいトム・ロビンス、カート・ヴォネガット、スピーチ、デニス・ホッパーは気付いたんだけど、知らない人も大勢いたので、試しにしょっぱなのおやじを検索してみたら、やっぱり有名らしく、私が知らないだけのことだった。
 スチュアート・ブランド、72歳。DVDが発売されたのは2002年だから、撮影時は64歳くらいだろう。
ウィキペディアによると……『現在はロング・ナウ協会(THE LONG NOW-The Long Now Foundation)の代表をしている。ロング・ナウ協会は01996年設立された長期的思考の文化の種を蒔こうとしている民間の団体である。「よりゆっくりに、よりよく」という考えを促進するために、今日の「より早く、より簡単に」という考え方を強調するようなプロジェクトを行っている。特徴的なのが時間の表し方、10,000年というスケールを用いているので、現在2008年はロング・ナウ的には「02008年」である。あなたの年齢が45歳であるなら、ロング・ナウ的には00045歳である。次の一万年の枠組みにおける我々の責任を創造的に伸ばすことをめざし、さまざまなプロジェクトを行っている。
現在、彼と彼の妻はカリフォルニア湾の引き船に暮らしている。』

 ロング・ナウ的って!
てことは私はまだ00032歳……。

 ナマケモノ倶楽部の辻さんを思い出して、なんだかホッとできる考え方ですな。
マイペースに英語の勉強でもしようかね。
このDVDでね。

オーストラリア 3 ー屈辱の日々の中でー

 元韓国アーミー特殊部隊の友人の部屋に居候しながら、日本人学生、ニュージーランド人、ブラジル人、セルビア人と、大柄な男どもオンリーのシェアハウスで1人強化合宿をしている。

「あんた女の子ながやけど、忘れてないでね?」
おかんが心配そうにメールを送ってくれるのも頷ける。
 朝の洗面所には野郎どもが剃った後のそれはそれは細かい髭が、腐海に舞う胞子のように散乱し、二つあるトイレの便座をめくれば荒れ放題、夕方にはどこからともなく帰ってきた野郎どもが、ほとんど皆上半身裸&トランクスいっちょで集い、料理を作り出す。
臭ってきそうなくらい男の世界である。

 実は女性も1人住んでいるのだが、アイルランド生まれのオージーレズビアン、ご出勤は夜11時というナイトガール。しかも離れに住んでいらっしゃるので、実質女性はやはり私一人という感じだ。

 昨日は両親がアルメニア出身(元ロシア? 現ユーロ)のオージー、ホテルの案内係&趣味はボクシングという32歳マシューと一緒に、韓国レストランで夕食を一緒した。
アイルランドの祝日、3月17日St.パトリックデイということもあって、アイルランド人、スコットランド人、イングランド人に始まり、アメリカ人、最後は韓国人の口真似までしてくれてやっと、英語の訛りを知った気がした。

 もっともっとこの国に溶け込みたい。
ショッピングストリートで着飾るための服を買い、異性の視線を気にし、人になんて言われるか、どう思われるか、どう見られるかを気にするような溶け込み方じゃなくてさ。誰がそうって、私がそうだから一番思うんだけど。

 私みたいなバックパッカーは、ここオーストラリアではお金のない小汚い奴らという、ある種の差別みたいなものを感じるし、そうなる理由も理解できる。旅用の服しか持ち歩いてないから見た目も決して洗練されてないしね。特に私、気にしないからね。
 実際、走っている車から罵声を浴びせられたりということもあるんだけど、大切なことは服装とかじゃねーなって、やっぱ最終的にはそこに辿り着く。もちろんTPOは大切と知った上でね。
 バックパッカーたちは、それぞれ自国に帰れば洗練された服だって持ってる。この国に来るため、人一倍苦労して働いた人の方が多いくらいだ。
何が大切かを知ってる奴らがバックパッカーだと思いたい。
 四国を回るお遍路さんたちのように、地球を巡礼する彼らたちを見かけたら、有難いものを見たと、合掌したい。
 親の金でワーホリ、オーストラリアラウンド一周しましたなんて韓国人に、「君のIELTSスコアはきっと4.0だよ」なんて鼻で笑われたくない。
貧しい、金持ち、かっこいい、不細工。そんな2面性の価値観しか持たない奴に、発展途上国フィリピンに住む私の彼氏を馬鹿にして欲しくはない。
 おっとっと、愚痴になってしもうたちや。けんどほんとながやき。

 だけど価値観が違うから、お互いから学び合うために、私たちは出会うんだろう。
「彼は一体どうやって生活してるんだ?」
アートだけで生計を立ててる私の友人のHPを見ながら、韓国人の友人が不思議そうに言う。
「だからアートだけで」
「……信じられない」

ほら、君の知らない世界がある。
世界中が笑うなら、私は挑戦してみたい。

 初めて食事を共にするマシューが、ボクシング練習後のラフなタンクトップ1枚で現れたときには安心したんだ。チヂミとビビンバにがっつきながら、嬉しそうに日本でのホームステイや高校時代の彼女、今のホテルの仲間、猫の写真を見せてくれて。

 なんだかそこが私の場所だと思える。

オーストラリア 2 ー教科書を捨てた日ー

オーストラリアにワーキングホリデイで来たなら、1日1日、分単位で何が起こるか予測できない日々となるだろう。

 フィリピンで3ヶ月語学学校に通ったものの、オーストラリアに着いた初日、バックパッカーズの主のおやじの言ってることが全く理解できなかった。
「バナナはいるか? バナナ、バナナ」
背の高い、オレンジの消防服みたいなのを着たおやじが、イエローモンキーをからかっていることに気付いたのは部屋に案内された後だった。

 その宿での17泊が終わる頃には、そんな出来事も西洋人特有のジョークだと理解できるようになった。ロシア出身だという噂のおやじはアジア人をからかうのが好きな、ちょっと変わった、でも優しいところもあるおやじだって分かった。

 シェアハウスを見つけたが、ここのオーナーの言ってることも全く聞き取れなかった。ニュージーランド出身の彼女の英語は、早くて潰れていた。

 すっかり自信をなくした私はエージェントの勧めで「ケンブリッジ検定」というものを知った。また学校に入るのか? なんの為にフィリピンに行ったのか? 答えの出ないまま、4つの語学学校のケンブリッジFCEコースのエントランステストを受ける手続きをした。
 シェアハウスに帰るたび、「テストはどうだった?」、オーナーは未だ学生でない私を、得体の知れない、コミュニケーションも上手く取れない私に違和感を感じているようだった。いや、彼女は何も思っていなかったかも。ただ焦る私の心のうちに、そんな邪気が生まれ始めた。

 そんなある日、ケンブリッジ・インターナショナル・カレッジでのテスト直後。
高知県にも行ったことがあるという担当者のおじさんは私の目の前で回答をチェックし始めた。
「……ボーダーラインだね。スピーキングはいいけど、ライティングが良くない。3月からのクラスに入っても、6月の本試験に受かるのは難しいと思うよ。
次期の9月からのコースに入るってのはどうだい。それまで学校で勉強するのはどうだろう」
 そんな選択肢はあり得ない。そんな資金はないし、1つのシティで1年を過ごすことは、オーストラリアでは考えられない。答えに困っていると、彼は核心を突いた。
「君は試験に受かりたいのかね、それとも英語を改善させたいのかい」
腑に落ちた。

西オーストラリア博物館に行った。
等身大のラマやバッファローの剥製、アボリジニの洞窟内では彼らの話し声が聞こえる。剥製の目を見ながら、彼らが語りかけてくるようだった。
『君が学校で習った英語は何のためなんだい』
泣きそうになった。

 シェアハウスに帰り、オーナーに正直に打ち明けた。
「今は学校に行かないで、旅やファームステイなど、パースから移動したい」
まだどうするとも言っていないのに、短気な彼女は突然爆発した。
「嘘つき! 最低2ヶ月は住むって約束じゃない!」
似たような話はオーストラリア中のワーホリメーカーから既に聞いていたので、冷静に彼女と話し合い、シェアハウス滞在を2週間短縮して貰った。

 パースが、オーストラリアが、地球が、宇宙が学校だと気付いた。
生徒はそこに住む人、科目は自分が一番興味のあること。
テキストは本屋さんにいっぱい。
一瞬一瞬、あらゆる時が実習。

 「何かしなくちゃ、何か」
焦っていた気持ちが軽くなった。
iPodに語彙習得では有名な「DUO」が入っていて、元データはパソコンにないので、
他のCDを一切追加できなかったのに、今いる日々が学校だって気付いたら、「DUO」なんてテキストあれば十分だと思えて、思い切って消去した。
大好きなスティングのニューアルバムと新たにCNNのニュース音声データーを入れた。
 これから出会う音楽や写真や色んなものを、やっとやっと持ち運びできるようになった。
面白みのない「DUO」をずっと聞いているより、大好きな曲を歌えるようになることの方が、私にはずっと大切だ。今は。

 美術館前で警備をしていたパキスタン人の26歳くらいの男性。
友人のシェアオーナーのウェールズ出身の70代のおっちゃん。
永住権を目指すけど、学校反対派の韓国人の友人。

 彼らの一言が私を導き、前進することができた。

邪気が落ちた。

嫌な場所に我慢していることは、この1年はなるべくしたくない。

「お勉強」から卒業して「生きる」ことを始めよう。

祝 オーストラリア入国!

 もう、ほんまに、お久しぶりでございます。
ちらはオーストラリアの西の果て、パースにある西オーストラリア最大の図書館より、久し振りの日記でございます。
フィリピンの雨季も生き延び、マニラでやはり避けては通れないタクシーぼったくられ、大阪たった2日滞在で友人と語り明かして終電逃し、成田に移動して1時間半だけ同志と語り、障害物競走かゲームのように人種関係なく人に道を聞きまくって、1月10日やっと念願の、3年越しのオーストラリアに到着いたしました。
 パースのノースブリッジの安宿(週100ドル)に住みながら、シェアハウスを探す毎日。
横断歩道の渡り方、スーパーでの自分で会計するシステムなど、あらゆることにワタワタしながら、教会での無料英語レッスンに感激し(ドリンク無料、ラジオもプレゼントされた)、宿ではインド人のおっちゃんに炊いた白ごはん分けて貰ったりして、なんとかこの底辺から這い上がってやるって、自分を奮い立たせるeverydayでございます。

 もう少し落ち着いたら、フィリピンについてアップしたいと思います。
see you next time!

フィリピン日誌13 -先進国女性と途上国男性の恋ー

「Come on! Your turn..Hard question.」
問ごっこでそんなことを言うもんだから、とびきり痛いことを聞いてやった。
「前の彼女とどうやって出会ったかって? 彼女のことは考えたくない。
……。OK、分かった」
仰向けになり天井を見つめながら、フィリピン人青年は搾り出すように話し始めた。
「最初はただ遊びのつもりだった。
だけど彼女は本当に僕のことが好きだった。だから少しずつ僕は彼女のことが好きになったんだ。
そして僕の気持ちが100%になった頃、彼女は日本へ帰っていった。
ある日連絡が来た。『遠距離恋愛は難しいから別れよう』って」。

 私は彼のことが既に愛おしくなりかけてた。
だけどこの話を聞いて、どうやって愛せばいいのか分からなかった。

「昔は彼女にするならフィリピン女性だって思ってた。だけど今は変わったよ。
国籍? It doesn't matter.」

 分かり合えるなら国籍にこだわるなんてホントにくだらない、本気でそんなこと聞いてるのかっていう風に彼は言った。
 だけどじゃあ、先進国の彼女と結婚したら、どうやって問題を解決するの。

「もちろん僕が日本に行けば、最低ラインの賃金さ。
だけど僕のベストを尽くす。それだけだよ」

 彼はフィリピンの大学も出て、現地にいれば普通のサラリーマンよりも高い賃金を稼げる。

 だけど、愛し方さえ1つじゃないから。

もうすぐクリスマスやねえ。
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